第30話 人工英雄の脅威


 月明かりに照らされた雪の結晶は神秘的な輝きを帯びて降り積もる。


 分厚い雲のすぐ傍で、ライゼルは力強く羽ばたいて北へ進む。


 王都はまだ見えてこない。

 人工英雄の姿もない。


 道中、焦土と化した街を通り過ぎた。レオハルトは拳を強く握る。


 間に合わなかった自責の念が感じられる。アレンは血に塗れた彼女の背を眺めた。


 本当は慰めてあげたかった。

 

 世界騎士として、どれだけ強くなろうと身体は一つしかない。アレンだって間に合わなかった事は何度もある。


 特に、レオハルトと出会った場所。

 皇国の一都市、ドーンベルトという街で起きた悲劇は忘れられない。


 あの街で、一体アレンは何人救えなかったのか。


 対してレオハルトは五つの街を救ったのだ。彼女の方が凄いと思う。

 震えを帯びた背にアレンは語りかけた。


「……獣人族から随分と支持が厚いようだった。力が入るだろう」


 無視されるかと思えば、意外にも答えてくれた。


「……ああ。アイツら、バカなんだ」


「バカ? 何故だ。種族を代表する英雄を慕う事がおかしいか?」


「……獣王国はオレのせいで攻められてる。亡くなった奴らはオレのせいで死んだ」


「……」


「でも獣王国の民アイツらは変わらない。獣王もオレを責めなかった」


 それはレオハルトが悪いわけじゃないと分かっているから。

 そもそも皇国が魔王と繋がっていなければ起きなかった事だ。


 それでも、


「皇王殺害を後悔しているのか?」


「……いや、してねえ。そもそも殺せなかったしな」


「……え?」


「まあいい。とにかくオレはどうしても妖怪ジジイが許せなかった。人魔大戦で、オレは師を失った……てめえだって大切な人を失ったから、皇国と敵対してるんじゃねえのか」


 問われ、アレンはとりあえず頷く。


 アレンの師匠である先先代の人間族の世界騎士は邪眼王ガイヴィスに殺された。


 とは言え、それは割り切っている。

 特に悲しくないが、悲しんでいる風を装う。


「……俺も師を失った」


「……そうか」


「ちなみに聞くが、師とは黒曜の騎士の事か?」


「ああ。かっこよくて、来たら凄く安心するんだ。どんな時でも冷静で、頭も良い。誰より強く高潔な騎士の中の騎士。そんなあの人がオレは大好きだった」


「……」


 アレンは弟子からの印象を興味本位で聞いてみたが、他に師がいたのかと思うくらい誰それ状態で過大評価だった。


 常に冷静なのは演技だし、頭が良いという評価は思わせぶりに知ったかしていただけだ。


「皇国が魔王を強化したせいで、あの人は寿命を削る雷殲剣の力を使わざるを得なくなったッ」


 ごめんなさい。本当は代償、性欲なんです。


「皇王が言ってやがった。その状況になったら、アレンなら天使の杖を使って他の世界騎士を逃がすだろうと。だから持たせたんだとッ」


 複数人を安全圏へ転移させる天使の杖は邪眼城で一人になるためにどうしても必要だったから、渡されなかったら多分借りパクしたと思う。


「何よりあのクソ王は人工英雄なんつうもんを……英雄核ブレイブ・コアを造れるゴミ野郎をゲヘナから解放してやがった……!」


 アレンは仮面の下で目を見開く。


「……ドーンベルトの惨劇の首謀者を?」


「そうだ……! あの人が捕まえて、牢獄にぶち込んでやったのに……!」


 レオハルトの怒りをアレンは理解した。

 彼女が人工英雄に深い感情を抱いているのが伝わってきた。


「……お喋りはここまでだ。ようやく見えてきたぜ」


 雪の大地の中、王都は蒼の葉で彩られた大樹が目印だ。


 その大樹の幹の上に、立派な城が築かれている。獣人の王たる獅子族が暮らす居城だ。

 その巨大な大樹の太くて大きな根がぐるりと街壁のように伸びており、その中に街がある。


