第4章 悪の組織の女幹部に残業代は出ない
第4章①
某月某日。月の綺麗な夜である。
カオティックジュエラー略してカオジュラのアジトである高層ビル、その地下。無駄に広いいつもの秘密の会議室にて、開かれたるは緊急会議。
社長、ではなく悪の総帥マスター・ディアマンの招集により、我らがカオジュラ幹部三人――つまりは私、柳みどり子ことレディ・エスメラルダ、悔しいと思うことすらできないほどに私よりもよっぽど賢い小生意気ボーイであるドクター・ベルンシュタイン、そしてどこに出しても妖しさしかないシュッとしたイケメンのアキンド・アメティストゥが、雁首を揃えていた。
新しく増えたかわいいかわいいかわいい以下エンドレスな家族二匹のために、最近は特に定時で上がろうと努力を続けてきた。さいわいなことにその努力の結果、意気揚々と定時上がりができていた私は褒められていいし、かわいいかわいい以下省略の二匹はとっても喜んでくれている。私のその辺の事情を、マスター・ディアマンは理解してくれているし、未成年であるドクターもいるのだから、最近はこんな時間の招集による緊急会議なんてめったになかった。
にも関わらず、これである。一体何があったのだろう。よっぽどのっぴきならない事情があったとしか思えない。
マスター・ディアマンはいつも通りそれはそれはお美しく優雅に微笑んでいるが、その笑顔にそこはかとなくどころではない苛立ちがにじんでいるのが透けて見えるようだった。普通にめちゃくちゃ怖い。まだまだ幼いドクターは居心地悪そうに視線を膝に落としているし、アキンドの方は……まあいつもと変わらない。薄い唇に弧を描いて、ただマスター・ディアマンの発言を待っているだけ、という感じだ。この人はよくも悪くも空気を読まないタイプなので仕方ない。
しっかしこの空気の悪さはどうにかならないものか。マスター・ディアマンは自分が周囲に及ぼす影響を、誰よりもよく理解しているお方だ。その上でこの状況。だから一体何が。
とりあえずご機嫌斜めどころではないことはこっちも理解した。
そろそろ本題に入ってくれないかな〰〰と思いながら、せめてもの気休めになるようにと、社長室に隣接する立派なキッチンもとい給湯室で、この緊急会議の直前に作った夜食のミートパイをかじる。
もちろんこの場の全員分作りましたよ、パイシートって便利だよね。具材だって市販のミートソースでなんとかなるから本当に助かる。まあ安い出費ではないのだけれども、緊急会議という重々しく胃が痛くなるイベントの前では仕方ないのだ。
もしゃもしゃと食べる私の姿につられてか、ようやく空腹を思い出したらしく、誰もが目の前のミートパイに手を伸ばし始めた。私のものよりも大きめに作ったミートパイは、さいわいなことに三人の口に合い、小腹を満たすにもちょうどよかったらしい。
ようやく緊迫していた空気が緩んだところで、私が淹れたコーヒーを飲み干したマスター・ディアマンは、そのリップを塗っているわけでもないのに花びらみたいに綺麗な色の唇を開いた。
「こんな時間に付き合わせてすまないね、諸君。少々頭の痛い事案が発生したから、注意喚起……いいや、叶うならば早期解決のための行動を諸君にお願いしたくて招集させてもらったよ」
一般的に大体のことが自分で解決できるしろくん……じゃなかったマスター・ディアマンが頭の痛くなる事案。それだけでもう嫌すぎる予感しかしない。そう思ったのは私ばかりではなかったらしく、ドクターがオレンジジュースを飲んでいたストローを口から離し、ムッと眉根を寄せた。
そんな表情まで愛らしい天使のようなのだから、この子はつくづく将来が有望だし、なんならとても恐ろしい。「本当に橙也くんってかわいいよね……」とつい毎回しみじみと呟いてしまうくらいに愛らしいが、そう言うとめちゃくちゃご機嫌斜めになってしまうので最近は気を付けている。閑話休題。
「マスターほどのお方の頭を悩ませるなんて、一体なんだよ? まさかまた“上”が無茶な要求をしてきたとでも?」
