第2章「スライム相手に、ざまぁ」⑴
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヨシタケは真っ暗な世界を走っていた。目の前には果てしない闇が広がっており、出口は見当たらない。
後ろを振り返ると、ザマスロット達が不気味な笑顔を浮かべ、追ってきていた。
「ヨシタケくぅーん! 一緒に〈ザマァ〉しようよぉー!」
「一緒に〈ザマァ〉したら、楽しいぞぉー!」
「もちろん、ヨシタケ君は私達に〈ザマァ〉される役ねー!」
手にはそれぞれの武器を持っており、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だった。
「くそっ、どこまでも追ってきやがって! 俺は〈ザマァ〉なんかされたくないって、言ってるだろ! お前らだけでやってろよ!」
「えー、ノリ悪ぅーい」
「寂しいなー、寂しいなー」
「空気の読めないヨシタケ君には、〈ザマァ〉をお見舞いしちゃうゾー。あ、今はもう勇者じゃないんだっけ? 〈ザマァ〉」
直後、ヨシタケの足が地面に埋もれ、身動きが取れなくなった。
「うぉっ?! 足が!」
ヨシタケは足を引っこ抜こうともがくが、かえって体はどんどん沈んでいく。
その間にザマスロット達はヨシタケに追いつくと、彼が沈んでいく姿をただ眺めていた。
「〈ザマァ〉」
「〈ザマァ〉」
「〈ザマァ〉」
「ザマァザマァうるせー!」
「キャッ?!」
ヨシタケはベッドから跳ね起き、叫んだ。どうやらタチの悪い夢を見ていたらしい。
ヨシタケのそばで椅子に座っていた女性もその声に驚き、悲鳴を上げた。
「ど、どうかなさいましたか?」
「いや、あいつらマジでうるさくて……って、」
ヨシタケは女性の顔を見て、首を傾げた。
修道服を着た若い女性で、ヨシタケにとって見覚えのない人物だった。
「アンタ、誰?」
「ザマフォレスト教会のシスター、ザマルタです。貴方様が森の中で倒れていらっしゃったので、治療させて頂きました。あと少し発見が遅れていたら、森のモンスター達の夕飯になっていましたよ」
外は既に日が落ち、真っ暗になっていた。聞いたことのない鳴き声が、あちこちから聞こえる。
時折、モンスターのものと思われる巨大な黒い影や爛々と光る目が見え、ヨシタケは青ざめた。
「そ、そうだったんですね……ありがとうございます、助けて下さって」
(……こっっっわ! こんな真っ暗な中で逃げられるわけないじゃん! あいつら、本気で俺を始末するつもりだったな?!)
ヨシタケは心の底からザマルタに感謝しつつ、ザマスロット達に憤った。
失礼な三人とは対照的に、ザマルタは「いえいえ」と人の良さそうな笑顔で、謙遜した。
「冒険者の皆さんの健康と命をお守りするのが、私の役目ですから。つきましては、治療費十万ザマドルをお支払いして頂きたいのですが」
「……ん?」
ヨシタケは耳を疑い、聞き直した。
「今、なんて?」
「ですから、勇者様の治療にかかった費用十万ザマドルをお支払いして頂きたいのです」
「……」
ヨシタケは王様から持たされた鞄や服のポケットをまさぐり、財布を探した。しかし財布らしき入れ物も、小銭すらも持ち合わせてはいなかった。
当然だ。冒険にかかる費用は全て、賢者のメルザマァルが管理することになっていたのだから。財布も彼女が持っていた。
「……」
バッ
「ひゃう?!」
次の瞬間、ヨシタケは掛け布団をザマルタに投げつけて目眩しにし、逃げ出していた。
ザマルタが掛け布団を剥ぐのに苦戦している間に部屋のドアを開き、外の通路へ出る。しかし、
「そんな急に走ると、傷口が開いてしまいますよ! ベッドにお戻りなさい! 〈ザマァ〉!」
「うぐっ?! 急に睡魔が……!」
ザマルタに呼び止められた瞬間、猛烈な睡魔がヨシタケを襲い、床へ倒れた。無理矢理眠りにつかされると言うよりは、お花畑の真ん中で温かな毛布にくるまれているような睡魔で、抗う気力すら生まれなかった。
追いついたザマルタはヨシタケを見下ろし、「まったく」と呆れて頬を膨らませた。
「払えないから逃げるなんて、勇者に選ばれた方とは思えない所業ですこと。正直におっしゃって下されば、九万九千九百九十九ザマドルに割引して差し上げたのに」
「い、一ザマドルしか減ってないじゃないか!」
「仕方ありませんよ。この教会、森の中にあるせいで、一部の巡礼者の方以外はほとんど誰も訪れないんです。おかげで、維持するのが大変。治療するのだって経費はかかるし、そう簡単にオマケして差し上げられないんですよね」
なので、とザマルタはニコッと笑い、言った。
「十万ザマドル分、稼いで来て下さい。幸い、この森にはわんさかとモンスターが潜んでいます。モンスターの素材を売れば、まとまったお金が手に入りますよ」
「それって、金が貯まるまでここにいなきゃいけないってことか……?」
「当然です! 逃げようとしても無駄ですよ。貴方がこの森から出られないよう、結界を張らせて頂きましたので。今日はもう遅いので、お休みして頂いて結構ですが。明日からお金集め、お願いしますね。〈ザマァ〉」
そのザマァで、ヨシタケは眠りに落ちた。
ザマルタはその細腕からは想像も出来ない怪力でヨシタケを両手で持ち上げると、鼻歌交じりにベッドへ運んでいった。
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