第22話 祭壇に祀れ
翌日、張り切る婆さんを尻目に此岸同盟は現世へ帰る準備をする。
「準備はいいね!」
出発前にカメラマンの小次郎が記念撮影をしようと提案する。全員小屋の前で並んで写った。
此岸山へいよいよ全ての鬼の首を捧げに行く。
此岸同盟は、3度目の登山で山の勝手が分かっていた。崖をよじ登り、頂上まで辿り着くのも早かった。
此岸山の頂上は火口になっており、直径百メートルの円形をしている。中を覗き込むと神秘的に溶岩が七色に輝いていた。
「大自然の神秘だ」
沈芽が包丁で最後の鬼の首を探す。すると、火口の斜面に埋められていることが分かった。
「……あそこ」
さすがの沈芽も少し後ずさりした。
誰も行きたがらない中服部が勇んで火口へ進む。
「ふふ、拙者に任せよ」
嬉しそうに火口を覗き込む忍者。
「待て! ガスマスクを持っていけ!」
「かたじけない」
彼はガスマスクを古家院から受け取ると、壁走りの術を使い難なく目的の場所に辿り着いた。足場が崩れないように、平坊主が法力で補強する。
「かたじけない! 平坊主」
「いえ」
くないを取り出すと、ザクザクと壁を掘る。火口の異常な熱気、まるで肌が焼けるようだ。汗が吹き出し、忍び装束がびしょ濡れになる。岩と格闘すること数分、岩を穿ち赤鬼の首を取り出せた。
皆の前まで登ってきた服部。赤鬼の首を津軽に手渡すとドサッと大地に座った。
全ての鬼の首が揃うと、突如、津軽が妖しく笑い出した。
「ひっひっひっ! ご苦労だったねえ」
「どうした婆さん」
「科学小僧、全てはこの時のためだったんだよ。さあ! あたしの真の姿を見るがいい!」
皆婆さんの言葉に身構えた。だが、何も起こらない。
「……冗談だよ」
獣川と古家院が婆さんに詰め寄り文句を並べる。さすがに悪いと思ったのか、婆さんも手を合わせ謝った。
「でもこれから鬼どもを祭壇に祀るんだ。何が起きても不思議ではないよ!」
津軽は急に厳しい口調で言った。婆さんは鬼の首を全て確認すると、火口の縁にある祭壇まで持ってくるように言いつけた。
祭壇は簡素な木製のベンチのような造りだ。此岸同盟は祭壇に鬼の七首を並べた。
「さて、あたしはここで鬼の御霊を祀る。あんたらは鬼の首が光ったら火口へ飛び込むんだ」
「は?」
「は? じゃないよ根蔵! 鬼の首が光ったら火口へ飛び込むんだ! いいね」
この婆さん正気じゃない。誰もがそう思い後ずさる。気を悪くした津軽は深いため息を吐いた。
「あたしは自由自在に移動できるけど、あんたらは帰れないねえ」
「分かったよ。飛び込めばいいんだろ!」
一同は火口を覗き込むと恐ろしい熱気と妖しく光る溶岩が見える。まるで獲物が来るのを待つ魔物の口だ。
沈芽が根蔵の腕にしがみつく。その腕は汗をかき震えていた。
「ね……根蔵君が飛び込むなら、あたしも」
「あ……ああ」
火口を覗き込む古家院と獣川。
「冗談だろ……」
「大自然で死ねってことか」
恐ろしくて火口を覗き込めない平坊主。
俺は大丈夫と自分に言い聞かせるチンパチ。
呆然とする斑鳩。
比較的平然とその時を待つ服部。
さと芋と小次郎は泡を吹いて気絶した。
「さあ祀るよ! ほい光った」
婆さんはさと芋と小次郎を馬鹿力で火口に投げ入れた。
「さあ! すぐ飛び込みな!」
意を決し、皆火口へ飛び降りた。熱風を顔に浴び手脚の感覚が麻痺する。みるみる炎が迫ってくる。溶岩の海に飛び込む瞬間、強い光に包まれて辺りが見えなくなった。
気が付けば、青い空が見えていた。誰かの声が聞こえる。
「根蔵、気が付いたか」
「婆さん……か」
目を覚ました根蔵。彼の手を心配そうに握っているのは先に起きた沈芽。もちろん心配していたが、半分は下心から手を離さなかった。
「根蔵君!」
沈芽は根蔵に抱きついた。彼が完全に起きるまでに好き放題やろうと決めていたのである。
「目が覚めたかストーカーの被害者……いや! 色男」
古家院が根蔵に声をかける。本音を言いそうになり、虎のような目をした沈芽ににらまれた。獣川も沈芽の恐ろしさを本能で嗅ぎ分け声をかけそびれた。
沈芽を突き放し立ち上がる根蔵。だが、彼の腕へ蛇のように絡みつく沈芽。根蔵はため息を吐いて諦めた。
