第4話 探偵と助手の過去1
「将来の夢、雪知彰(ゆきちあきら)。僕は大きくなったら工場で働く人になりたいです。命の危険もなさそうだし、あまり人と余計に話さなくてよさそうだからです」
春明小学校4年生。テストの成績は毎回必ず90点以上。運動神経抜群。委員長を積極的にやるなど、クラスでも一目置かれている早乙女雪知の将来の夢は、命の危険がない職業に就くことだった。
「雪知君、職業ってただなりたい、だけで決めてもいいのよ」
小学6年生で命の危険がない職業に就きたいというのはまだ夢がないがわからんでもないような気がする。だが、他の生徒がヒーローやプリキュアなどを選択している中、なんと現実的な子供だろうと、教師の小島は眼鏡のつるを人差し指でつりあげた。
今まで担当していた生徒の中で、こんなことをいう子供はいなかったわと小島は目をしぱたかせながら、雪知の返事を待ったが、
「ありません、何も考えずに作業だけする工場に勤めたいです」
きっぱりと子供らしい返事は切り捨てられてしまった。人生何週目というくらい真面目で大人びた考えを持っている雪知のことを、教師は沢山褒めたがあまり好かれてはいなかった。教師が好きな子供というのは、子供らしいバカな子供なのだ。
何かいれば、何も考えず「はい」と返事をするような、右を向けといえばすぐ右を向くようなそんな子供が大人は好きなのだ。雪知は、先生が何かをやるようにいうと、
「どうしてそれをやるんですか」
何故かそんなことを質問してくる子供だった。そんなことこっちだって知らない。上からやるように言われているからやるのだ。運動会で、3年生は出し物で組体操をやるといった時も、どうして組体操をするのか。何かを競うのが運動会のはずなのに、ただ組体操をするだけかといちいち聞いてきた。
そんなの大人が見たいからに決まっているじゃん。親御さんが子供がにこにこしながら周りと協力して組体操しているのを見て写真撮りたいからに決まってるじゃん。そういうことを言ったら、どうして自分たちの運動会なのに、大人の為に組体操をしなくてはならないのかとかまた面倒くさいことを言いそうだなーと思った小島は、運動会で皆の絆を深める為とかそれっぽいことを言ってごまかした。
雪知は、面倒な子供として教師からあまりよく思われていなかったが、このクラスにはもう1人、教師から問題視されている子供がいた。
「ふ、ふじみ、ふふ、不二三士郎。し、しし、しょうら、しょうらいの、ゆめは」
クラスはうんざりとしたような空気になる。彼はがたがたと震えながら紙に書いたことを一生懸命読み上げようとしていた。不二三士郎は、幼い頃探偵である父を逆恨みした犯人に父親と母親を目の前で殺された。クローゼットの中でそれらを一部始終みていた士郎は、その際に酷いトラウマを抱えて対人恐怖症になってしまったらしいのだった。
人と関わる時、人目に出る時、不二三は酷くどもって全然話が進まない。
最初はクラスの皆も可哀想だと見守っていたが、それに慣れてくると子供ながらに鬱陶しくなってくるらしい。声には出さないが、国語の時間、不二三が教科書を読むときなんかはため息が聞こえてきたり、くすくすと笑い声がしたりもする。
全く授業が進まないのに、教師も少しばかりイライラが募って来たりして、そういうことを注意したりしなかったりということが起きたりもするのだ。
「将来の夢は、探偵です。り、り理由は、あの、父さんが探偵だったからと、金田一耕助のような探偵になりたいからです」
この時の不二三は、今までで一番すらすらと喋っていた。
「探偵って何?」
クラスのどこかから声が飛んできた。
「た、探偵っていうのは誰にも解き明かせない難事件を解決したり、殺人犯を推理して捕まえる職業のことです……」
