第42話 喪服
お客を迎える応接室に、アルク様に連れられて来た。
扉が開くと、そこにはお父様とお母様と兄夫婦とリリーが喪服を着てソファーに座っていた。
ソファーに座っているレインの顔は、疲れ切っている。
「あら、本当に生きているわ」
そう言ったのは、妹のリリーだ。
「ニナ、無事でよかったわ」
お母様は私の元まで来て、私をギュッと力一杯抱きしめてくれた。
「くっ」
抱きしめてくれるのは嬉しいが、背中に回される手が、傷跡にぴったりと触れていて、拳がグリグリとされる。あまりの痛さに、悲鳴を上げるのを我慢した。
私の顔色を見ていたレインが、私からお母様を引き離してくれた。
よかった。助かったわ。
「ニナは背中に傷を負って、まだ触れると痛むようなのだ」
「ニナ、そんなに酷い傷を負ったの?」
「大丈夫よ、日にち薬だとお医者様も言っていたわ」
「ニナが死んだと報せが来て、急いでやって来たのよ」
「私が死んだの?」
私は首を傾げて、レインを見る。
そんな話は初耳だ。
「どうやら、ハルマがニナの意識が戻らなかった時に危篤の手紙を出したそうだ。だが、危篤と書いたとは聞いているが、死んだとは書いてないと思うが」
レインは不思議そうに言った。
「だって、辺境区で危篤になっていたら、まず死ぬでしょう。だから、こうして皆で、喪服を着て遺骨をもらいに来たのよ。ちゃんと骨壺もあるのよ」
リリーらしい発想だ。
それにしても、遺骨だなんて……。縁起でもない。
骨壺は、まるで平民が使う白磁の地味な物だ。
たぶん値段は一番安い物のように見えた。
それにしても、喪服で来なくてもいいでしょうに。
「首都から辺境区まで遠いもの。屍は、まず腐るでしょう。腐ったお姉様なんて、持って帰りたくないわ。だからこの地で遺骨にして、持って帰るつもりだったのよ。貴族の埋葬は本来土葬ですけれど、焼却してしまえば、嵩張らず、臭くもないわ」
私は、大きな溜息を漏らす。
本人を目の前に、腐るとか、臭いとか失礼でしょう。
もっと言い様がありそうだが、リリーらしいと言えばリリーらしい。
「生きている可能性は考えなかったのですか?」
「なかったわ」とリリーは胸を張って答えた。
「お母様が大笑いじゃなくて、大泣きして、宥めるのに数日かかったけれど、お父様が遺骨くらいは拾いに行こうとおっしゃったのだわ。ね、お父様」
「生きておるなら、生きておると連絡を寄越せ。わざわざ仕事を休んで、こんな遠方まで来ることになったではないか」
お父様は私が生きていたことに喜ばないで、怒っている。
まるで私が死んでいた方がよかったと思っているようだ。
「意識が戻るまで2週間かかりました。その後、一週間は経過観察の状態でした。今日からやっと動いてもいいと許可が下りました。ニナは盗賊に襲われた時に、背中に刀傷を受け、脳出血も同時に起こしたようでした。今日から動いてもいいと言われたのですが、まだ傷が痛むと思います。まだ安静が必要な時期なのです」
レインは事細かく説明してくれた。
お母様は泣いているが、お父様もお兄様もお義姉さまも怒っている。
面白がっているのは、リリーだけだ。
「ところで、其方は誰だ?ニナから結婚をしたと手紙をもらったが、ニナの結婚相手は其方なのか?」
「お父様、ご紹介が遅くなりましてすみません」
私はお父様にお辞儀をした。
「ニナ、ここは俺から」
レインは私の顔を見ると、大丈夫だと伝えるように、一つ頷いた。
立ったままの私の手を取ると、空いた席、レインの席の隣に私を座らせた。
「私は、レインフィールドと申します。ブルーリングス王国の最後の王の血統を持ち、この辺境区をニクス王国の国王陛下からいただき、ブルーリングス王国の再建を行おうとしております。ニナ嬢がフェルト殿と離縁をしたときに、釣書を送った者でございます。ニナ嬢を口説き、一緒にブルーリングス王国の再建を行ってくれると約束しました。結婚式はこの地の教会で私の護衛が立ち会い、結婚式を行いました」
「お父様、私はレインフィールド様を愛しております。一緒にブルーリングス王国の再建をしていきたいと思っております」
「ブルーリングス王国の再建か?私もその血を受け継いできた。何処の血も混ぜずに、ブルーリングス王国の血統を守ってきた。レイン辺境伯が後継をすると聞いて、ニクス王国の国王陛下に私の息子は、王位継承を辞退するように言われた。何処の血も混ぜずに、血統を重んじてきた一族に、国王陛下から一族とは違う縁談を勧められ、息子に結婚をさせたのだ。そのレイン辺境伯が我が娘を嫁に欲しいと?勝手に事を進めて、事後承諾か?」
「申し訳ございません」
レインはお父様に頭を下げた。
「お父様、私が盗賊に出会って、傷を負ったので、全てが遅くなってしまったのです。私が怪我を負ったとき、レイン辺境伯は隣国のブリッサ王国に出かけておりました。戦争がこれ以上続かないように、話し合いをしに行っていたのです。その会談も二週間以上かかり、私が危篤だとは知らされていなかったのです。時間がかかりましたが、友好国になり平和条約も結べたそうです。もう戦争は起きません。私の意識が戻らなかった為にご迷惑をかけました」
「どうして、怪我を負ったのだ?」
お父様とお兄様の視線が凄く鋭くて、胸がドキドキしてきた。
怖くて、言葉が出てこなくなる。
もし、私がレインを信じられなくなり、この地を出て行こうとしていたことを話せば、この結婚はなかったことにすると、私は無理矢理連れ戻されてしまうかもしれない。
私はレインと一緒にいたいの。
そんなことを言っても、お父様の言葉は絶対だ。
怖い。
「ニナ、大丈夫か?」
「胸が苦しい」
私は過呼吸を起こしていた。
落ち着いて。対処の仕方は知っているでしょう?と自分に言い聞かす。
極度の緊張で、起きていることは分かる。
ゆっくり呼吸をするのよ。呼吸が速くなると苦しくなるでしょうと、自分に言い聞かすが、身体が暴走でも起こしたように言うことを聞いてくれない。
私はレインにもたれかかって、呼吸を整えようとしたけれど、皆の視線が怖すぎて、心は乱れるばかりだ。
「失礼します。私はレインフィールドの付き人兼保護者のアルクと申します。ニナ様は今朝、医師に室外に出る許可が出たばかりですので、休ませたいと思います。レインフィールド、ニナ様をベッドにお連れしなさい」
「失礼します」
レインは私の家族に一礼すると、私を抱き上げ、部屋を出て行った。
「医師を呼んでくれ」
「レイン、大丈夫よ」
「いいからおとなしくしていなさい」
私は頷いて、レインにしがみついた。
「もう、大袈裟ね!」とリリーの声が聞こえた。
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