第7話 罰ゲーム

「無事でよかったわ、本当によかった」

 不二三探偵事務所の1階でバーを営んでいるゆかりは、自分のことのように涙を流し、おどおどしている不二三の腕をさすさす撫でていた。


「あ、ゆ、ゆかりさんこそ」

 そういった不二三のスタンガンを当てられた鼻は当たり前のように元に戻り、刺された傷は既にふさがっていた。


「私は雪知君が助けてくれたから、でもよかったわ、たまたま朝コンビニに出かけていたところで。ガソリンがまかれていたらしいから空き巣なのかしら、悪質だし怖いわねえ」


 ゆかりは頬に手をあてて首を傾けた。

「雪知君もありがとうねえ、助けてくれて」

「いえいえ、当然ですよ」


雪知は、不二三から連絡があった後、急いで準備をして探偵事務所に向かった。


 不二三がまともにお客さんの対応ができるとは思えなかったからである。

小学校、中学校、高校と同じ学校に通った2人は、嫌がる不二三を雪知が引っ張り大学に通わせ、その後色々あってこうしてコンビで探偵業を営むことになった。だが雪知が一緒に働きだすまで不二三は依頼を電話で受けてその話だけで事件を解決していたらしいのだから雪知はコミュ障もここまでくると才能だと頭を抱えた。


 そして車を走らせ到着してみれば、探偵事務所から火の粉が上がっているではないか。雪知は驚愕してまず、1階へと向かったわけだ。


「不二三さんは本当に運がいいのね。前に犯人に刺されたときも、トラックに引かれた時も、運よく助かっているし。きっと探偵に必要な素質に『運』も入っているのでしょう」


 ゆかりはおっとりとした物腰でそういうと、苦笑いする不二三の腕をぽんぽんと叩いた。


「じゃ、私は常連さんにしばらくお店休むって連絡しなくちゃいけないから。事務所が焼けちゃったからって下向いちゃだめよ。不二三さんの力が必要な人は沢山いるんだから」

「……ありがとうございます」


 ゆかりは笑顔で手を振って携帯で電話をかけながら歩いていってしまった。


「ゆかりさんは本当にいい人だな」

「う……うん、ほんと、申し訳ないよ」

 早速下を向いている丸まった背中を雪知はばあんと叩いた。


「ひっ!いってえ!?」

「下向くなっていわれただろ。とりあえずこれから泊まるホテル探して、何があったか説明しろよな」

「うん」


 雪知が手際よくホテルに連絡をいれ、2人は近くのホテルへ向かった。


「何泊くらいすることになるだろうな」

 雪知がぽつりと呟くと、雪知の背中に引っ付き虫のようにひっついていた不二三は、ぼそぼそと雪知の耳元で囁いた。


「1泊でいい、明日から僕は飛騨高山に行くから」

「飛騨高山?そういえば高山の事件追っていたな」

「う、うん。詳しくは部屋で話すけれど、僕はすぐにでもその事件を調べにいかなくてはいけないんだ」


 いつにもまして真剣な表情の不二三に、雪知はごくりと喉を鳴らした。


 ホテルの部屋に着いた2人は早速ソファに腰を押しつかせ向き合っていた。

「で、何があった」

「実は――」

 不二三は、朝起きたことを雪知にすべて包み隠さず伝えた。


「成る程」

 雪知は顎曲げた人差し指を添えて頷いた。

「覆面の男は、飛騨高山の事件の資料を要求してきた。だから不二三は高山の事件を真っ先に調べに行きたいんだな」


「あぁ、それも勿論あるけど伊藤先生のサイン本を燃やされたり、大事な本を燃やされた私怨もある、絶対に許せない」

「お前は本当に正直な男だな」


 不二三は怒っていた。大体のことは僕が悪いんだとネガティヴ思考で頭を抱えている不二三だったが自分の本のことと被害者のことになると本気で怒れる男だった。

「そして無鉄砲だ。スタンガンを持っている男に丸腰で突っ込んで刺されるなんて」


 雪知はまっすぐに不二三を見据えた。だが、不二三は分かり切っていることを聞くなよというように膝の上で腕を組んで俯いた。


「僕の命は紙より軽い。資料は元に戻らないけれど、俺は血も出なければ死なないからね」

 そう言い終わった後、不二三はハッとして雪知の顔を見た。不二三は、自分の心に根強く自分の命は軽いという根源が呪いのように宿っている。ネガティブな性格や内向的でメンタルが弱い不二三は、よく自分の命なんてと口にする。


「ご、ごめん」

「あの時約束しただろ?罰ゲームな」

「部屋の片づけだろ?片づける部屋がなくなっちゃっているよ」

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