不二三は、赤い顔で早口に話した。いつも俯いて何を考えているのかわからない。誰にも心を開かず、教科書の隅で縮こまり、いつも何かに怯えている様子の不二三とは思えないくらい、饒舌だった。
「そんなの、不二三君には無理じゃん」
クラスメイトの1人が指を指した。
「え?」
「だって、不二三君、人とまともに話すこともできないし、いつも何かにびくびくしてるし、成績だってそんなによくないじゃん。そんなすごい人にはなれないよ」
「そういうのになるのは、雪知君みたいな頭がよくて運動神経もよくて、凄いヤツがなるんだろ」
皆の注目が雪知に集まった。雪知は冷めた表情で不二三を見つめた。
「む、無理だよ、雪知君には」
雪知は不二三の答えを頬杖をつきながら無表情に聞いていた。
「どうしてそんなこと不二三君にわかるんだよ」
「だって、探偵って仕事はとっても危険だし、犯人に殺されるかもしれないんだ。ぼ、僕のお父さんも殺されたし、雪知君には嫌だと思うよ」
「じゃあお前だって危ないじゃん」
雪知はやっと口を開いた。そして不二三をじっと見つめた。
「大丈夫だよ。だって僕死ぬの怖くないんだ」
本当に平気だというように胸を張って答える不二三に、雪知は目を大きく見開いた。
「は?」
いつも冷静な雪知は勢いよく立ち上がり不二三の席へと歩いて行った。
「ふざけんなよ、お前」
このクラスで「死ぬ」「死ね」「死にたい」というワードは禁止ワードだった。雪知が過去に「死にたい」といった女子に凄い剣幕で持っていたコンパスを突き刺そうとしたからだ。
雪知の家は、母子家庭だった。
父親が警察官で、人質になった子供を守って撃たれ、殺されてしまったのである。雪知の母親は女手1つで雪知を育てて、銀行員として働いていた。だが、銀行強盗に襲われて、命を落とした。雪知は、母方の祖父のところに預けられていた。
祖父は非常に無口でコミュニケーションがなかった。だから祖母が雪知の母親代わりとして雪知を育ててくれた。だが、そんな祖母も病気で入院し、雪知は現在家庭で必要最低限の事以外一切話さず生活している。
雪知は思った。どうして死なんてものが、人間にはあるのだろう。ただ健全に、一生懸命、真面目に働いていた両親は、全く関係ない犯罪者の手によって命を落とした。本当に運悪くだ。いつものように父は「いってきます」といって出勤していった。いつものように母親は「いってくるわね」といって出勤していった。
でも、2人共帰ってくることはなかった。そして優しくしてくれた祖母も病気で死ぬかもしれないのだ。雪知は死は呪いだと思っていた。一生なくならない最低最悪の呪い。いつも自分を守ってくれて、健気に励ましてくれたか大切な人を奪っていく呪い。
「死ぬのは怖いに決まってんだろ」
「怖くないよ、僕」
「なんでそんなこというんだよ!」
いつもクールな雪知が我を忘れて怒っている。その事実にクラス中が息を飲んだ。先生はハッと我に返ったように2人の間に駆け寄った。
「やめて、雪知君、落ち着いて」
「死ぬってことは、その人の存在がいなくなるってことなんだぞ、喋らなくて、動かなくて、今までの思い出も全部忘れちまうんだ!お前はおかしいんだよ!死ぬの怖くないなんて簡単にいいやがって!」
「死ぬのは人間なんだから当たり前だよ、遅いか早いかの違いで、皆死ぬって決まってるのに死なない方が怖いじゃないか」
「なんだとお前!!」
雪知は不二三に殴りかかった。不二三は普通に殴られて、怪我をした。
先生が止めたけど、雪知の怒りは収まらなかった。しかしその次の日、何事もなかったように不二三は、怪我をした様子もなくけろっと登校し、ごく普通に授業を受けていた。その一見があってから、雪知は不二三のことが大嫌いになったのだ。
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