第19話 今さら後悔してる
(なーんで、今さら気づくかね……)
しかも明らかに、俺に対する特別な感情なんて微塵も抱いてないであろう相手に。
むしろ出会いでやらかした分、そういう対象からは外れてる可能性が高いっていうのにな。
(俺、ホントにバカなんじゃねーの?)
今さら後悔してる。ベッティーノが最初の頃に言ってた陰謀って言葉を、もっとしっかり考えておくべきだったって。
いくらそれが本人主導で行われていたとはいえ、それにまんまと騙されてジュリアーナ自身をちゃんと見てなかったのは俺だ。
それを今になって、どのツラ下げて告白しろっていうんだよ。
(……いや、するのか? この状況は、むしろ言わないのが正解か?)
頭を抱えながら、割と本気で悩む。
そもそもにして、書類上だけとはいえ俺と彼女は夫婦なわけで。二人きりで暮らしてるのに、気まずくなるのはちょっとな。
それにもとをただせば、俺たちがこうなったのもジュリアーナの計画の結果であって。別に彼女が俺を選んだわけでもないし。
だいたい、孤児院の経営状況をどうにかしたいっていう展望は聞いてるが。彼女自身の今後についてどうしたいのかは、そういえば聞いたことがない。
(となると、今俺からそんなこと言われても、困らせるだけなんじゃないか?)
意気地なし? あぁ、その通りだよ!
けど実際、彼女は今頑張ってるんだ。それを邪魔するわけにはいかないのも事実。
(それに……)
明らかに俺に興味がなさそうな相手に、いきなり告白とかしないだろ。
まずはちゃんと二人での生活をして、ジュリアーナのことをもっと知って。
その上で俺に興味を持ってもらってから、だ。
「おはよう、ニコロ」
らしくないことを考えてたからなのか、ベッティーノが来たことに声をかけられるまで気づかなかった。
ってことは、だ。
「……はよ」
「どうしたんだい? 珍しく頭なんて抱えながら考え込んで」
だよな。見られてたよな。
いや、まぁ。別に見られて困るわけじゃないんだけどな。なんとなく、ちょっと気まずい。
「いや、なんでもない」
「そうかい?」
疑問には思いつつも、別段追及するほどじゃないと判断したらしい。いつも通り隣の席に座って、魔術式の確認を始めようと紙を手に取って。
「あ、そうだ」
何かを思い出したらしいベッティーノが、紙を持ったままこっちを見た。
「大量のドレスを買い取ってくれるところだけど、もしかしたら見つかるかもしれない」
「本当か!?」
思わず食いついた俺に、ベッティーノはどこか楽しそうな笑顔を見せる。
「シャーリーも、侯爵家から持ってきていた古いドレスを処分したいと思っていたらしくてね」
なるほど、のろけか。
とはいえ今回は、話を遮らないでおいた。貴重な情報を得られそうだったしな。
実際、今こいつの家で探してくれているのは事実だし。その対価としてのろけを聞くぐらいだったら、なんてことはない。
「いくつか候補はあるけど、どこにするか決まったら教えるよ」
「助かる」
筆頭のジジイの思惑通りなのは気に食わないが、確かに貴族令嬢を妻にしてるベッティーノに相談できたのは、かなり大きい。
とりあえずこれで、ひと安心。
なんて思ってた俺に、ベッティーノは一言付け加えてきた。
「ところで、君は奥方にどんなドレスを贈るつもりでいるんだい?」
どんな、ドレス……?
「……は?」
「……まさか君、一着もドレスを贈らないつもり?」
ドレスを、贈る……?
なに言ってるんだ? こいつは。
「え? ニコロ、冗談、だよね……?」
「いや、冗談もなにも……」
「この間の君の話からして、奥方はほとんどのドレスを手放すつもりだと思ってたんだけど?」
「そう、なんじゃないか?」
「じゃあどうして、君からドレスを贈らないんだい!?」
どうしてと、言われても……。
「っつーか、ドレスって贈るものなのか?」
「…………そこからか!!」
珍しく本気で驚きつつ、動揺も見せているベッティーノに、こっちのほうが困惑する。
というかドレスを贈るって、そういう発想もなかったんだが?
「いいかい? 奥方が現在持っているドレスのほぼ全てが、ダミアーノ殿下のお隣に立つために作られた物のはずなんだ」
改めて言われると、なんか腹立つな。
よくよく考えてみれば、平民出身の魔導士に王族である自分の元婚約者を無理やり嫁がせるとか、やることがトチ狂ってるんだよ。ジュリアーナが、噂通りの性格であろうがなかろうが。
その時点で第一王子の異常さに気づくべきだったなと、これもまた今さら思う。
「つまり逆に言えば、奥方はドレスを一着も持たないことになる。男爵夫人であるにもかかわらず、だ」
「やっぱ、それってマズいのか?」
「貴族はどの地位にいようと、いつ何時呼び出されるか分からないからね。そういう意味でも、女性は必ず一着はドレスを持つべきなんだよ」
真剣な顔でそう言われると、説得力がありすぎる。
そもそもベッティーノが俺に嘘を言う理由もないし、確かに一着ぐらいは持っててもいいような気がしてくるんだよな。
「……ん? でも俺、服のサイズも好みの色も知らないぞ?」
「だったら一緒に選べばいい!」
「どこで?」
「家に仕立て屋を呼ぶ……のは、一着目としては難しいから……」
割と真剣に考えてくれてるけど、そもそも仕立て屋ってどうやって呼ぶんだ?
(ヤバいな。貴族のアレコレに関して、俺は知らないことだらけだ)
これから知っていけばいいとはいえ、なかなかに大変そうな気もする。
人を雇う気がない以上、俺がちゃんと学ぶべきだよな。ジュリアーナと一緒に暮らしていくのなら、なおさら。
「既製品を売っている専門店に行ってみたらどうだい?」
「専門店?」
ベッティーノが言うには、ドレスやそれに合わせる靴なんかを一緒に売ってる店があるらしい。
正直そういうところのほうが、ありがたいな。彼女が今持ってるドレスの中に好みがあるのかどうか探すより、時間もかからないだろうし。
あと、俺の精神衛生上そっちがいい。
「ちなみにそういうトコって、服装とかどうしたらいいんだ?」
「魔導士の正装で大丈夫だよ」
「いや、俺じゃなくて」
ジュリアーナが普段着てるのは、平民仕様の服。着てる本人の素材がいいから、ちょっと高級そうに見えなくもないが。
とはいえそういう店に行くのなら、さすがにそのままじゃダメだろ。
「……。なるほど、ね。分かった。じゃあこうしよう」
まずは売る予定のドレスを一着、彼女から借りてくる。これは服の状態や使っている素材を見て、買い手がおおよその金額を準備するためにも必要だからだそうだ。
で。その借りてきた服の寸法を測って、出かけるとき用の服を新しく購入する、と。
「理屈は分かるが、いいのか? それ」
「問題ないよ。むしろそうでもしないと、すぐに購入は難しそうだからね」
そうじゃないなら、オーダーメイドしかないらしい。
確かにそれは大変だし、時間かかりそうだよな。
「じゃあ今度、奥方へのプレゼントを買いに出かけよう!」
「お前とかよ!?」
こうしてなぜか、ベッティーノと男二人で女性の服を見に行くことになったんだが……。
なぁこれ、ホントに大丈夫か?
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