マガイモノサヴァイヴ

いけだけい

第1話

ゴトゴトゴトゴト……ガタンッ


っ!



目が覚めた時、自分の状況を理解するのにあまり時間はかからなかった。


ガタゴトと進む幌馬車の中、いくつかの荷物とともに5歳の自分だけが載っている。


……ああ、馬車でところか。


5歳の子供が何処かへ捨てられに行くというのに、その当事者である俺が落ち着いていられるのは……今、前世の記憶を取り戻したからだ。




俺は模栖 甲士もず こうじという、32歳の日本人男性で……仕事を終えて帰る途中、車の事故に巻き込まれたところまでは覚えてるな。


交差点で事故った車の1台が、信号待ちしていた俺の方に突っ込んで来たから……恐らくそれで死亡したのだと思われる。


疲れていてボーっとしていたのもあるが、大きな交差点だったからか、周囲には俺と同じ信号待ちの人達が大勢居て動けなかったんだよな。


俺以外の人達はどうなったんだろうか?


流石に全員亡くなったりはしていないと思うが……


まぁ、気にしてもどうしようもないし、死んでしまったものはしょうがないので頭を切り替えるとして。


俺には……現世でも命に関わる問題が発生していた。




現世での俺はノルン・フェイカースという名前であり、ファンタジー世界の中世西洋風な国にて田舎貴族の第6子として生まれたようだ。


王族や平民、奴隷なども存在する階級社会の国の中、1つの村を治める程度のほぼ平民と変わらない家で細々と暮らしていた。


そんな俺は5歳になった今年、村から馬車で日中を掛けて最寄りの町へと連れて行かれる。


その理由は"祝音の儀"というもので、教会で自分の才覚や適職を聞ける儀式であるらしい。


聞けるというのは、教会の担当者……司祭か何かが神託として聞けるらしく、それで聞いた内容を対象者や保護者に伝えるという形だ。


中でも、もしも"称号"というものがあれば、特殊な力である"スキル"を得られる可能性が高いらしい。


どの程度の範囲で行われているのかは知らないが、少なくともこの国では5歳以上になるとこの儀式を行う場合があるとのこと。


どうやらこれは5歳以上になれば誰もが行うというものではなく、家業を継ぐなどの将来的な進路が決まっている場合は知る必要がないと判断され、その儀式を行わない人もいるのだとか。


まぁ、教会にそれなりのお布施が必要らしいしな。


で。


第6子である俺が家を継ぐ可能性は低く、家を出て生きていくことになるだろうということで、何かしらの才能がないかと儀式を行ったわけだが……その時のやり取りを、ノルンとしての記憶から思い出す。





『男爵様、大変申し上げにくいのですが……』


『ああ、何もありませんでしたか。まぁ、無いものは仕方ありませんな』


『いえ、その……無いわけではないのですが……』


『ん?では何故言いづらいのですかな?』


『その、あまり人聞きのいいものではありませんので』


『……内容はともかく、儀式を行った事自体は記録されるはず。聞かずにこのまま帰り、この子がその才覚で事を起こせば……知らなかったでは済まされません』


『それは……そうですね。ではお伝えしますが、ノルン様には"称号"があり、その内容は……"まがいもの"と聞こえました』


『"まがいもの"?あの、偽造品などの"紛い物"のことですか?』


『そう聞こえるだけですので、必ずしもそうだとは言えませんが……おそらくは』


『っ!?本当ですか!?』


『はい。間違いなく、私にはそう聞こえました』


『…………あの、この事は……』


『"聞き手"の制約により私から口外する事はできません。ご安心ください』


『ああ、そうでしたな』


『その、なんと言ったらいいか……』


『お気遣い、ありがとうございます。我々はこれで』


『はい……お気をつけて』





と、こんなやり取りがあり、教会を出てからの父はかなり口数が少なくなっていた。


前世の記憶を取り戻す前のノルンが、言葉の意味を理解していなかった"まがいもの"について聞いても教えてくれなかったしな。


その後、儀式の結果について喋ることを一切禁じられ、村に帰ってからもそれが続いたことで、不審に思った母や兄姉が俺の儀式について聞くと……俺が寝静まったと思われた夜、その内容が母だけに明かされた。