「……あれは……!」


 王都はまだ問題なさそうだが、行商人や旅人が宿場町として使う近隣の村から炎が上がっていた。


 それも普通の炎ではない。蒼い炎だ。

 村の中には禍々しい魔獣達が複数体確認できた。


「ライゼルッ!」


「クルルルルル!」


 了解! と言わんばかりに勇ましく鳴いたライゼルが急激に速度を緩め、降下を始めた。


 アレンは降下の途中、分厚い雲の近くで巨大な何かが揺らめいたような気がしたが、眼を凝らしてもその違和感の正体は分からなかった。





*   *   *




 

 犬族や猫族が暮らす村に突如として舞い降りた災厄。


 それは三人の人間族だった。

 痩せ細ったガリガリの青年と、筋骨隆々の大男。そして眠そうな瞳が特徴の少女。

 

 全員髪は真っ白で、手足に枷を付けた彼らは王都への道中にあった村についでとばかりに立ち寄った。


 ガリガリの青年が呼び出した魔獣――数十体の三つ首巨犬ケルベロスによって村を囲まれ、村人達が気付いた時には手遅れだった。


 自警団を筆頭に戦える獣人族は総出で向かったが、歯が立たなかった。

 せめて子供だけは逃がそうとしたが、背中を見せた子は爪で裂かれ、再び村の中へ戻された。


「――これで全員かな? 全員かな?」

 

 村の住人全てを広場に集めたガリガリの青年は、瞳を爛々と輝かせて言った。


「皇国からはレオハルトが来るまで住民を殺し続けろと言われてるんだ。でも死んじゃったら痛みも苦しみも感じなくなっちゃう。死は一種の救いだと僕は思うんだ」


「……何が言いたいッ、殺すならさっさと殺せ!」


 血気盛んな犬族の男が叫んだ。

 皮鎧を着た彼の右腕から先は無くなっている。


 他の獣人達も険しい表情を崩さない。恐怖を押し隠し、ひたすら敵意を燃やしていた。


「いいや、殺さない。レオハルトを呼び寄せる為だけに虐殺するなんて僕にはできない」


「……虐殺にも等しい事をしておいて、何を言うッ」


 村の家々はケルベロスが吐いた蒼い炎で燃やし尽くされ、壊滅状態だった。酒場や宿も同様。

 宿場町として栄えた村はたった一夜で機能を失った。


「彼女を呼び寄せる為には彼女に声を届ける必要がある。そこでね、君達を今から拷問しようと思う。目いっぱい鳴いて、レオハルトに声を届けて欲しい」


 裂けたような笑顔で青年は歩み寄り、近くにいた猫族の男性の獣耳を引きちぎった。


「ッッッ……!?」


「あれ、どうして鳴かないの?」 


 雪の中で、紅い血は殊更目立つ。

 血が滴る猫耳を捨てて、地面に震えながら蹲った男の手の甲を短剣で刺し貫く。


 しかし、男は再び悲鳴を我慢した。


「……あれ、あれれ?」


「……わ、我々にも矜持がある。レオハルト様にご迷惑はかけない……」


「無様に泣き出す者などここにはいない。獣人族は狩猟民族だ。雪山に生息する野獣達と年中争う。生まれながらの戦士だ!」


「……何が人工英雄だ、悪魔め! 本物の英雄は違う……本物の英雄はこんな事はしない!」


「はははッ、レオハルトを随分慕っているようだけど、アイツは僕以上に世界を憎むガキだったよ。英雄なんかじゃない」


 まるで知り合いのように青年は語る。


「ヌル。趣味の拷問はもう終わりにして」


 そこで、人工英雄の一人、眠そうな瞳が特徴の少女が空のある一点を指差した。


「……ああ。随分早いな。もうご到着か」


 大空を舞う一体のグリフォン。

 

 その姿に村人達が歓声を上げた。


 その王たる獣に騎乗している全身鎧姿の騎士を見て、ヌルと呼ばれた青年は破顔した。


 懐かしそうに瞳を細めて。

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