ドクターの言う“上”とは、文字通りの“上”、つまりは“
カオジュラが、カオスエナジーを集めるためにお国が国家機密として社長に作り上げさせた組織であるとは、この場では暗黙の了解だ。つまり、カオジュラという組織そのものの上司、となるのが我が国の政府である、とはもはや言うまでもないことだろう。
基本的に、「カオスエナジーを集めるためならば、国民にヤバすぎる損害を与えない範囲だったらなんでもしてイイヨ!」などとふざけたことを仰っているのが政府だが、ごくごくたま〰〰〰〰にとんでもない無茶ぶりをしてくるのもその政府である。
そのたびにしろく……間違えた、マスター・ディアマンが「現場を知らない方々は気楽でいいものだね。そろそろ脱税したくなるな」と不穏な発言をする。私からしてみれば「いやあんたが言うな」と突っ込みたくなるのだけれど、まあそれはさておき、その“上”がまたしてもなんか言ってきたということなのだろうか。
だったらマスター・ディアマンがここまでご機嫌を損ねていらっしゃるのも納得できる。そういうことですか? という気持ちを込めて彼を見遣れば、マスター・ディアマンは溜息を吐いてから、複雑そうに笑った。
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるね」
なんとも微妙な言い回しである。とりあえず“上”が関わっていることは間違いなさそうだけれど、そればかりではないということだろうか。
んんん? と私とドクターが首を傾げると、マスター・ディアマンは、老若男女が膝から崩れ落ちとろけてしまうともっぱら評判のまなざしを、気付けばずっと沈黙を保っているばかりだったアキンド・アメティストゥへと向けた。
「アキンド・アメティストゥ。説明を」
「ハイハイ。お任せあれ」
名指しで指名されたアキンドはその口角をより一層釣り上げて、なんだかとっても楽しそうにパチン! と指を鳴らした。
アキンドが楽しそうな時は大概ろくでもないことばかり起こるのが常だ。先ほどよりももっと巨大な嫌な予感、というか確信を感じて顔を引きつらせている私と、おそらく同じ確信を感じてものすごくめんどうくさそうな顔になるドクターに、わざわざきらめくウインクを寄こしてきたアキンドの合図により、天井に取り付けられているプロジェクターが下りてくる。
そしてそのままそれは、とある映像を映し出した。
――俺達はカオティックジュエラーだ! 大人しくしろ!
――このかばんにありったけの金を詰め込め!
――やれっ! ストーンズ! お前達の力を見せてやれ!
――おっそこの受付の姉ちゃん、お前なかなかかわいいなぁ、人質になってもらおうか!
――俺達カオティックジュエラーに逆らえると思うなよ‼
――そうだそうだ! カオティックジュエラーを恐れ敬い崇め奉れ‼
……そんな怒鳴り声とともに、おそらくは駅前のあそこかと思われる銀行で、やたらめったら派手な衣装に、これまたやたらめったらド派手なマスクで顔を隠して暴れまわる男達。
そしてそんな彼らの号令に従って、いかにもか弱いお姉さんやご年配の方、あろうことか幼い子供にまで襲いかかるのは、ストーンズの全身タイツによく似た、けれどどう見てもド〇キとかに売ってる全身タイツにちょっとばかり手を加えただけの衣装に身を包んだ、さまざまな体型の、年齢も性別も不詳の一団。
プロジェクターが流す状況は混乱の只中にあり、悲鳴と怒声が入り混じり、そうこうしているうちに、『カオティックジュエラー』によって、銀行から多額の金銭が運び出されていく。
「……なにこれ⁉」
思わず叫んだ私に対し、ドクターが冷静に「見れば解るだろオバサン」と突っ込んできた。えっ解るでしょって言われましても。言われましても解らないんですけども⁉ 待って、解っていないの、マジで私だけ? そんなことある?
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