第37話 実像のない微かな希望
「射的って結構コツあるんだよな」
「そうなんですか?」
「あぁ、なんかこう…しゅ、ずばっ…って感じ」
「………な、なんも分からないです」
説明が下手すぎる……
「ま、まぁ天才肌の方ってそういうタイプ多いですし気にすることないですよ」
「そうか…たしかに、そうかもな」
射撃に関してはもしかしたら俺は天才なのかもしれない。
いや、きっとそうに違いない。
………いや、俺ちょろすぎないか?
すごい言いくるめられた感満載なんだが?
まぁいっか。
「お、ついた」
「着きましたね」
ようやく射的の出店という名の戦場に辿り着いた。
これまで散々得意とかコツがあるとか天才肌だとか言ってきてここで外したらそれはイコール戦場で死ぬのと同然だ。
慎重にいかなければ。
「じゃあやるか」
「そうですね」
「すみません、射的やりたいんですけど…」
「あぁ、やるかい?一球50円五球200円だけどどうするかい?」
「じゃあ五球200円のやつでお願いします」
「はい毎度、これとこれで撃ってね」
と言って出店のおじさんの説明を一通り聞き終えると最早撃ち抜ける気しかしなかった。
「いけそう」
「本当か兄ちゃん?これ倒すのは結構難しいぞ?」
「いや、1番おっきいの狙います」
「そうか?頑張れよー?」
「頑張って下さい乃亜くん!」
おじちゃんと結姫の応援を背中に受け1番の的に狙いを絞る。
呼吸を抑え、肘を固定し、標準を合わせた。
そして絶好のタイミングでトリガーを引いて撃つ。
でもここで終わりではない、二発目の球を一瞬で装填し二発目をすぐさま放つ。
それを五球連続で出来うる限りのスピードで行う。
あと二発、揺れている。あと一押し……!!
だが四発目では倒しきれなかった。
ラスト、いける!
五発目、撃った球は見事にヒットして…
「よっしゃ倒れた!」
「えぇ…!?凄すぎます!」
「だろ?これだけは得意なんだ」
変な特技だけどな、と付け足して苦笑する。
ちなみに射的屋の店主は口を開けて呆気に取られている。
そりゃこんな射的ガチ勢のやつが急にきて急に1番の大物取っていくんだもんな、ビビるよな。
これは自分でした事だが店主に同情せざるを得ない。
「あ…これ、1等の景品です……」
店主がおずおずと渡してきたものは最新のゲーム機だった。
値段も張っていてなかなか手にも入らないものだったので純粋に嬉しかった。
「ありがとうございます!」
「あの…今日はこれでお引き取り頂けると……」
「あぁ、分かってますよ。お店側にも迷惑かかっちゃうのでこういうのは1回でやめるって決めてるんです」
「そ、そうなんですね!いやぁ、こんなに上手い人は俺が射的屋やってたこの20年の間で君を合わせて2人しかいないよ」
そう言うと店主の顔に一瞬にして光が戻ってきた。
それほど赤字になるのが恐ろしかったのだろう。
「そうなんですね、お褒めいただき光栄です」
「あぁ、こっちは全部取られたらと思うとヒヤヒヤしてたよ」
「あはは…」
ごめんね、店主のおっちゃん。
心の中でそう謝ってから俺は景品を持って結姫の方へと振り返る。
「へへ、取っちゃった」
景品を左手に掲げながら右手で結姫に向かってピースをした。
「…………のあ……くん、」
「ん?どした?」
結姫はそんな俺のポーズを見て不意に顔色を変えた。
どうしたんだ…?
「思い……出した……」
「え…?」
思い出した…?何を……?
……まさかっ!
「ご…ごめん乃亜くん!私……っ!!」
今にも泣きそうで不安で申し訳なさそうな表情をした結姫は緊迫した声音でそう言うと夜の人混みの中に去っていってしまった。
「待って…!!」
俺が伸ばした手は、またしても
「なんで……なんで!!」
結姫のあとを追いかけ人混みをかき分けながら1人嘆く。
また…まただ。
俺はまた同じ過ちを犯してしまった。
2度ならず、3度まで……。
1度目は小学生の頃のあの子、2度目と3度目は結姫……。
俺は、何度同じ過ちを繰り返せば気が済むんだ。
なんで…なんでなんだよ……!!
「ごめんなさい、通してください、お願いします」
通行人の怪訝な視線も今は気にならない、そんな視線は痛くもなかった。
でも今はそれ以上に結姫をまた手の届かない場所へ行かせてしまった事、1人寂しい場所へ行かせてしまったという事実が痛くてたまらなかった。
いや、諦めるのはまだ早い。
まだ独りだと決まったわけじゃない。
今からでも俺が……!
結姫とのあの思い出の日々も、全て無かったことにしたくない。
口では忘れていた方が結姫のためとか言ってたけど、本当は俺のことを覚えていて欲しくて。
ずっとずっと忘れないでいて欲しくて。
いつも俺のことを考えてして欲しかった。
これが自己中心的なことなのは重々承知している。
でも、今このチャンスを逃したら結姫は一生俺のことを忘れてしまう気がした、一生俺に振り向いてくれない気がした。
どこか焦る心を落ち着かせてただ追いかけるしか無かった。
実像のない微かな希望を追い求めるしか無かったのだ。
焦燥も、情動も、全て俺を動かす原動力となってくれる。
今まで人を好きになるという気持ちを忘れていた俺に、結姫がいろいろな感情を再び思い出させてくれた。
喜び、悲しみ、怒り、苦しみ、幸せ、嫉妬、愛情、恋慕……。
たくさんの感情を俺に教えてくれた。
俺が知らなかったものまで結姫は知っていた。
それを一つ一つ優しく頭を撫でるかのように教えてくれた。
そんな結姫との思い出を決して手放したくなかった。
かつて俺は春が嫌いだった。
どことなく春愁が募っていくようなそんな気がしたから。
でもそんな物哀しさも結姫といれば忘れられた、嫌いな春も好きになれた。
結姫の周りを彩る世界を俺は好きになることが出来た。
結姫には感謝してもしきれないものが沢山あった。
結姫が俺にくれたものを俺はまだ結姫に返せていないんだ。
だから…だから…!!
まだ俺から離れないで欲しい!
「っ!!」
その時通りすがった小さな女の子にはどこか見覚えがあった。
いや、その子がつけていたお面に見覚えがあったのだ。
大して可愛くもない少しブサイクな狐のお面。
それでいてどこか愛らしさのある不思議なお面。
昔誰かがそれをつけてはしゃいでいた記憶がある。
たいして可愛くもないのにその子がつけたらやたらと可愛く見えたあのお面。
「そうか…そうだったのか……」
7年前の忘れていた大切な記憶を全て思い出した。
そうだ、あのお面は……
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