第一章 南の島(2)

       ***


「わあ、可愛い街ですね!」

 色鮮やかな街並を見て、ティトが歓声を上げる。

 レクシアたちはジゼルに連れられて、小さな街の入り口に立っていた。

 通りの左右に店が並んでおり、開放的でカラフルな店先に、日用品に混じって水着やサンダル、浮き輪などが売られている。

「ほとんどが島民向けの商品のようだが……水着を扱っている店もあるな」

「色使いが鮮やかで、南国っていう感じがするわ!」

 ジゼルに気付いた店の人々が、笑顔で話しかける。

「おやジゼル! そちらは旅人さんかい?」

「ええ。さっき砂浜で知り合ったの」

「へえ、島の外から人が来るとは珍しいねぇ!」

「旅人さん、どうぞジゼルと仲良くしてやっておくれ」

 小さな島のためか、皆顔見知りらしい。

 どの人も優しく、ジゼルに慈しむようなまなざしを向けていた。

 そんな街の人々に見守られながら、水着を選ぶ。

「あっ、この水着可愛いわ! ティトに似合いそうじゃない!?」

「ふぁっ!? で、でも、なんだか布の面積が小さいような……!?」

「大丈夫よ、ティトなら完璧に着こなせるわ! ルナはこっちの水着が良さそうね! 色は、んー、水色……やっぱり青がいいかしらっ?」

「……私も着るのか?」

「もちろんよ! ほら、早く試着してみて!」

「あわわわ」

「レクシア、こら、分かったから押すな」

 ルナとティトはレクシアの勢いに押されて試着室に入った。

 しばらくして出てくる。

「着てみたが……防御力が低くて心許ないな」

「お、おなかがすーすーします……!」

「まあ。二人とも、とっても可愛いわ!」

「でしょっ? 絶対似合うと思ったのよ!」

 二人の水着姿を見てジゼルが目を輝かせ、レクシアが嬉しそうに飛び跳ねる。

 レクシアが選んだ水着は二人の雰囲気にぴったりで、それぞれの魅力をいっそう引き立てていた。

「よーし、私も可愛い水着を選ぶわよ~!」

 レクシアは楽しげに自分の水着を選んでいたが、ふと一着の水着を手に取った。

「あっ、これ、ジゼルに似合いそうよ!」

「えっ!」

 レクシアたちをにこにこと見守っていたジゼルが、突然の言葉に驚く。

「私は大丈夫よ。レクシアさんたちだけで選んで、私には必要ないから――」

「いいから着てみて! ついでに私もこっちの水着を試着してみるわ!」

「でも、そんな――えっ、待って!? い、一緒に試着室に入るの!?」

 レクシアは有無を言わさずジゼルを試着室に連れ込んだ。

「んー、狭いわね」

「あ、あの、やっぱり別々に試着した方が――ひゃ!?」

「あっ、ごめんなさい、手がぶつかっちゃった! ……っていうか、ジゼルの肌、とってもきれいね!」

「そ、そうかしら? レクシアさんの方が、色も白くて――きゃぁ!?」

「うーん、すべすべでもちもち! なんて魅惑の感触なの!? スタイルもいいし!」

「れ、レクシアさん、どこ触って……んぅっ!?」

 試着室から聞こえる悩ましい声に、ティトが猫耳をぴこぴこさせる。

「ま、前から思っていましたが、レクシアさんって大胆ですね……!」

「普段から人に着替えさせてもらうことに慣れているせいか、肌を晒し合うことにまったくためらいがないな」

 やがて、水着に着替えたジゼルがおずおずと現われた。

「ど、どうかしら……?」

 頬を染めて恥ずかしそうに尋ねる。

 可憐なエメラルドグリーンの水着によって小麦色の肌が引き立ち、しなやかな曲線と健全な魅力が、どこか神秘的な美しさを演出していた。

「わあ、とっても似合ってます! きれいで大人っぽい……!」

 思わず手を叩くティトに、レクシアが胸を張る。

「うん、最高に可愛いわ! やっぱり私の見立ては間違ってなかったわね!」

