現実逃避
これほど連鎖的なものはないだろう。
一度起こってしまえば、起こしてしまったことが起因となって別の同じことが起こる。
復讐とはそういうものだ。
誰かを憎み、殺したとしてもそれで終わるわけではない。
殺された人間の家族や、友達、利害関係を持った人間も、同じように自分へ再び復讐の念に駆られる。
復讐、そのワードに身を委ねた時点で、加害者は被害者にもなってしまうのだ。
だったらやめればいいのでは? なんて、思うかもしれない。
けれど、それは蚊帳からゆっくりと傍観している人間だからこそ達観的に思えるだけ。
もし、自分の身内が殺されてしまったら? 最愛の人が傷つけられてしまったら?
生産性もなければ不合理だと分かっていながらも、無念と己の激情からくる復讐の念に駆られてしまわないだろうか?
これは、別に誰が悪いというのはない。
全員が全員悪人で、全員が全員被害者。極端な話を言えば、これもまた自然現象の一つだろう。
だから―――
「ようやく見つけたわ、セフィ」
パチパチ、と。どこからか音が聞こえてくる。
ただ現れただけというのに、周囲が一気に熱気の漂う空間へと変わってしまった。
地面へへたり込むセフィの視界には、紅蓮色の髪を靡かせる女性の姿。
その女性は、どこか見覚えがあって……思わず、口にしてしまう。
「エイネ、様……?」
「気安く名前を呼ばないでちょうだい、不快だわ」
この島を治めていた領主の娘。
自分が住んでいた街で、最も有名だった女性。
普通に暮らしていたころ……何度も彼女を見かけ、彼女の名前を聞いてきた。
家族を大事にし、領民を愛し、才能に恵まれ、慕われ続けてきた人間。
そんな女性—――エイネが、目の前にいる。
明確な憎悪を滲ませて、真っ直ぐと、冷たい瞳を向けている。
「……あなたの父親がいなければ、こうはならなかった」
ふと、突然に。エイネの首元目掛けて一本の蔦が伸びてきた。
しかし、エイネは視線を逸らすことなく、蔦を受け入れる。
蔦はエイネの白い肌に届くことはなく、寸前に黒い灰になって崩れていってしまった。
「お父様も、お母様も、昨日挨拶した民も……死ぬことなんてなかった」
「……ぅ、ァ」
「この数年、どれだけ空虚でどれだけ憎悪に塗れた生活を送ってきたか分からない」
一歩、エイネが近づいてくる。
「一時は衛兵の世話にもなったこともあったわね。王都の牢屋の中にいるあいつを殺すために乗り込んで、捕まって。それでも諦めきれなくて」
一歩、エイネが近づいてくる。
「これじゃ、天国にいるお父様達に会いに行けないじゃない……何も、なんの敵も仇も取れていないのに、のうのうとなんて生きられない」
だから、と。
エイネはセフィの正面に立って見下ろした。
「死になさいよ、『大罪人』の娘。せめて天国にいるあの人達の笑い者になれ」
その冷たい言葉と瞳を受け、セフィは―――
(……あぁ)
―――今まで、冷たい視線を浴びることは何度もあった。
どこに行っても自分の居場所なんてなくて。人の前に出れば石を投げられ、口々に『大罪人』の娘だからと恨まれる。
自分は何も悪いことはしていないのに、なんて。そんな言い訳を何度してきたことか。
それでも、周囲は受け入れてくれなくて……結局、人里離れた山の中で一人で暮らしていた。
もう誰とも関わらない。怖いから、人の前に出たくない。
けど、そんな気持ちを乗り越えて自分が山から出てこられたのは、彼に憧れ、焦がれてしまったから。
こんな自分でも、誰かの心に刻まれるような人になりたい。
恨まれる存在ではなく、彼のように救いによって誰かの記憶に残ってみたい。
(でも、やっぱりボクには……)
無理だった。初めから無理だったんだ。
ただ一時の幸せに溺れ、長い間現実逃避をしてきただけ。
誰からも優しいと、慕われてきたエイネという女性にこのような瞳を向けられ、ようやく……夢から覚めた。
(……もう、いいや)
セフィが長太刀から手を離す。
ゆっくりと、手をエイネへと伸ばし、どこか懇願するように服を摘まむ。
「
「言われなくても」
死ぬのは怖い。死にたくはない。
けれど、この世界が自分の居場所ではないのなら、いる意味はない。
(……でも)
温かい場所もあった。ずっと浸っていない幸せがあった。
世の中すべて悪いわけではなかった。冷たいわけではなかった。
一時の優しい夢に浸れたのなら……もう、いいのかもしれない。
「安心しなさい」
エイネの手が、真っ直ぐにセフィの首へと伸びる。
「これが終わったら、ちゃんと私も逝くから」
そして―――
「勝手に幕引きしてんじゃねぇよ、馬鹿弟子」
ガッッッッ、と。エイネの手を弾くように、漆黒の長い何かが二人の間に割って入ってきた。
その色はどこかで見覚えがあって。
自分の持っている長太刀と同じような気がして。
ふと、セフィは恐る恐るに伸びてきた方へと視線を向ける。
「よく分からないことによく分からないお客様がいる。俺には何一つとして理解しちゃいないが―――」
そこには、漆黒の甲冑に身を纏った……一人の少年が立っていた。
「死ぬな、セフィ。俺はまだお前には笑っていてほしいよ」
どうしてか、その人の姿を見ただけでセフィの瞳から涙が零れ出てきた。
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