第32話 自販機の前で語らう2人

 中は真っ暗の中、エレベーターは開いた。エレベーターに乗ろうとした不二三の背中の服の裾を掴んで自分の方に引っ張った雪知は、


「おい、電気はついていないんだから故障しているだろ」


「しかし、本当に故障なのか乗ってみないとわからない」


「故障してますよ」


 振り返ると、昭道が両手を後ろに組んで立っていた。


「これ、真っ暗で開くだけなんです。上にいくわけでもない。乗ったら開くを押しても開かない、しばらく閉じ込められてしまうんです」


「へえ」


 不二三は、閉じ込められるというワードにぴくりと反応した。


「電気のつかない、狭くて暗いまるでレストランの備品庫みたいな場所なのと、いつ開くかわからないので危険なんですよ」


 そういいながら、昭道はエレベーターの上を押して扉を閉め、剝がれているテープをボタンの上に貼り付けた。


「レストランの備品庫って、柊ゆらぎさんが閉じ込められていたところでしたっけ」


「ああ、そういってましたね」


「そこも、調べたいのですが」


「ええ、いいですよ。レストランの電気をつけましょう」


「雪知は疲れているだろうから、部屋に行って休むか休憩室でもう少し手がかりを探しておいてくれ」


「俺も行く」


 雪知がついていこうとしたが、不二三は首を振った。


「じゃあ部屋に行って今日の出来事をまとめておいてくれ、頼むよ」


 助手へと頼む探偵の口調を投げかけたまま、不二三は昭道についていってしまった。


「……」


 雪知は、こういう時はついていかない方がいいことを知っている。自分が捜査の邪魔をすると思っているのだろうということも分かっているからだ。


休憩室のベンチで座っていると、自販機の明かりが鬱陶しい程に、雪知は自分がいつものようにこの状況にイラついていることに気づいた。


 探偵事務所を不二三と立ち上げていくつかの事件を不二三と解決してきた雪知だったが、不二三は、自分が不死身だということによって無茶をする性格ということを自覚していない。


自分が不死身なのだから刃物を持った犯人に立ち向かうのは当然。


突き落とされた子供を自分も飛び降りて助けるのは当然。


今回だって、あんな灼熱の風呂場に自分から足を踏み入れるのは当然、なんだ。


それを毎回事件のたびに助けたり止める雪知だったが、今回は例によって最初に犯人に不二三は殺意を持って殺害されている。


様々な事件に遭遇してきたが、不二三が最初に殺害されるのは、これで2回目である。


 その犯人がこの旅館の中にいるかもしれないという状況で、自分がついていないというのは不安なのだ。


不二三は不死身とはいえ、その不死身は一生なのか。


それとも、回数性なのか、それさえもわからない。


不二三は、死んだらその時だ、なんて話している。


 不死身とはいえ、親友を殺した犯人を許せない。


しかし、その犯人が誰だか自分ではからない、不二三はまた狙われるかもしれない、無茶をしてほしくない、色々なことが自分の頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、雪知はベンチにこてんと横になった。



 冷たいプラスチックが頭に凍みている。


「追いかけると捜査を止められると思って

嫌がりそうだし」


 だからといって一人にさせたくないしと腕を組み唸る雪知だったが、いきなりがばりと起き上がった。


「でも昭道さんは柊ゆらぎの幽霊を見た時、俺と一緒にいたし大丈夫か?」


「うわっ」

「え?」


 休憩室の扉の前に立っていたのは、伊藤だった。


「伊藤さん、飲み物を買いにきたんですか?」


「え?いや……休憩室で横になっている人がいたので、こんなところで寝てると風邪をひきますよと声をかけようとしたら起き上がったので」


「俺のことですね」


 伊藤は、休憩室が狭いくらい図体が大きかった。猫背気味の伊藤は雪知の前を通って豆粒ほどの小銭を自販機にちゃりんと入れた。


「伊藤さんは、柊さんの印象を明るい人だったと言いましたよね」


「……」


「フロントの昭道香苗さんもそう言ってました」


「……そうでしょう、2人は親友同士でしたし」


 ぴ、とボタンを押してがこんと出てきたコーヒーをしゃがんで自販機から取り出した伊藤の表情は、雪知からは見えなかった。


「じゃあ伊藤さんも、柊さんと仲がよかったんですね」


「2人は頑なに幽霊事件を否定していました。仲のいい友人が幽霊事件だなんて騒がれていたら嫌ですよね」


 雪知は、不二三が最初に殺された時、不二三の推理によって捕まった犯人に幽霊だ化け物だと罵倒されたのを思い出した。


犯人は精神鑑定を受けることになったし、不二三は普通の人間にとって俺は幽霊みたいなものだと、全部事実だと真顔で言っていたけれど、雪知は悲しかった。


「俺だって、仲の良い親友がそんな風に言われたら嫌ですから」


「……」


 伊藤は、財布からまた小銭を出すと、ちゃりんと自販機に入れ、お茶を買った。


 雪知の隣に座った伊藤は、ペットボトルの蓋を一瞬で捻ってお茶を雪知に差し出した。


「どうぞ」

「え?……いいんですか?」


 お茶とペットボトルの蓋を受け取ると、雪知はそれを一口飲んだ。


「ありがとうございま」


「こうやって、ゆらぎにも渡していたんです」

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