第6話 覇権を狙う帝国

「セレナリアへの対応はどうなっている?」


「は。国境に兵団を駐留させた状態で降伏勧告を出し続けていますが、依然として拒否しています」


ネルドラ帝国の軍本部。作戦会議室に集まっているのは各方面軍の将校である。


軍司令官のシャラが手元の資料に目を通す。帝国に接するすべての国と戦端を開いているが、当初の計画より明らかに進みが悪い。


「司令官、一つよろしいでしょうか」


「……何だ?」


手を挙げた将校にシャラが視線を向ける。


「此度の同時侵攻にはシャーレも参加しているはず。なぜシャーレの者が一人も軍議に出席していないのでしょうか」


「……少しごたごたしていてな。軍議には出席していないが特に大きな問題はない」


「鮮血の隊長が行方知れず、という噂がありますが?」


シャラは思わず舌打ちをしそうになった。眉間にシワを寄せ憮然とした表情のままじろりと将校を見やる。


「根も葉もない噂だ。コリンズ、ここは噂話に華を咲かせる場ではない。その話は終わりだ」


コリンズと呼ばれた将校はまだ何か言いたそうであったが、シャラは強引に話題を打ち切った。



──軍議が終わり会議室に一人残るシャラ。足を組んで天井をただただ眺める。と、そこへ──


「失礼します、司令官」


音もなく会議室へ入ってきた男。憲兵隊の隊長アトスである。


「アトスか。リザの足取りは掴めたのか?」


「……いえ。依然として。リザ・ルミナスは飛翔魔法の使い手でもあります。足取りを追うにも限界があるかと……」


シャラは天井を見上げたままため息を吐いた。リザがいなければ帝国が世界の覇権を握るのは難しい。それほどリザ・ルミナスは貴重な人材なのだ。


「あの、司令官。かの者の捜索ですが、憲兵隊ではなくシャーレを動かしてみてはどうでしょうか?」


「……どういうことだ?」


「シャーレには魔法をはじめとした特殊技能をもつ兵士が大勢います。我々よりも捜索に適しているのではないかと」


「ほう……なら貴様たち憲兵はシャーレの精鋭に代わって各国の要人暗殺や戦場での戦働きをしてくれるのだな?」


シャラにぎろりと睨まれアトスは慌てて直立不動になる。額と背中に滲む嫌な汗。


「……貴様の言いたいことは理解できる。が、それはあまり現実的な話ではない」


「な、何故でしょう?」


「シャーレのなかでもリザを追跡できる者となれば精鋭揃いの鮮血でないと無理だろう。だが、そもそも奴らはリザの命令しか聞かん」


鮮血部隊は特殊魔導戦団シャーレ屈指の精鋭部隊。だが鮮血は一癖も二癖もある隊員の集まりでもある。


元の部隊で隊長の寝首をかいて殺した者、厳しく叱責した上官を殴り殺した者など、問題児ばかりで構成される部隊だ。


そんな問題児たちを、わずか十五歳のリザは力づくで黙らせ従えていた。圧倒的な強さを誇るリザだからこそできたことだ。


誰よりも強く信頼できる隊長であったからこそ、幼い少女であるにもかかわらず問題児たちはリザにつき従った。そこには深い尊敬の念もあったのだろう。


「今日の軍議もな、鮮血の副長に出席するよう通達は出していた。が、拒否された」


普通なら考えられないことだ。命令違反で処刑されても不思議ではない。


「明らかな命令違反だがな。それでも軍は奴らに強硬な態度はとれない。鮮血が反旗をひるがえしでもしたら我々は戦争どころではなくなってしまう」


シャラは自嘲気味に言葉を紡ぐ。整った顔立ちだがその横顔には疲労の色が浮かんでいるように見えた。



──アトスに捜索を続けるよう命じたシャラは城へ登城した。皇帝と話をするためだ。


軍司令官であるシャラはいつでも皇帝に会える立場である。城に入り受付係へ目配せすると、専用のエレベーターへ案内された。


最上階で降りると扉から一直線に伸びる廊下を真っ直ぐに歩いていく。突き当たりの部屋、扉の前には二人の警備兵が警護する姿。


「ご苦労。陛下はいるか?」


「は。今開けます」


そう口にすると、警備兵は扉の電子キーを操作し解錠した。シャラは腰のナイフと銃を警備兵に預けると、扉を開け室内へと足を踏み入れた。


室内のいたるところに積まれた本が目に入る。床はもちろん机の上にも大量の書籍や資料が積まれていた。


「陛下、シャラです」


「ああ、よく来たね。座りたまえ……ああ、椅子の上の本は適当にどけてくれ」


シャラは言われた通り本を床に置き椅子に座る。


「シャラ、アルミラージュの件はどうなっている?」


「は。先だっての襲撃ではこちらもかなりの痛手を負いました。さすがは世界屈指の戦上手と呼ばれる種族です」


「呑気に褒めている場合じゃないよ、シャラ。あの種族は『天威』と関わりがあるのだから」


天威。それは何の前触れもなく空から降り注ぐ強力なエネルギー波。過去には、いくつもの都市が天威によって消滅した。その正体は今もって分からない。


「もちろん理解しています。ただ、捉えたアルミラージュからは何も情報が聞き出せません」


「だったら尚更根絶やしにするしかない。あの種族は危険なんだ。世界の脅威だよ」


壮年の皇帝は髪をかきあげながら鋭い視線をシャラへ向けた。


「そして、早く我々ネルドラ帝国が世界の覇権を握らなくては。君も同じ想いのはずだよ、シャラ」


「は。陛下の仰る通りです」


シャラは皇帝の瞳を見つめたまま力強く頷いた。

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