第20話

王家の大型馬車は快適だ。

伯爵家うちで一番上等な馬車より遥かに乗り心地が良いのでお茶まで飲める。


馬車には私、シル様、シグルス、セルディの4人の他に王家の従者と侍女が1人づつ乗っているので世話もしてもらえた。

ちなみにシグルス様の使用人は前の馬車、私たちの使用人たちは後ろに続く馬車で移動だ。

シル様にと充てられた侍女2人は王宮侍女だが後ろに乗っている。


「そういえばシル様、以前お話下さったトロル族の従者も今回来られていないのですか?」

今回シル様は1人で来たがそれはシル様へ(私から見れば)嫌がらせのように付けている専属侍従に休みを与える事になる。

亜人を嫌がらせに雇うような人が、その亜人に纏まった休みを与えるのに違和感を感じた。

「彼は…今回は侍従を降ろされて荷運びにされてしまったの。きっと現地の荷物を整理してくれていると思うわ」


滞在の着替えなどの荷物は確かに先に送っている。

着いてすぐ快適に過ごせるよう準備してもらえるからだ。

その為の荷運びの使用人は普通末端の者の仕事で侍従がするような事ではない。


「彼には申し訳無いけれど…お陰で安心して荷物を送れたし一緒に滞在出来るから助かるの」

シル様の微笑みは少し困ったようなものが多い。

「シル、君が信頼する彼は婚約後は私が雇おう。でも彼も男性だ。信頼出来る侍女を早めに見つけて欲しい」

シグルスがシル様の手を握り熱烈にアピールしている。

本当…何がどうしてこんなにシル様ラブになったんだろう?

本来は来年の今頃、シル様の父親の公爵が推し進めていたシグルスとシル様の妹令嬢の婚約を「やはり姉のリュシルファを婚約者に」と年齢的に釣り合う二人に戻したのですぐ婚約が結ばれたのだ。

ヒロインが王太子ルートに進んでいる時はシグルスがこの婚約に「待った」を掛けてくれ、ヒロインは彼を攻略できる下地を得る。

なので1年間早まった上にシグルスが望んで婚約を結ぶなど、さっぱり理由が分からなかった。



実はゲームをやり込んでいればシグルスは「自分だけが特別」というシチュエーションに弱いという設定を知れただろうが、前世で妹のプレイレポートを聞いていただけなディルアーナは知らなかった。

その上、本来なら好感度高めから始まるヒロインとの出会いも真逆の好感度で始まり、その後も好感度が下がることはあれど興味を惹かれることが無い。

そんな中、リュシルファの可愛らしい面をディルアーナを通じて知ってしまった。

所謂ギャップにヤラれたのもあり、王太子シグルスは簡単にリュシルファに惚れてしまっていたのだ。

そんな原作との違いをヒロインのマリア含めて誰も気付いていない。



「あの頂いたパック、ほんのりハーブの爽やかな香りがしてとても良かったです。いらっしゃるなら是非私からもお礼を伝えたいですわ」

「良かったわ。ディディに…平民だけど彼を紹介してもいいかしら?」

「シル様の信頼する方なら是非!」

「シル、私にも紹介してくれるんだよな?新しい雇用主として紹介して欲しい」

「シグルス様…ありがとうございます!是非紹介させてください」


シグルスの笑顔の言葉にリュシルファのほんのり頬は色付き目元が潤んでいる。

多分もの凄く嬉しいのだろう。シグルスもそれに気付いているのかとても満足そうだ。

最近、シル様は少し表情豊かになられた気がする。

嬉しくて胸がジーンと温まる、そんな時だった。


「今、ツィルフェール公爵令嬢、微笑まれた?」

コソっと小声でセルディが聞いてくる。

「涙ぐむほどめちゃくちゃ喜んでいらっしゃるわよ…」

「…そうか」


セルディにはまだまだ無表情に見えるらしい。

まだ人形姫を脱したわけではないのだな、と温まった気持ちが常温に戻されたような歯痒さを感じた。

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