第12話 混沌を望む魔女
皇王を守る盾――
神聖皇国の内務のトップに当たる聖霊庁長官アデルマリアは執務室の椅子から立ち上がった。
聖霊庁に勤める部下からの報告では、先日大監獄島ゲヘナを襲撃した犯人は両目がオッドアイの
それを聞いて彼女は笑みを濃くした。
皇王には皇王の企みがあるが、彼女にもまた思惑はある。
ヘルミスは城を去り、世界騎士のガヴリールもまた魔大陸侵攻準備のためにとある港町に向かった。
ラヴィリアはユーファリアを追いかけて聖都を離れ、ノーゼスのみがこの地にいる。
月が雲に隠れる深夜の時間帯。
身体を透明化させる
向かったのは獣人族の英雄レオハルトが住む【獣の塔】。
その最上階まで誰にも気付かれずに気配を殺して、アデルマリアは【黒曜の騎士】の弟子に会いに来た。
「――何しにきやがったッ、クソ女……」
どす黒い殺意で染まった、けれど酷く覇気に欠ける声音がアデルマリアの耳に届いた。
英雄アレンの絵が無数に飾られた自室から、依然として獣人族の英雄レオハルトは出ていないようだった。
毛布を頭から被り、彼女はベッドの上で両膝を抱えて座っている。
食事を摂っていないのか、驚くほど痩せ細った彼女は泣き腫らした瞳で透明化しているアデルマリアを凝視していた。
「……こんな時間に訪れたことをどうかお許しください、レオハルト様」
透明化のローブを脱いだアデルマリアは部屋の様子をさりげなく観察した。
食器の割れた破片や、ガラスの欠片がそこら中に落ちている。随分と荒れたようだ。
「……二度、オレに同じことを言わせる気か? 用もないのに来るんじゃねえッ」
獅子の獣人族は尖った犬歯を剥き出しにしながら唸る。
「……勿論、用ならありますわ。アレン様にまつわるお話です」
「アレンに……?」
ぴくりと身体を震わせたレオハルトはその名を聞いて呆然とした。
殺意と怒りで満たされていた瞳に知性の色が宿る。
「レオハルト様。あの日、何故アレン様は死ななければならなかったのか。何故魔王に英雄であるはずの世界騎士達は敵わなかったのか。疑問に思いませんか?」
「……」
途端にレオハルトは瞳を潤ませ、歯を噛み締めながら自らを恥じるように俯いた。
「……オレが……弱かったせいで……アレンは死んだんだ……! あの人にたくさんのものを貰ったのに、何も返せなかった……最初は字だって読めなかった……戦い方もろくに知らなかった……今のオレがあるのは……全部あの人のおかげなのに、オレが弱かったせいで……!」
「それは違います」
アデルマリアは無表情で否定した。
「何が違うッ⁉」
「全てはこの国のせいなのです。魔王がより強くなるように皇王陛下は生贄を献上していました」
淡々と、真実をアデルマリアは伝えた。
目を限界まで見開き、頬を引きつらせたレオハルトは首を捻りながら掠れた声を漏らした。
「……今、何て……」
「魔族は人類の魂を喰らう儀式によってより力を得る事ができます。陛下は罪人を魔王に引き渡し、世界騎士以上の実力となるよう調整していました」
「……」
ぶるりと身体を震わせ、瞬きを止めたレオハルトの充血した瞳がアデルマリアを映す。
「陛下はアレン様を邪魔に思っていました。魔大陸侵攻に反対する英雄は要らないと、いつも仰せでした。だからこそ、陛下は雷殲剣の代償を知ってよりこの計画を――」
「クソがああああああああああああああああああッ‼」
怒れる英雄の大咆哮によって、アデルマリアの背後にある窓ガラスが全て割れた。
音の振動は地震となり、聖都全体が揺れ動く。
あまりの衝撃に寝静まった皇国の首都に再び明かりが灯り始めた。
「あの人を……あの人を返せッ、許さねえ、殺してやるぞッ、クソジジイが‼」
怒りと悲しみを宿した双眸から雫を垂らしながら、レオハルトは塔の最上階から飛び降りて、重力の力を借りて大地を叩き割りながら降り立つ。
それから驚くほどの速さで一心不乱に聖城を目指す。
その悲しき獣の背を見送って。
アデルマリアはくすくすと微笑んだ。
「――まだ話途中でしたのに。お父様、ガイヴィスお父様。貴方の死は無駄にしないわ。必ず魔族の時代を作ってみせる。混沌を……この世に」
彼女の額に、第三の眼がぎょろりと姿を現した。
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