第23話 22時10分死亡確認

「大きい声だして、そんな、大勢でどうしたんですか?」


 不二三は、精一杯大きな声を出したつもりだったが、雪知には聞こえない。


「出たんだよ!黄色の着物を着た!!柊ゆらぎの幽霊が!」


 だから雪知は一方的に大きな声で事情を説明した。


「あっ!!」


 顔を上げた菅原は、突然2階のベランダを指さした。


それは、不二三のいる部屋とは正反対の一番左側の部屋だった。


泊まっている客は、不二三と雪知しかいないはずだというのに、左の部屋のベランダの窓から、人影が現れたのだ。


「う、嘘だ……」


 昭道がつぶやいて目をこすった。


「ほ、本当だ!女……じゃないか?もしかして、あの黄色い着物の……柊の幽霊じゃ」


 菅原も怯えながら頭を抱えた。次々と異質なことが起こっている。雪知は不二三に叫んだ。


「あの部屋へ行ってくれ!」


 一番近いのは不二三だ。そう雪知が叫んだ時には、もう向かっていたのか不二三の姿はベランダにはなかった。


「懐中電灯を!」

「あっ!は、はい、あっ!」


 叫んだ雪知だったが、動揺と震えで昭道が懐中電灯を落とし、雪知はそれを雪の上から拾い上げようとしゃがんだ刹那。雪が地面に落ちるより早く、どさりという大きな音と共に黒い人影は地面へと落下していた。


「き、黄色い着物を着て、黒い髪をしていた気がする」


 震えている昭道の話を聞いて、菅原がまた叫び声をあげた。落下した人影のところに雪知が走って向かうと、確かに人が落ちていた。


「くそっ……」


 二階の一番左の部屋の鍵はあっさり開いて、不二三が入った時には、オーロラのようにゆらりと踊っているカーテンと、深雪の深夜のような冷たさが部屋を包んでいた。どたどたとベランダに行った不二三は、真下にいる雪知たちを見て目を固く閉じ、ベランダの欄干を叩いた。


「くそっ……」


旅館は、二階といっても建物は高い。そして、人間には反射神経というものがあり何か自分に危険がせまったら、そう例えばボールが急に頭に飛んで来たら一番大事な頭を守ってしゃがんだり、人に暴力を振るわれそうになったら、拳の飛んできそうな方向か、顔面を両手でかばったりする。


しかし、左端の部屋から落ちてきた女性は、“全く自分を守ることなく”頭から落ちたのかぐねりと首が曲がっていた。ぴくりとも動かないのを見て、即死なのは明らかだったが、脈を確認する。


「午後22時10分、死亡確認」


手の感触から女性だと気づく雪知は、うつぶせになっている女性の肩を押し、懐中電灯で顔を照らした。


「幽霊……ですか?」


 後ろから恐る恐る問いかける昭道に、雪知は苦々しい顔で答えた。


「いいえ、人間です!警察を呼んでください」


 死体は、フロントの昭道香苗だった。


「香苗さん……!」


 雪知は、咄嗟に、反射的に照道を見てしまった。昭道は、ショックに顔を歪めて両手で顔を覆っている。


「警察……一応電話はしてみますけど、この雪で無理だと思います。警察署まで車で1時間あるんです」


「一応お願いします」


 昭道が電話するが、


「あれ?」

「どうしました?」

「何度電話しても繋がらないんです」


 携帯を見た昭道は叫んだ。


「け、県外になっている……」

「ええっ!?」


 雪知は自分の携帯を確認する。しかし、自分の携帯も県外になっているのである。


「電話線を切られた可能性がありますね……」


 雪知は事件と関わる上でそういうこともあったので目を固く閉じた。


「仕方ない、雪がおさまったら警察に直接……とりあえず今は彼女について調べておこう」


 雪知は、上にいる不二三に伝えられるように自分だけで調査を始めた。


何故か黒髪のウィッグをしている昭道は、頭が崩れ、大量の血を流していた。仰向けにしてみると、着物の衿から何かがぽろりと落ちた。


「なんだこれ?」


雪知が拾い上げてみると、黒い紐だった。


「なんでこんなところに紐が……?それに」


もう1つの違和感。昭道の遺体がまるでマリア像のように胸の前で両手を組んでいるので、雪知は眉間に皺をよせた。


「……!何か持ってる?」



 固く両手を組んでいるのを無理やりこじあけると、一つのメモ帳が出てきた。

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