第26話 どう足掻いても英雄になる



 街に近付くに連れ、吹雪は少しずつ落ち着いてきた。


 大分不服そうだったが、目立つジオフリードは再びボヨちゃんの体内で眠りについてもらい、アレンはアスモデウスと共に街にやってきた。


 勿論、雪山でキャンプしていた変な街人はアレンの肩に担がれた状態で、まだ気絶したままである。


 このまま永久に意識が戻らなければ、ジオフリードの事を聞かれたりせずに済むのにと不謹慎な事を考えてしまう。


「――何この悲壮な雰囲気」


 そして街に着いて早々、アレンは仮面の下で目を丸くした。


「……父ちゃん……父ちゃん……!」


「元気でな、イアン。俺は街に残って戦う事にした。お前は母さんの事を守ってあげるんだ。大切にしろ。言う事を聞いて良い子で暮らすんだ。それから好き嫌いは無くせ、何でも食べて大きく育て」


「貴方……」


「リリカ。愛している。イアンを頼んだぞ」


 家の前で、頭から捻じれた角が生えた鹿族の夫婦と子が号泣しながら抱き合い、別れを惜しんでいた。

 その一つの家庭だけではない。


 街に住む全住民と言っても良い。


 持てるだけの荷物を背負い、家族の一人と別れを惜しんでいた。


「皆! そろそろ時間だ! 王都へ避難する者達は私の屋敷に集合してくれッ! 妻が皆を先導するッ」


 腰に警棒のような物を差し、紺色の暖かそうな厚手の制服を着た大熊族の男が叫んでいる。


 恐らくは街の自警団の者だろう。他の自警団員達も避難誘導に徹していた。


 様子から察するに、小さな子供や女性、老いた獣人族たちは何故か街を出ようとしていて、残るのは自警団を始めとした屈強な者達だ。


 まるで負け戦に挑むような、そんな悲壮な決意が感じられる状況だった。


「もしかして皇国の軍がこの街に押し寄せてきているのかな?」


 アレンは無遠慮に街の中に入りながらアスモデウスに尋ねる。


「……うーむ。軍などどこにも見当たらなかったのじゃ」


「そうだよね?」


「――おい、人間族‼ 何をしているッ、そこで止まれッ‼」


 当然、避難誘導をしていた自警団員に驚きを持って止められる。

 仮面を被った怪しげな人物とゴシックドレスを着た幼女の二人組は酷く目立つ。


 街の住民のほとんどが家族と感動的な別れの最中でなければ、もっと早く呼び止められたことだろう。


 甲高い笛の音が響く。瞬く間に自警団員が集まって来た。


「――皇国の兵士か⁉」


「いや、分からないッ」


「一体、何者だ!」


 決死の覚悟で来ましたみたいな顔の獣人族たちにアレンは囲まれる。

 だが、皆が囲んで早々に気付いた。


 数時間前に街を滅ぼすと宣言した青年――いや、皇国の兵器が白目を剥いて乱雑に肩に担がれている事に。


 アレンはアレンで自分は敵ではないと事情を説明する。


「――待て、俺は敵じゃない。人間族ではあるが、皇国とは無関係だ。俺の名はノワール。傭兵をしている者だ。こっちは妹のアーディ」


「よろしく頼むのじゃ」


「……俺は獣王国に力を貸す為に来たんだ。義勇兵としてこの戦争に参加したい。そう警戒しないでくれ」


 手土産に、危険な雪山で遭難していた街人の一人を保護した。

 そう続けようとして、アレンはそこで肩に担いでいる青年の意識が戻りそうな事に気付いた。


 何でこのタイミングなのか。


 というかアスモデウスの力を使って気絶させたので、普通一日くらいは気絶状態が続くはずなのに一時間程度で目を覚ますなんてあり得ない。

 

 瞼が震え、唇が動き出す。その寸前にアレンは青年の腹に拳を入れて再び意識を暗転させた。


「……今のは、まあ、そのなんだ」


 正体をバラされたくなかったからとは言え、街の人を殴ってしまいどう言い訳しようか悩むアレン。すると、

 

「な、何という事だ……あの恐ろしい男をパンチ一つで……」


「……完全に圧倒している。味方、なのか……」


「……奇跡だ。信じられない……」


「これで……助かった、のか?」


 冷や汗を垂らすアレンは困惑した。自警団の者達が全員、涙を流しながらアレンを見つめていた。


 静まり返った自警団の様子を変に感じたのか、別れを惜しんでいた街人達も集まりだして、アレンを目にすると皆が硬直してしまう。


 子供は街に残る予定だった父と熱く抱き合い、妻は泣き崩れ、老人は寿命が延びたとほっと息を吐き、寒空の中歓喜に包まれる。


(……何これ。どういう状況?)


(うーむ、知らん)


 アレンはアスモデウスと共に困惑する事しかできない。


「――皇国の兵士ではないのは確かだ。皆、武器を下げよう。これ以上、失礼があってはいけない。人間族でも、我々の味方をしてくれる者はいるという事だ。それもノワール様。貴方程の方が……」


 自警団のリーダーらしい体格の良い大熊族の男が太い眉を下げ、瞳を潤ませて頭を下げた。


「……いや、様付けされる程俺は大した事をしていないが」


 アレンはただ街の住人を一人保護しただけだ。

 いや保護というか、正体がバレそうになったので問答無用で気絶させただけである。

 

 ただ雪山でこんな時期にキャンプしていた青年にも非があるとは思う。


「街一つを滅ぼせる皇国の新兵器を倒したというのに、大したことをしていないとは……」


「まさか実力はレオハルト様――世界騎士に匹敵するというのか?」


「……在野にこれ程の猛者が埋もれているなんて……」


 何故か更に感心するような気配が滲む。

 大熊族の男が続けた。


「いいえ、我々からすれば充分大したものですとも。貴方様は皇国の新たな兵器、人工英雄を倒して一つの街を、そこに住む我々の命を救ったのですから」


「……?」


 人工英雄? 何だそれは。


「皇国からの声明後、今までユーグラシアの十二の街に送り込まれ、内三つが壊滅。五つはレオハルト様が間に合い、他三つは獣王陛下が向かわれて何とかなったそうですが。二人ともこの街には間に合わないとの事で、我々は今しがた抗戦する者と王都へ避難する者に分かれていたところでした」


 説明を聞きながら、アレンは住民の多くが自分の肩に担がれている青年を憎々し気に見つめている事に気付いた。


(コイツが皇国の新兵器……人工英雄?)


(……そのようじゃな。全然一般人じゃなかったわ)


(たった一人で攻めて来たってこと? 馬鹿じゃん)


(まあそれだけ強かったのじゃろうが……)


(……なんかごめん。力を使う隙も与えず倒しちゃった……)


 本当はどれくらい強かったのだろうか。


「――貴方様のおかげで街は危機を脱しました。ありがとうございます。まずはこの街の首長に紹介させて頂きたい。彼は今、陛下や他の街の首長と会合しています。貴方ほどの方が味方してくれるのであれば、今危機に陥っている他の街を救うことも叶うはず!」


「……」


 アレンは希望と期待を宿す無数の目に見つめられ、頷くしかなかった。


「……分かった。元々、俺は義勇兵として来た身。全力を尽くそう」


 ちなみに内心ではどうしてこうなったと頭を抱えている。


 獣王国には知り合いも多い。

 アレンとしてはあまり表立って行動せずに、陰ながらレオハルトの手助けをするつもりだった。


 しかも傭兵ノワールはアレンが隠遁生活をするために生み出したもう一つの顔だ。


 そのノワールとしての名声も高まりそうで嫌になる。

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