「さて、そろそろ行くよ」
「婆さん、どこへ……」
「あんたらも疲れているだろう。テレビ局の休憩所はすぐそこさ」
津軽に皆ついて行く。やがて見えてきた大量のバラック。
バラックでは、現世に残った発掘隊たちと、此岸を旅したリーダーたちが再会した。
互いに喜び合い、何があったのか報告し合った。
現世では、最初の日の夜。行方不明になったリーダーたちとさと芋とカメラマンの捜索願いを出そうとしていた時。イタコの津軽に心配ないと説得され信じて待つことにした。特にテレビ局は問題を起こしたくないから適当にいうことを聞いておいた。
外の発掘隊は、津軽の指示で恐山周辺の化石を集めていた。そして、来たるべき日、津軽の作った祭壇でその化石を祀ったのだという。すると、その日にリーダーたちが帰ってきたそうだ。
結局化石バトルは有耶無耶になって、全チームドローということになった。
発掘隊たちは、此岸は此岸のメンバー同士が、外は外で団結して仲良くなっていた。テレビ局の連中は亀裂が走った模様。
翌日、バスに乗り込む発掘隊。最初と違って殺伐とした空気は無くなっていた。
「大自然の驚異」
「そういう場所だ」
「忍たるもの」
「合掌」
「おじゃるやで」
「ごわすな」
ガヤガヤとうるさいバス。その内、議論が始まり過熱してくると、大喧嘩が始まった。こだわりの強い連中の喧嘩は激しく、掴み合いや口論になる。
「やめろ! うるせえんだよ!」
「ウフフフ、そうよ根蔵君もそう言っているじゃない」
どさくさに紛れ蛇のように根蔵の腕に絡みつく沈芽。その姿を見て牛麿は、2人も以前より打ち解けていると感じた。
最終的に、平坊主が激情し1番大きな声で喚きだした。バスの中は気付けば平坊主の怒声のみ響く。
「お兄ちゃん!」
「兄貴!」
弟と妹になだめられようやく落ち着いてきた。
「いいですね! 極悪浄土じゃないんですよ。極楽浄土です……話を聞いていますか?」
「忍に道徳など説くな」
騒がしくも東京へ無事帰った発掘隊。東京のホテルへそれぞれ割り当てられ、次の第二回戦を待つことになった。
東京プリンスホテルの20階に1人一部屋割り当てられた。兄弟などは同じ部屋に入った。
根蔵の部屋は牛麿の隣。
「じゃあ明日な」
「おやすみや」
「おやすみね家畜麿」
どさくさに紛れて根蔵の部屋へ忍び込もうとする沈芽を追い出す。
大袈裟に倒れ伏せた沈芽を平坊主が助け起こした。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがと」
「そうだ、私のギャグを聞いてください。ここはプリンスホテルなのに女性の沈芽さんも泊まってプリンセスホテルになってるよってね」
「は……はは」
「それではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
1人クスクス笑いながら平坊主は自分の部屋へ戻っていった。
「……あの人疲れるわ、ホンマに」
沈芽も苦手な人がいるのである。
東京タワーが見える部屋を割り当てられた根蔵。彼は恐山でのできごとを思い起こしながら外の夜景を眺めた。
「壮絶だったな……。しかし、俺が行くところトラブルばっかだ。大蛇の首旅館とか、クソ予選とか、本戦の一回戦まで……」
ベッドに腰掛けるとドッと疲れが出てきた。眠くなってきたのでカーテンを閉めようと窓へ寄ると、窓の外に忍びの影が見えた。
「……服部! なにやってやがる!」
「おお! 根蔵。日課の壁登りでござるよ。五勇士皆でプリンスホテルを頂上まで五往復するでごさる」
「おいおい、こっちに手を降ったぞ! まさかこっちの声聞こえるのかよ! 防音ガラスなのに聞こえるのか! おい!」
服部はビルを走って駆け上がる。その後ろから仲間たちがついて行く。
「俺が1番疲れたのは、こいつらのせいなのかもな」
カーテンを閉めベッドに横になる根蔵であった。
『次回「二回戦は瀬戸内海で」』
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