第1章④

 そして本日も、レディ・エスメラルダの出番である。

 本日は家族連れでにぎわう郊外の大きな公園が舞台だ。いつまで経っても慣れないピンヒールを、きちんと整備された歩道の石畳にぶつけてカツンと鳴らし、私は鞭を片手ににっこりと笑う。

 

「おーほほほ。このレディ・エスメラルダの前にひれ伏しなさい、愚民ども」

 

 例によって例のごとくいつもの決め台詞を棒読みすると、一層悲鳴が上がった。

 そう悲鳴。……悲鳴のはずなんだけど、えっと、なにこれ。

 

「うおおおおおおっ! エスメラルダ様ー!」

「おれのことを涙目で踏んでください! できたら踏みにじってください!」

「エスメちゃーん! 泣いて‼」

 

 ………………こわっ。

 え、怖い。普通に怖いんだけど。ナニコレ。

 多くの家族連れが逃げ惑っているのに対して、一部のなんか異彩を放つ面々がこちらに歓声を送ってくる。手を振ってる奴もいるし、なんならめちゃくちゃスマホを構えてくる奴もいる。だからなにこれ⁉⁉

 

「レディ・エスメラルダ! そこまでよ!」

「出たわねジャスティスオーダーズ!」

 

 とりあえず一部の、控えめに言って異彩を放っている連中は放置して、今日もしっかりやってきてくれた正義の味方達に挨拶をする。

 今日はピンクが先陣かぁ、と思いつつ、彼女の後ろでしっかりばっちり戦闘モードに入っているブルー、イエロー、ブラックの存在も忘れない。

 そう、あの変態……じゃなくてレッドも当然……って、あれ?

 

「……あら、レッドはいないのね」

「い、いるぞ! エスメラルダ、俺はここだ!」

 

 威勢よく名乗りを上げてくれるけれど、なぜか一番体格のいいブラックの陰に隠れていた上に、ブルーとイエローに無理矢理引きずり出されてきてるところを見せられては、迫力も何もあったもんじゃないと思う。

 

「レッド、いい加減覚悟を決めなさい!」

「男だろ! バシッと決めろ!」

「責任を取るのだろう?」

 

 ブルー、イエロー、ブラックになぜか背を叩かれ、ピンクに重々しく深く頷かれたレッドは、それでどうにか勇気を取り戻したらしい。いや勇気ってなに、って感じなのだけれども。

 レッドは何やら覚悟を決めた様子でこちらに歩み寄ってくる。それを大人しく見ているつもりがあるわけがなく、ストーンズを一斉に向かわせた、ん、だけ、ど……!


「嘘でしょ⁉ なんで今日そんなに強いの⁉」


 ストーンズがレッドの剣の一閃で全員吹っ飛ばされた。冗談でもそんなことある?

 言っとくけど私は一応幹部枠であり、鞭でそれっぽく見せてるけど、あくまでもそれだけです! それまでです! 最低限しか戦えません!

 こ、こうなったら今日はもう撤退するしか……! マスター・ディアマンにまた嫌味を言われて泣かされるだろうけれど背に腹は代えられない!

 そう覚悟を決めて胸の谷間にいつものように手を突っ込もうとしたのだけれど、それは叶わなかった。その寸前で、気付けばそこにいたレッドに手を取られたからだ。

 

「なっ⁉ ……あっ」

「危ない!」

 

 驚いて身体ごと後ろに下がろうとしたのだけれど、この瞬間でピンヒールがボキッと折れた。それはもうボキッと。ついでに足首を捻ったし、このままじゃ後ろに倒れ込むしかない。

 それなのに、あろうことかレッドが、そんな私を抱き上げるように抱えて支えてくれる。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……じゃ、ないわよ! 放しなさいこの変態!」

「へ、変態じゃない!」

「人の胸に手ぇ突っ込むやつのどこが変態じゃないって言うの! あっほら! 今だって変なとこ触らないで‼」

「変なとこなど触ってな……っや、やわらか……ほそ……かる……」

「いや――――――――――っ!」

「ぐっ⁉」

 

 支えてくれているのは解っているけれど、だからそういう問題じゃない。振り上げた手で思いっきりビンタをかますと、レッドはようやく私から離れてくれた。

 

「しんじらんない、しんじらんない、しんじらんない! どうしてくれるのよ!」

「……せっ」

「は⁉」

「責任を、取る!」

「はあ⁉」

「レディ・エスメラルダ! 俺と結婚してくれ……‼」

「はあああああああ⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」

 

 一体どこから取り出したのか、レッドは大きな真紅の薔薇の花束を私に差し出してきた。

 いやほんとにどっから取り出した? っていうか責任って。結婚って。は? え?

 

「ば、ばかじゃないの…………?」

「馬鹿じゃない。本気だ。その、あなたの、むむむむむむね、を触ってしまった時から、あなたの泣き顔が頭を離れなかった。気付けば笑ってほしいと思うようになっていた。できたら、俺の、隣で。だから……!」

「………………」

 

 切ない熱を宿した声で、レッドがさらに言い連ねようとしてくるけれど、こっちは言葉なんて見つからない。

 こんな風に誰かに告白されたことなんて初めてだ。しかも相手はジャスオダ。私はカオジュラなんですけどその辺のこと解ってんの? ちょっとこれ、どうしたらいいの⁉

 

「え、あ、わ、私はそのっ」

 

 やだどうして私焦ってるの⁉ うそでしょ⁉ うっかりときめいたの私⁉

 ……いやないな、ただ単に驚きすぎて困ってるだけだわ。落ち着け、落ち着くのよみどり子……じゃなかった、レディ・エスメラルダ。

 そう何度も自分に言い聞かせていた、次の瞬間。

 ふわり、と、甘やかな香水の香りに身体が包まれた。くんっと腕が引っ張られて、レッドからそのまま引き離される。


「えっ?」

「なっ⁉」


 驚きに目を見開く私と、レッドをはじめとしたジャスオダに対して、亜空間から突然現れたマスター・ディアマンはふわりと優雅に笑いかけた。

 

「やあ、僕のエスメラルダが世話になったね」

「お、お前は誰だ!」

「おや、ご存じないと? 僕はディアマン。マスター・ディアマンだ。きみ達と敵対するために存在する者だよ。今日はこのくらいにさせてもらおう。僕のエスメラルダは返してもらうよ」

「ま、待て!」

 

 レッドの追いすがる声は、あっという間に聞こえなくなって、私の視界は真白い闇に包まれた。

 かくしてわけの解らない史上稀にも見ないであろう珍事件は、いったん幕を閉じる運びとなった。

 その後私は、マスター・ディアマンにして社長、そして私の幼馴染であるしろくんに、「みどり子ちゃんは自覚が足りないんだよ」とよく解らないお説教をもらうことになる。

 そして、それからというもの、レディ・エスメラルダとして活動するたびにレッドに求婚されるという訳が解らない状況に陥り、なぜかそのたびにマスター・ディアマンが極めてご機嫌斜めになるというこれまたわけが解らない状況に陥らされる羽目になるのだけれど、それはまだ、先の話なのである。

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