「なるほど、レクシアの審美眼だけは大したものだな」

「だけって何よ!? ところで、私はどう?」

 レクシアはくるりと華麗に回ってみせる。

 細く均整の取れた四肢に、本人の華やかさをいっそう引き立てるフリル。すらりと伸びた太ももの白さが眩しい。

「わああ、レクシアさんもすっごく可愛いです!」

「不思議だわ、どんな服を着ても気品があるのね」

「悪くないんじゃないか?」

「ふふふ、そうでしょっ? ――って、あら?」

 レクシアはふと、ティトの胸元に目を懲らした。

「よく見たら……ティト、もしかしてまた大きくなったんじゃないっ!?」

「ひょわあああああ!?」

 胸をつつかれて、ティトが跳び上がる。

「もうっ、こんなにふよふよでぷにぷにで魅力的なんて、許せないわっ! えいえいっ!」

「れ、レクシアさん、恥ずかしいです……っ! ひゃあ!?」

 賑やかにじゃれ合う二人を見て、ジゼルが頬を染めながらルナを振り返る。

「あ、あの、とっても可愛くて大変なことになっているけれど、止めなくていいの!?」

「ああ、いつものことだ」

「そうなの!?」

「ふぇぇぇええ、くすぐったいです~~~~!」

 青く晴れた空に、ティトの悲鳴が響いたのだった。


       ***


 その後、めいっぱい買い物を楽しんで浜辺に直行したレクシアたちは、美しい海を前に立っていた。

「さあ、泳ぐわよーっ!」

 浮き輪を装備して準備万端のレクシアは、はしゃいだ声を上げた。

 陽光に眩い金髪を弾ませ、白い素足で砂を跳ね上げながら、軽やかに海へと走って行く。

「わあ、水があったかいし、とっても綺麗! 海の底まで見えるわ! みんな、早くいらっしゃいよー!」

 一方、ティトは波打ち際でおろおろと立ち尽くしていた。

「ふおおおおお、足元の砂がどんどん崩れてっ……! 砂漠のオアシスと全然違いますっ、波に吸い込まれそう……あわ、あわわわわ~……!」

「大丈夫よ、ティトさん。私の手につかまって」

「はわぁ、あ、ありがとうございますっ……!」

「ティト、こっちよー!」

 ジゼルにしがみつきつつおそるおそる海に入るティトに、すでに胸まで浸かったレクシアが手を振る。

 そこにルナが華麗に泳いできた。

「ふう。こうして泳ぐのは久々だな」

「ルナ、泳ぐのも得意なの!?」

「まあな。お前は浮き輪に頼っているようだが、泳げないのか? なんなら教えてやろうか?」

「なによ! 私だって少しは泳げるわよ!」

「ほう? なら競争してみるか? まあ私が勝つと思うが」

 勝ち誇ったように腕を組むルナに、レクシアは頬を膨らませる。

「んむむむむ~~~! ――あっ、そっか!」

「ん?」

 レクシアは自分の胸元に手を当てて、ルナの胸にちらりと視線を送った。

「私、旅立ち前に比べて、ちょっとこの辺りが成長したのよね~? ……ティトほどじゃないけど。ルナはあんまり水の抵抗がなさそうだもの、きっと泳ぐのも早いわよね!」

「……ほう?」

 ルナのこめかみが引き攣る。

「ではどうしたら早く泳げるのか、手本を見せてやろう」

 ルナはそう言うと、軽く泳いでみせた。

 跳ね上がった水がレクシアを直撃する。

「うぷーっ!? けほ、けほっ! ルナ、わざとでしょ!」

 食ってかかるレクシアに、ルナは涼しげに肩を竦めた。

「ん、何がだ? 私はただ泳ぎの手本を見せただけだが?」

「むむむ、そっちがそう来るなら……えーいっ!」

「んっ!」

 レクシアはルナの顔に向かって水を跳ね上げた。

 ぷるぷると頭を振るルナを見て、楽しげに胸を反らせる。

「どう? これでおあいこね!」

「ふふ、やったな。それなら――はっ!」

 ばしゃあああああああああっ!

