第17話 秋へ

 夏休みは、何事もなく過ぎていった。

 何事もなくというには、色々あったかもしれない。


 具体的に言えば、僕は百合野トオルと共に、夜桜カレンの外出に付き合わされる日々を送った。買い物だったり、映画だったり、カフェでお茶会だったり、それは色々。元々、特に夏休みの用事もない僕は、言われるがまま、彼女たちに振り回され続けた。


 その甲斐は、多少なりともあったと思う。


 夏休み明けの登校初日。スッと音もなく教室入り口の自動ドアがスライドして、僕は教室に足を踏み入れた。

 途端、それまでざわついていた室内が、水を打ったように静まり返る。


 いくつもの目が、僕に向けられていた。けれどそれも一瞬のことで、教室内はすぐに元の空気を取り戻す。


 教室の真ん中には、いつもと同じく四人の少女の姿があった。夜桜カレンと百合野トオル、それから夏祭りで遭遇した萩原アカネと、クラス委員長の椿カナデ。百合野トオルと話していた夜桜カレンは僕に気付くと、笑顔でひらひらと手を振った。

 僕はその手に小さく会釈を返して、自席に通学用の黒いリュックを降ろした。


「おはよう」

「……はよ」

「おはよー」


 先に来ていたいつもの二人――進藤と小林は、それまでの話を中断し、一拍おいてから挨拶を返す。返して、また二人で喋り始める。


 日常は変わらない。毎日は、いつも通りに過ぎていく。

 春と変わらぬ夏は終わり、暦は秋へ移りゆく。

 そんな時だった。


「ねぇ、あんた。ちょっといい?」


 ある日の放課後。昇降口を出ようとした僕を、不機嫌な声が呼び止めた。

 その『あんた』が自分の事だと、僕は一瞬気付かず、ややあってから振り返る。


 そこに、ボブカットの茶髪に赤い眼鏡の少女が立っていた。


 面と向かって会うのは、夏祭り以来だった。校則通りのブレザー姿に、暗色のハイソックス。胸元にはチェック柄のネクタイが結ばれ、肩には通学鞄を提げている。

 なんて特徴もない、ごく普通の女の子だった。


〈四季〉の秋――萩原アカネ。


 通り過ぎて行く生徒の波が途切れるのを待って、彼女は口を開く。


「お金、貸してくれない?」


 そうして、夏は燃え尽きた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る