第28話 嘘の結婚式


 俺は、完全にアルクと護衛騎士達と別にされてしまった。


 とにかくエリザベス王女は片時も俺の側を離れない。


 夜も寝室はエリザベス王女と共に、過ごす事になった。


 また眠れぬ夜を過ごし、早朝の太陽が眩しすぎる。


 早くニナの顔を見たい。


 俺に誂えられたのは白いタキシード。


 真っ白なウエディングドレスを身につけたエリザベス王女が、病気の王妃様の前にいる。



「レイン辺境伯、エリが我が儘を言っているのでしょうね。我が儘に付き合ってくださりありがとうございます。今日はエリの門出の席よ。成功することを祈っているわ」


「お母様、我が儘を言いましたわ。お側を離れることをお許しください」


「いいのよ。エリが自分で選んだ道ですから、自分で幸せを掴んでいらっしゃい」


「お母様」



 エリザベス王女は、王妃に抱きつき泣いている。


 これが今生の別れになると互いに気づいているのだ。



「そんなに泣かずとも、エリザベスが嫁ぐところは、隣国であるぞ。会いたければ、直ぐに会える」



 俺は何も言えない。


 母と子は、しっかり抱きしめ合っている。


 その姿を見ている父王は、暢気に構えている。


 真実を知らされていないのだ。


 父親とは、これほど哀れなのか?


 俺とニナの子が生まれたら、俺は嘘をつかれないように、優しく素直な子に育てよう。


 いつ作ったのか、エリザベス王女は、清楚なウエディングドレスを身につけている。


 俺も、ニナにウエディングドレスをプレゼントして、もう一度、結婚式から始めよう。


 指輪も、もっと似合う物があるはずだ。


 国に戻ったら、直ぐに手配をしよう。


 勘のいいアルクは、事情を説明できない何かがあると察してくれたようで、聞き出そうとするのを止めてくれた。


 後で、しっかり謝罪しなくては。



 たくさん泣いたエリザベス王女は、侍女達に、綺麗にお化粧をしてもらっている。


 俺は、エリザベス王女に、ここに居ろと言われているので、ただボンヤリと家族の遣り取りを見ているだけだ。


 この結婚式の料金は、俺が支払う物らしいが、予め、エリザベス王女からもらっていて、支払いは済ませてある。


 ピエロにはピエロなりの役目がある。


 目立たず、エリザベス王女に最後の別れをさせてやるという。


 俺の隣で、無口なアルクが、大きな欠伸をしている。


 アルクのことだ、屋根裏の隙間に入り、天井から俺達を見ていたに違いない。


 同じベッドで寝ていても、寝転がっているだけだ。


 俺は、一睡もできずに天井の隙間を見ていた。


 俺は不貞など犯してはいないと、アルクに伝えるために、視線だけで状況を把握してくれと、訴えていた。


 隣ではエリザベス王女は、ぐっすり眠っている。


 この神経の差は何だ?エリザベス王女の図太い神経に、呆れる。


 俺はエリザベス王女にいいように使われて、まだ故郷に帰れない。


 指輪を失ったニナが、心配でならない。


 宮殿から出ずに、宮殿の中にいてくれたら、まだ安心できるが、指輪を探しに川に入っていたらと思うと、もしや寝込んではいないかと。


 悪い想像ばかりしてしまう。


 俺がボンヤリしている間に、どうやら教会に行くようだ。


 バージンロードを歩くエリザベス王女は、嬉しそうな顔をしている。


 嘘っぱちの結婚式でも嬉しいのであろうか?


 宣誓は、予め用意されていた物を読んだだけだ。


 心は動かず、ただ読み上げる隣では、エリザベス王女は、涙を流している。


 演技だろうな?


 まさか、本気で俺の王妃になるつもりではないな?


 王妃はニナに決めている。


 第二夫人はいらないと思っている。


 早く式が終わるのをただ待つ。


 指輪の交換も準備されている。


 ニナがはめてくれた指輪を抜かなくてはならないのは、拒んだが、拒否された。


 本物の指輪は、失わないようにネックレスにして首にある。


 どうでもいいから、式も日付も早く進んで俺を自由にしてくれ。


 やっと結婚式が終わったら、写真撮影があった。


 証拠になる物は止めてくれと言ったのに、写されてしまった。



「エリザベス王女」


「エリでしょう?」


「エリ、あの写真を抹殺しろ」


「無理ね。諦めて」


「俺の未来は、考えてくれないのか?」


「あら、奥様、心が狭いのね」


「悲しませたくはないのだ。せめて、護衛に説明させてくれ。フォローができる」


「駄目よ。私が失踪する日まで、私の夫を演じるのよ。そのことは誰にも秘密にしなさい」



 俺が睨むと、エリザベス王女は俺に抱きついて、耳元で囁く。


 シャッター音が連写される。



「この角度なら、熱烈なキスシーンに見えるわね」


「なんだと?」



 突き飛ばそうとしたら、そっと身体を離して、指先で口元を隠している。


 まるで恥じらっているように見える。


 何かを言えば、裏目に出る。


 何か動くと、誘導される。


 エリザベス王女は、演技が上手い。


 開放されたくてもしてくれないのなら、何も考えずに、流されるしかない。


 結婚式の後の食事会も俺は、一言も話さなかった。


 あと、9日。


 早く時間が過ぎますように。


 ニナに気づかれませんように。


 結婚式の翌日、朝食をいただいた後に、馬車に乗り旅に出ることになった。


 アルクと護衛騎士が馬で付いてくる。


 俺の馬も一緒に連れてきている。


 馬車の窓は閉められて、何処に行くのかも知らされていないのだ。



「後は、歌劇団の興業が終わるのを待つだけよ。私はこっそり逃げ出すわ。二日以内に国境を越えるわ。二日後に私がいなくなったと騒いでね」


「その後は、俺任せか?」


「手紙を書いてあるわ。それをお父様に見せてくれればいいわ。そうしたら、貴方が責められることもないと思うわ」


「とんでもない姫様だ」



 エリザベス王女は、寂しげに微笑んだ。



「本当は、彼とこの国で暮らしたかったのよ。けれど、お父様は許してくれないわ。私達の未来のために、この方法を私が考えたのよ。お母様は許してくれたわ。私がこの国を出たら、お母様の具合が悪くなっても、手を握ることもできなくなるのに。親不孝だわ」



 そこまで考えているなら、最後まで手を貸すべきであろう。


 母親の死期が訪れても、もう会いに来られない。その覚悟を持っているのならば、手を貸さずにはいられない。


 ニナには、許してもらうまで、しっかり話し合いをしよう。


 首都に戻ってしまったなら、追いかけよう。



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