そして……ノルンはそれを隠れて聞いていたようだ。





『"紛い物"?何と言うか……人聞きの悪い称号ですね』


『ああ。よって……ノルンは追放とする』


『そんなっ!?あの子が何を……』


『"まだ"何もしていないな。だが今後、あの子の才覚が悪用などされれば大事になるかもしれん。"紛い物"などという称号であれば、物の偽造に向いた才覚である可能性が高い。万が一、貨幣や貴重品の偽造でもされてみろ。重罪故に当家が全員処刑されるのは間違いないぞ』


『っ!』


『それに当家だけではなく、すでに家を出て最寄りの町で衛兵になっているモーリスや、商家に嫁入りしたヒルダにまで疑いの目を向けられるだろう。モーリスからは捜査情報を流し、ヒルダは商会で贋金を使わせて広める形で協力したのではないか、とな』


『……』


『特にヒルダのほうが不味い。嫁入りしたあの子が商家の内部から広めたと思われれば……まだ残っている娘達を嫁に迎えようという家は現れなくなるだろうし、他の商家はヒルダと同じように入り込まれるのを警戒して、うちとの取り引き自体をしなくなるかもしれん』


『商人が来なくなると言うのですか?それじゃ村の人が……』


『ああ、困るだろうな。商人が来なくてもやっていける程、うちの村は強くない。そうならぬよう、早急にノルンを処分せねばならん……皆のためにな』


『そんな……』


『お前が気に病む必要はない。私が決めたことだ』


『うう……』





その話を聞いたノルンは優しい子だったのか皆のためと判断し、数日後、村を出る馬車に大人しく乗り込んで……今、こうして運ばれているわけだ。


世界全体なのかはわからないが、少なくともこの国には人を襲う魔物や魔獣が存在するらしく、そんな土地で5歳の子供を追放するとなればそれは殺処分を行うのと同義である。


ほぼ平民と変わらないフェイカース家では心情的に直接手を下せる者がおらず、その結果どこか遠くに運んで置き去りにするという方法を選んだようだ。


ここまでで既に4,5日経っており、目的地までは当家の家紋入りの鎧を着た者達が目的地までの御者の護衛、そして当家の者によって俺が処分されたと周囲にアピールする役割でついて来ている。


馬車の御者も含めて、皆ただの村人なのだが……彼らだって魔物などに襲われるかもしれないし、嫌な役回りで申し訳ないな。


まぁ、俺の境遇よりはマシだろう。


そう思っている俺だったが……しかし、生き延びることを諦めているわけではなかった。




"まがいもの"……普通に考えると"紛い物"だろう。


紛い物と言えば、偽造や模造した物ということになるが……そこから考えると、父が予想したように物品の製作に長けた才能であると俺も予想する。


偽物ではあるとしても、何かしら品物を造るのに適している可能性は高いだろう。


となると……何処かに置き去りにされるのなら、サバイバルに役立ちそうな物でも作れないだろうか?


今、荷台に乗っているのは俺だけで、周囲を見せないようにされているせいで外からも見られないし……あ、でも使える材料がないか。


物資は周りの人が管理してるし、不自然に減っていれば俺が生き延びようとしているのを悟られてしまう。


それに作れたとしても……置いて行かれる際に調べられ、取り上げられてしまうだろう。


向こうは俺に生き延びられちゃ困るわけだからな。


だからか、水や食事は与えられていても最低限といった量だった。


あくまでも追放処分なので、目的地までは死なせる気がないらしい。


お陰でかなりの空腹だ。


しかしそうなると……今の状況で何かしらの道具を作るのはほぼ無理だな。


物資を持ち出し、なんとかして逃げられればいいのだが……そもそも、この馬車は何処へ向かってるんだ?


家の前で乗せられてからずっと、後ろの布を降ろされていたから方角すらわからないんだよな。


休憩や野営の間ぐらいしか外を見てないし。


前世の記憶が戻る前に聞いてみたりもしたようだが、誰も教えてくれなかったようだ。


夜は野宿ばかりで同行者以外の人と会ってないから、人が少ない土地ではあるのだろうが……わからん、情報が少なすぎる。


とりあえず方角だけでもわかれば、何処かに置き去りにされたとしても外敵と遭遇さえしなければ人里へ向かえるかもしれないし、その道中で助けてくれる人に出会えるかもしれない。


なので100均の物でもいいからコンパス、つまり方位磁石が欲しいところだが……



スッ



「っ!?」



周りの人に気付かれないよう、俺は咄嗟に驚きの声を抑えた。


周囲に異常がないことを確認すると、次は自分の手に現れた物を確認する。


そこには……今、俺が思い浮かべていたコンパスが存在していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る