「結婚を申し込むことを表明する!」と公衆の面前でプロポーズの予告をされたのですが……。〜王太子はユールの夜に愛を囁く〜
櫻月そら
【前編】 突然のプロポーズ予告
「ローゼリア王国第一王子である
王太子リオネルのよく通る声が、王室自慢のローズガーデンに響いた。
ローゼリア王国は高い品質のバラが名産であり、最も美しく咲き誇る初夏と秋には毎年、王城でガーデンパーティーが催される。その
精悍な顔立ちに氷のようなアイスブルーの瞳、女性が羨むほどに美しい白銀の髪。恵まれた容姿を持つリオネルの真剣な表情は、少しばかり恐ろしいとも感じる。
そして、戦場では畏怖を込めて、“銀の狼”とも呼ばれる彼が、このような場で冗談を言うとは思えず――。
「え? 婚約破棄ではなく、ご婚約の表明?」
「いや、まだご婚約にも至っていないようだ」
「じゃあ、今からプロポーズをなさるということ?」
秋風が吹く音とともに、パーティー出席者の困惑の声が聞こえてくる。
少なからず好奇の視線もあれば、固唾を呑んで状況を見守る者もいる。
しかし、リオネルの言葉の続きは宰相や弟王子たちに封じられ、「ミレッタにプロポーズする予定だ」という宣言のみに留められた。
努力家でカリスマ性もある王太子が初めて見せた姿に誰もが驚き、ローズガーデンは何とも言えない空気に包まれる。
機転を利かせた宮廷楽師たちが、場の空気を変えるために華やかな曲を演奏し始める。そして、さらに空気を読んだ貴族たちは、まるで何事もなかったかのように歓談を再開した。
(こんな馬鹿なことをするような
王太子リオネルに名指しされた、ハミルトン公爵家の長女ミレッタは深い溜め息をついた。
「それに、どうして今頃になって……」
ぽつりと呟いた彼女の心を表すかのように、急に空が
ふいに吹いた強い風で、緩くウェーブのかかった紅茶色の髪が乱れた。それを理由にして、多くの視線や質問を避けるためにミレッタは化粧室へと逃げ込んだ。
あのパーティーから一ヶ月ほど経過したが、ミレッタの気分は下がったままだった。
あれだけ堂々とプロポーズの予告をしておきながら、リオネルからそれらしい言葉はいまだにない。
「ミレッタ様、ご婚約予定おめでとうございます」
「ありがとうございます……」
「どんなプロポーズなのか、楽しみですね」
「え、えぇ……」
通常であれば「ご婚約おめでとうございます」と
しかし、ミレッタは学園中から生温かい目で見守られ、声をかけられるたびに愛想笑いを返している。
社交界の旬な話題は追いつけないようなスピードで変わっていくものだが、なぜか二人の祝福ムードが途切れない。
(そろそろ疲れてきてしまったわ……)
公衆の面前でプロポーズされなかっただけ、まだ良かったのだろうか……。
いや、いっそのこと何かしらの言葉があれば、このように据わりの悪い思いはしなくて済んだかもしれない。
あのパーティーの数日後に学園で会った時には、いつも通りの冷静なリオネルに戻っていた。
吐き気がするほどの緊張と動揺で眠れなかった日々を返してほしい、と顔に出てしまいそうになるのをミレッタは我慢した。
そして、こんなにも振り回されているのに、ついリオネルの姿を学園内で探してしまう自分も大概だと嘲笑する。
ミレッタは優雅さは損なわないように注意しながら、足早に生徒会室へと向かった。
ノックしてから入室すると、くだんのリオネルが生徒会長の椅子に座って書類仕事をしていた。
大きな窓から差し込む午後の日差しを浴びた彼は、まるで後光が差しているようだ。
「やぁ、ミレッタ」
「おひとりですか?」
「あぁ。だから、気兼ねなく寛いで。お茶の準備をしよう」
「それなら
「良いから、まかせて。外は寒かっただろう? 体が温まったら仕事はしてもらうよ。少し休んでからでも書類は逃げない」
「……ありがとうございます」
あんな突拍子もない発言をした王子だが、政務は完璧にこなし、身の回りのことも一通り自分でこなす。振る舞いも紳士的で、世間一般的な常識や倫理観も持ち合わせている。
近頃、
リオネルは気まぐれで軽率な行動を取るような王太子ではないと、ほとんどの国民が知っている。
だからこそ、ミレッタは対応に困っていた。
王家との付き合いは、公爵家の娘として幼い頃から今まで変わらず続いている。
国王や王妃からも可愛がられ、二歳上のリオネルを「お兄様」と呼ぶことを許された間柄でもあった。さすがに現在は立場をわきまえて「リオネル殿下」と呼ぶようになったが……。
そして、周囲が無駄な干渉をしなくても、いずれ二人は婚約することになるだろう、と誰もがそう思っていた。
しかし、ミレッタが十六歳になり、社交界デビューしても二人の関係に大きな変化はなかった。
ミレッタが婚約者候補であるならば、もっと幼い時に婚約していてもおかしくない。しかし、ミレッタに声はかからなかった。
自分の知らないところで、他国の姫君との縁談がまとまっているのかもしれない。そう考えたミレッタが、淡い恋心に蓋をした矢先にプロポーズの予告という珍事が起こったのだ。
(本命の
国民のひとりとして、人として、リオネルの幸せを願うべきなのに、彼の隣に立つ権利が回ってきたことを喜んでしまっている自分にミレッタは失望した。
(嬉しいのに、苦しい……)
「そうだ、ミレッタ。これを渡しておくよ」
リオネルから一枚の白い封筒を差し出され、中身を確認すると、ユールの夜に催される王城パーティーへの招待状だった。
「もうそんな時期なんですね」
「ずいぶん寒くなったよね。公爵家にドレスなどを一通り送っているから、暖かくしておいで」
「ありがとうございます……」
(そのプレゼントをくださる理由は兄としてですか? それとも、少しくらいは私を女性として見てくださっているのですか?)
言葉が喉につかえて、リオネルの本心を尋ねることはできなかった。
生徒会の仕事を終えたミレッタが廊下に出ると、バタバタと忙しない足音が近づいてきた。
「ミレッタ! 兄上と二人きりだったの!? 大丈夫だった?」
声をかけられ振り返ると、ひどく慌てた様子の第二王子ユリウスが肩で息をしていた。ユリウスもミレッタの幼なじみだ。同い年のため、リオネルよりも心安い存在と言えるかもしれない。
「ユリウス、どうしたの? そんなに慌てて……。それに、大丈夫って何のこと?」
きょとんと首を傾げたミレッタの様子を見たユリウスは、膝に手を付いて安堵の息を吐く。
「あー、いや、その……。何も無かったなら良いんだ。――その封筒は?」
ブロンドの髪をかき上げながら、姿勢を正した彼はミレッタの手元を見た。
「リオネル殿下から、ユールパーティーの招待状をいただいたの」
「あ、あぁ、そうか。そうだったね。ミレッタも、ぜひ出席してね。兄上が喜ぶから」
「……そうでしょうか」
「当たり前でしょ! 絶対来てね!? そうじゃないと、俺が兄上に
「え?」
「いや、何でもない! とにかく絶対来てね。約束だからねっ!」
「えぇ……、わかったわ」
(そんなに必死にならなくても……。そもそも、王家からの誘いを断れる人なんていないでしょうに)
ミレッタは首を傾げながら、招待状にもう一度視線を落とした。
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