第22話 文化祭の前に①

 文化祭の準備は、順調に進んでいた。


 広報係には夜桜カレン、百合野トオル、そして水野さんたちの強い意見があり、萩原アカネが就任した。しかし実質的には、萩原アカネを除く二人での活動となった。


「暇人のカレンちゃんとトオルちゃんが頑張るので、アカネちゃんにはやりたいことをやって欲しいのです」


 そうへらりと笑って見せたのは夜桜カレンだ。


 実際のところ、宣伝用のホログラム看板の準備は、製作ソフトが完備されているのでそこまで大変ではない。夜桜カレンが主にデザインを担当し、百合野トオルがデータに起こした。そこに様々な挙動やエフェクト、客がアクセスした際に表示する情報を組み込む。ただ二人はそのあたりのプログラミングはやや苦手らしく、二人の頼みもあり、同じく暇人の僕が手伝うことになった。


「こんなに手伝ってもらうなら、係に入れておけばよかったな。内申にも影響しただろうし」


 リストデバイスからいくつものホロディスプレイを卓上に展開し、着々とプログラミングを進めていく。そんな僕の手元を覗き込みながらそう零したのは、百合野トオルだった。


 僕は「構わないよ」と返す。


「今の成績なら、志望大学のどこかには入れるだろうし」

「うわ、優等生発言」

「嫌味な優等生なのです」


 そうしてある程度のお膳立てとレクチャーを経て、仕上げは係の二人に任せることにした。

 萩原アカネと再び遭遇したのは、十月半ば。暑さはもう欠片もなくなった人工風がそよぐ、放課後の昇降口でのことだった。


「あ」


 出口のところで鉢合わせた僕らは、互いに顔を見合わせて足を止めた。僕は間抜けな声を上げ、彼女は訝しげな目を僕に向けてきた。


 どちらともなく視線を外し、歩き出す。

 並ぶように、着かず離れず。彼女は少し早足だった。


 意識してその距離を保っているわけではない。けれど同じ駅に向かう者同士、必然、その距離が大きく開くことはない。

 無言のまま、駅まで残り半分のところに辿り着き、僕はようやく口を開いた。


「お金だけど、ごめん。貸せない」


 あまりにも今更過ぎるその返答に、先を歩いていた彼女はピタリと足を止めた。それに合わせて僕も足を止める。

 案の定、彼女は「今更」と言った。


「気にしてない。あのキャラのガチャ、とっくに終わってるし」


 怒ってもなければ、恨んでもいない。これ以上食い下がる気もない。本当に額面通りの、ドライな返事だった。


 それから彼女は、ゆるりと歩き出した。

 僕もまた歩みを再開する。彼女は自然と歩を緩め、僕らは並ぶ形となった。


 肌を撫でる風は随分と涼しくなり、天井の日没も随分と早くなったけれど、街路の樹は春夏と変わらない姿を保っている。これが落葉樹だったら葉の色が変わるんだろかと少し考えるけれど、多分、僕らがそれを見ることはない。


 僕らはそんな、変わることのない道を、毎日歩いている。


「僕の親、お金に関しては昔から口うるさくて」

「うん」

「どれだけ仲が良くても金は貸すな。飯は奢っても、金は貸すなって」

「きちんとしてるんだね」

「そうかな」


 そう評されて、僕は一瞬考える。考えて「そうなのかも」と思い至った。


「昔から『金の切れ目が縁の切れ目』とも言うし。トラブルになりそうなことを、僕は縁に持ち込みたくない」


 ――と、思う。


「だからごめん」

「なんで」


 もう一度謝ると、不機嫌な声が返ってきた。


「無茶言ったのはあたしだし。金貸せなんて。ごめん」


 その『なんで』は『なんで謝るの』の意味だった。

 僕は咄嗟にもう一度ごめんと謝ろうとして、言葉を飲み込んだ。代わりに、「いいよ」と返した。


「気にしてない」


 そういうと萩原アカネはゆっくりと顔を上げ、丸くした目に僕を映した。

 端的に、彼女は驚いていた。

 それからクシャリと顔を歪めて、ハッと嘲笑にも似た笑いを零す。


「何それ」


 大した付き合いもないのに、僕は彼女のその笑みを、なんだか『らしいな』と思った。


「なんか変だね。互いに謝りあって」

「そうだね。でも悪くない気がする」

「……そうかも」


 フッと彼女が笑う気配。けれどその笑みもすぐに鳴りを潜め、重苦しい沈黙が僕らの間に流れる。僕は聞いた。


「大丈夫?」

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