第3章「賞金首ハンターに、ざまぁ」⑴

「ほらよ、約束の治療費十万ザマドル」

「はい、確かに。一日で集めてしまわれるなんて、さすが勇者様でいらっしゃいますね」


 ダークザーマァドラゴンを懐柔した翌朝、ヨシタケは治療費をザマルタに渡した。

 ザマァーリンはヨシタケを教会へ送り届け後、「私のことは内密に」と口止めし、何処かへ去っていってしまった。隠居中の身だと言っていたし、人前に出たくない事情でもあるのかもしれない。

 ヨシタケはザマァーリンの意思を尊重し、ザマルタには彼女のことを黙っていることにした。


「それにしても、森のヌシを配下につけてしまわれるなんて、びっくりしました。勇者様は調教師(テイマー)の素質もお持ちなのですね。しかも……」


 ザマルタはヨシタケの肩の上にチラリと目をやる。

 そこには手のひらサイズにまで縮んだダークザーマァドラゴンがちょこんと乗っていた。元の巨大な姿とは打って変わり、大きな赤い瞳をくりくりさせ、可愛らしく変貌している。

 そのあまりの変化に、ザマルタは驚きを隠せなかった。


「こんなに可愛くなってしまったとは! な、撫でていいですか?」


 思わず手が伸びる。

 するとダークザーマァドラゴンが潤んだ瞳でザマルタを見上げ、口を開いた。


「小娘。今ここで我が元の姿に戻れば、この教会はぺしゃんこになるぞ。〈ザマァ〉」

「ひぃっ! 見た目は可愛いのに、ものすごいバリトンボイス! それだけはやめて下さい!」

「ダメだぞ、ダザドラ。ザマルタさんを氷漬けにしちゃ」


 教会を潰される恐怖に呼応し、ザマルタは氷漬けになる。

 ヨシタケは「名前が長いから」と付けたあだ名で、ダークザーマァドラゴン改め、ダザドラをたしなめた。


「フン! 我はヨシタケを認めたのであって、人間を認めたわけではないのでな!」

「可愛いような、可愛くないような……複雑だわ」


 ザマルタは治療費を受け取ると、「それで、」とヨシタケに尋ねた。


「勇者様はこれからどうなさるおつもりなのですか? 聞けば、王国選定の魔王討伐勇者は王立騎士団団長のザマスロット様に変更されたとか。勇者様を闇討ちして勇者になるなど、真の勇者とは思えぬ所業……王様に真相をお伝えしてはいかがですか?」


 ヨシタケは昨晩、ザマルタとダザドラに教会へ来るに至った経緯を話した。

 ダザドラが「やはり人間は愚かな生き物だ」と軽蔑する一方、ザマルタは「許せない!」と怒りを露わにしていた。その怒りは未だに冷めていないらしく、言葉の端々にザマスロットへの殺意が滲み出ていた。

 しかし、ヨシタケは首を振った。


「いや……今はまだ泳がせておこう。俺があいつらに襲われたって証拠があるわけではないし、勇者としてまだまだ力不足なのは本当だからな。俺は俺で、勇者として冒険を続けるよ」

「でしたら、私も連れて行って下さい! 戦うことは出来ませんが、怪我や病いを癒すことは得意ですので! あの卑劣極まりない外道スロットパーティを、共にぶっ潰しに参りましょう!」

「お、俺はいいけど、教会は放って置いていいの? ザマルタさんがいなくなったら、無人になるんじゃ……」

「大丈夫です! 後任は既に、手配しておきましたから!」

「仕事が早い」

「ありがとうございます!」


 ザマルタはグッと親指を立てた。ヨシタケが何と言おうと、ついて来るつもりだったらしい。

 ヨシタケは「分かったよ」と観念した。


「じゃあ……これからよろしく頼むな、ザマルタさん」

「はい! こちらこそ、よろしくお願い致します!」

「せいぜい足を引っ張るなよ、新参者」

「お前も昨日来たばかりだろ、ザマドラ」


 こうして新たな仲間、ザマルタを加え、ヨシタケは新たな冒険の旅に出た。


(待ってろよ、ザマスロット……と、あと二人名前分かんない奴ら。お前らが勇者パーティとして持ち上げられるのは、今だけだからな。いずれ地獄に突き落として、「ざまぁ」して〈ザマァ〉してやる!)


 その胸の内に、ザマルタ以上の憎悪と復讐の念を抱きながら……。





 一方その頃、ザマスロット達はある町を出発するところだった。

 町の出口には、大勢の住人達が詰めかけ、見送りに来ていた。


「いやぁ、勇者様達がいらっしゃったおかげで、助かりました。なにぶん、賊達のせいで物資が滞っていたものですから」

「いえ、お役に立てて幸いです。皆さんどうか、お元気で」


 ザマスロットは勇者らしく、マントを翻し、颯爽と町を出ていく。メルザマァルとパロザマスも、その後を悠々とついて行った。

 ザマスロットの穏やかな笑み、そして頼れる仲間達の姿に、住人達は心奪われていた。


「なんて頼もしい勇者なんだ!」

「お仲間の方達も、素敵だったわぁ」

「僕、大きくなったらザマスロット様のような勇者になる!」

「私も、大人になったらメルザマァル様のような賢者になりたい!」


 住人達の歓声と熱い視線を背に、ザマスロットは満足そうに冷たく笑みを浮かべた。


「フッ、崇めることしか使い道のない愚民共が。せいぜい俺達を信奉してくれよ? ヨシタケが勇者として戻って来られなくなるくらいにな」

「いやー、お主も悪よのう。俺だけちびっ子人気が低かったのは、癪だけど」

「私達は人助けをしているだけ。応援して欲しいとは言ってない。崇めるかどうかは、あの人達次第」


 ザマスロット達は住人達から譲り受けた馬車に乗り、町を出ていく。

 その様子を、町外れの遺跡から双眼鏡のような魔法道具で監視している者達がいた。


「なぁ、ボス。本当にあの勇者達を行かせていいのかよ? あいつら始末すりゃ、魔王軍から懸賞金が出るんだろ?」

「ちまちま稼ぐより、一生遊んで暮らした方がいいじゃねぇかよォ」


 文句を垂れる部下達に、カウボーイのような格好をした長身の男はザマスロット達を監視しながら、即答した。


「ダメだ。勇者を殺しちまったら、遊んで暮らす余裕なんざ無ぇ。即、牢屋行きだ。しかも相手は、王立騎士団団長……奴を倒すことは、騎士団を敵に回すことと思え」

「……それは嫌っすね」

「気ぃつけます」


 男の脅しに、部下達は萎縮する。

 素直な彼らに、男は満足そうに「そうそう」とニヤッと笑った。


「俺達は堅実に行こうぜ。堅実に、着実に、後腐れなく始末出来るターゲットだけを狙っていけばいい。とか、な」


 そう言うと、男はポケットから一枚の手配書を取り出し、部下達に見せた。

 それは「最弱の元勇者」と銘打たれた、ヨシタケの指名手配書だった。

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