第28話 幽霊なんていない

「成る程、かまくらだと思っていたら、ピザ窯に白い布がかぶせてあっただけだったと」


「ああ、白い布は後で聞いたら雪が積もりすぎるのを予防するための積雪断熱シートだったらしい」


「ほう」


「雪景色を邪魔しないように白いものをかけておくそうだ。ピザ窯は夏にテーブルを用意して、谷口さんが焼いてくれるらしい」


「白い積雪シートも一応確認しておきたい、外に行こう」


「わかった」


 雪知はこくりと頷いて長靴を履きながら、不二三と当時の状況について情報を交換した。


不二三が部屋に入った時には、昭道はもう飛び降りていて、部屋には特に何かを仕掛けたような様子はなく、ただ押入れの下段に立川が閉じ込められているだけだった。


 昭道の持ち物は、メモ用紙のみ。そのメモ用紙には、復讐は完遂した 102号室という文字が残されていた。


「……成る程」


 雪はやんでいて、2人は懐中電灯を持って現場へと向かった。


「これか」

「ああ」


 見た目や質感は、白いブルーシートといった感じの積雪断熱シートの上には、地面と違い雪が乗っておらず、シートには「8年前の復讐を」と血文字のような真っ赤な字で書いてあったのだった。


「8年前の復讐を……か」 


 不二三は、顎に手を当てて考えた。


「8年前、柊ゆらぎさんの行方不明事件、今回その事件が関わっているのだろうか。近藤さんの遺体があった浴室にも同じことが書いてあった……行方不明事件に、近藤さんが関与しているということか?」


「でも、昭道さんのメモには、復讐は完遂したと書いてあったんだろう?」


「そうだな……考えられることは、1つしかない。しかし、今の状況的に矛盾しているんだよな」


「何が矛盾しているんだ?」


「さっき言った通り、電話線も切って外界との連絡手段をたってまで殺人を犯しているのに、完遂したと言っていることから、もう事件が終わるように見えて、まだ終わっていないような予感がするんだ」


 そういって、不二三は積雪シートを剥がした。


「あれ?」


「どうした?不二三」


「積雪シートの下、結構雪が積もっているみたいだ……しかも、手前側の半分だけ」


「妙だな」


 積雪シートの下の雪を触りながら、不二三は数秒停止すると、積雪シートを元の状態へと戻した。そして、8年前の復讐をという文字を見つめながら白銀の世界へと歩みを進めた。


「なんだあれ」

「え?」


「奥にある倉庫?みたいなところ」


 雪知が懐中電灯で照らすと、窓から見える範囲外すぐに、倉庫のようなものがあることに気づいたらしかった。不二三が窓から外を見た時見えた倉庫だった。


「倉庫だ、見に行ってみよう」

「ああ」


 2人で倉庫へと向かうと、小さな倉庫の鍵は古いからか外れていた。開いてみると、白い積雪断熱シートが畳まれて大量に入れられていた。端の方にほうきと塵取りが肩見を狭くしてくしまってあるが、倉庫の大部分は畳んである巨大な積雪断熱シートだった。


「こんなにたくさん何に使うんだ?」

「……」


 首を傾けた雪知に対し、不二三は懐中電灯で倉庫を奥まで照らしたり、シートをごそごそ漁ったりしている。


「何をしているんだ?」

「ん?」


 不二三は、シートの隙間から黒い布を取り出した。


「なんだこの布、それにこのスカートは?」


「そのスリットの入ったスカート……」


 不二三が言いかけて、雪知は何かに気づいたように不二三を見上げた。顔を見合わせた2人は、先ほど自分たちが立っていた場所を見て、そして積雪シートを見つめた。


「成る程……」


 不二三は顎に手を当てて頷いた。


「倉庫の奥には、露天風呂へと外から入れる扉へと繋がっているようだな」


「そうだな、廊下の奥が大浴場だったわけだし、外から入れる扉が正面にあるのは予想外だったが」


 雪知が、廊下と露天風呂へと続く道杉を交互に見つめながら指さした。


「倉庫……断熱シート……大浴場への道筋……」


 不二三はブツブツと呟いて、くるりと旅館の玄関の方へと体を向けた。


「戻ろうか」



 *


「戻りました」


 2人が戻ると、全員は先ほどと変わらずフロントに座っていた。


「早速お話を聞きたいんですが、立川さんよろしいですか?」


「えっ……」


「あなたがあそこに閉じ込められていたあの状況について伺っても?」


 不二三が問いかけると、立川は両手を口にあてて震えながら目を伏せた。


雪知は、犯人の手によってあんな狭いところに閉じ込められていたのだから相当ショックだったのだろうと彼女が酷く気の毒になった。震えている立川を、伊藤の隣に座っていた昭道が覗き込んだ。


「立川さん、もう大丈夫ですよ」

「大丈夫、とは?」

「……」


 立川の背中が激しく上下し始めた。そして紺色のエプロンから白いハンカチを取り出すと、口を押えて嗚咽し始めた。


「立川さん?」

「……」

「すみません」


 そこで、真ん中に座っている樫杉の右隣に座っている菅原が手を挙げた。


「どうしました?」


「立川ちゃんが話している間、トイレに行ってもいいですか?どうしてもさっきからトイレに行きたくて」


「……」


「昭道君を一緒に連れていくので、いいですよね?」

「僕ですか?」


 こんな時にといいたいところだが、2人以上なら大丈夫だろうということで不二三は許可した。


「で、でも柊さんの幽霊が出るかも……」


 立川がハンカチで口元を抑えながら呟いた。


「幽霊なんかいない、大丈夫だよ」


 伊藤は、きっぱりとそういって立ち上がった。


「水を持ってきましょう、そこから見えるフロントの後ろの事務室なら大丈夫でしょう?」


「私も行きましょう」


 樫杉がそういって付き添った。不二三の2人以上で行動すること、という言葉をしっかり守っているようだった。不二三は、奥の廊下へと消えていった菅原と昭道を見送った。


「トイレはどこにあるんですか?」


「一階は、休憩室のところにあります、すぐ戻ってきますよ」


 谷口が疲労の混じった笑顔を浮かべ、不二三は頷いた。


「立川さん、大丈夫ですか……」

「はあ、はあ、はあ」


 雪知が声をかけるが、立川は、ハンカチで口を押えたまま上下に肩を揺らしている。


それはそうだろう。先輩を2人も急に失って自分は先輩が飛び降りた部屋の押入れに閉じ込められていたのだ。


雪知は同情した。しかし、立川は、犯人に閉じ込められ、顔を見ている可能性もあるのだ。雪知は落ち着かせて、話してもらおうと努めた。


「水を持ってきたよ、立川さん」


 伊藤は、優しく声をかけて立川に水を差しだした。雪知は、最初の伊藤の印象と違って、伊藤が立川に優しいのが気になった。


柊ゆらぎに関してはあのような態度になってしまうだけで、本当はいい人なのかもしれない、そんなことまで思うほどに、レストランで話を聞いた時の張りつめた空気感が今の伊藤からは抜けていた。


「あ、あ、は、ありがとうご、ざいます」

 ごくごくと水を飲む立川は、目を固く閉じて勢いよく水を飲み干すと、はあ、と息を吐いて、胸を抑えた。


「……あの、近藤……さんは、亡くなったんですよね」


「はい」


 不二三は、全く正直に、冷静にそう告げた。


「そう……ですか」


 俯いた立川は、胸を押さえて、いや、少し笑みさえ浮かべていた。涙を流しながら、彼女は胸を押さえていたのではなった。


「……そうか、もう、閉じ込められることもないんだ」

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