「ぷあああああああああああ!?」

 激しい飛沫を浴びて、レクシアが悲鳴を上げる。

「ちょっとルナ、やりすぎよ! しかも糸を使ったでしょ!?」

「水を当てやすくするために、少しな。大丈夫だ、加減はしている」

「そういう問題!? っていうか、なんで海にまで糸を持ってきてるのよ!?」

「私はお前の護衛だからな、当然だ」

「それをなんで護衛する対象に向かって放つのよー!?」

 賑やかに言い合う二人を見ながら、浅瀬でティトにバタ足を教えているジゼルが目を丸くする。

「ルナさん、今、すごい飛沫を上げていなかった……?」

「はぷ、はぷ、ぷええ」

 ルナたちの正体を知らないジゼルは驚愕しているが、ティトはバタ足の練習に夢中でそれどころではない。

 しかしレクシアは、そんなティトをけしかける。

「むむむ~、こうなったら……ティト、反撃よ!」

「ふぁ!? は、は、はいっ!? えーいっ!」

 ティトは慌てて立ち上がると、両手で水を跳ね上げた。

 どばああああああああああああっ!

「んむっ!?」

「きゃああああああああ!?」

 予想以上に激しい水柱が立ち、ルナばかりかレクシアまで巻き添えになる。

「はわわわわ、すみませんっ、やりすぎちゃいました……!」

「ふふふ、やるな、ティト」

 ルナは濡れた髪をかき上げると、腕に巻いた糸を解いた。

「ちょうど船旅で身体もなまっていたところだ。訓練がてら、少し身体を動かすか」

「あわわ、ルナさんを本気にさせてしまいました……! わ、分かりましたっ! こうなったら先手必勝です! 【旋風爪】っ!」

 ティトが鋭く腕を振り抜き、局所的な竜巻が発生する。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


「ええええええええええ!? どうして竜巻が!? どういうことなの!?」

 驚くジゼルをよそに、竜巻は海水を吸い上げ、巨大な水柱と化してルナへ迫った。

「た、大変っ! ルナさん、危ないわ! 逃げて!」

「いや、当然迎え撃つさ!」

「なんで!? どうやってなの!?」

「こうやってだ! 『乱舞』! 『避役』!」

 ヒュッ――ズバアアアアアアアッ!

 ルナは沖合に突き出ていた岩を切断すると、そのまま糸で引き寄せて、竜巻へぶん投げた。


 ドバアアアアアアアアアアアアアアアンッ!


 巨大な岩と竜巻がぶつかり合い、互いに砕けて相殺される。

「ええええ!? こ、これは何!? 一体何が起きてるの!? みんな一体何者なの!?」

「ふふ、さすがティト、やるな!」

「ルナさんこそ、どんどん強くなってますね!」

「だが、まだまだだ! 『流線』!」

「私も負けていられませんっ! 【天衝爪】っ!」

 水を散らしながら、技と技がぶつかり合う。


 ドゴオオオオオオオオオオオオッ!

 ズドドドドドドドドドドドドドド!

 バッシャアアアアアアアアアアアンッ!


 激しい応酬に巨大な水柱が上がり、魚が上空へ打ち上げられる。

 そんな二人を見て、レクシアはやれやれと肩を竦めた。

「また始まっちゃったわね。まったく、あの子たちの悪い癖だわ」

「ほ、発端はレクシアさんだったような気がするけど……止めなくていいの?」

「いつものことだから大丈夫よ! あっちは放っておいて、さっき買ったボールで遊びましょう!」

 レクシアは嬉々としてボールを取り出す。

 しかしそんなレクシアを、ばしゃあああああ! と凄まじい水圧が襲った。

「ぷああああっ!?」

「れ、レクシアさ―――――ん! 大丈夫!?」

「うー、けほっ、けほっ……もうっ、何するのよルナっ!」

「それはこちらの台詞だ、何を素知らぬ顔をしている。これはお前が始めた戦いだろう」

「うう、やったわねーっ!?」

 レクシアは両手を振り回して、ばしゃしゃしゃしゃ! と水を跳ね上げる。

「フッ、そうこなくてはな! 『乱舞』!」

「『爪聖』の弟子たるもの、遊ぶ時だって全力です! 【奏爪】!」

「技を使うなんて卑怯よっ! こうなったら……ジゼル、応戦よ!」

「えっ!? わ、分かったわ!? ええと、ええとっ……『波よ、押し寄せよ』!」

 ジゼルは海面に向かって精霊術を発動させた。

 ジゼルを中心に青い波動が広がる。

 そして海面が盛り上がったかと思うと、巨大な波と化してレクシアたちに覆い被さった。

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