第64話
王宮の中にある大聖堂に集まったのは、この国の高位貴族だけ。
純白のドレスに身を包んだ花嫁の手をとり、赤い絨毯の上を歩いているのは王弟だ。
長いトレーンの裾を持ち、にこやかに続くマーガレットとホープス。
花嫁の手にはこの国の国花であるカラーのブーケ。
その長く瑞々しい緑色が、花嫁の意志の強さを現している。
ふと視線を上げた花嫁の視界に映るのは、純白のタキシードを纏った花婿だ。
トレーンから手を離し、国王から花嫁の手を引き継いだホープスが、花婿にその手を委ねると、会場から拍手が沸き上がった。
「汝、この女を妻とし、死が二人を分かつまで、如何なる時も愛し敬い慰め、共に生きる決意はあるか」
祭壇に立つ牧師は清貧を体現したような荘厳さを持っていた。
「はい、神と我が妻となる者に誓います」
「汝、この男を夫とし、死が二人を分かつまで、如何なる時も愛し敬い慰め、共に生きる決意はあるか」
「はい、神と我が夫となる者に誓います」
牧師が緊張を解く。
「おめでとうスミス。君は幸せになる権利を取り戻した。もう迷う必要はない。愛に生きなさい」
「ありがとうございます」
スミスの目に涙がにじむ。
この牧師こそスミスを拾い、その命の糸を繋げた人だ。
キャンディの願いを聞き届け、遠い村から来たこの牧師は、スミスがスミスでないことを知っている。
しかしその秘密を漏らすことはない。
牧師がキャンディに向き直る。
「おめでとうキャンディ。君が私たちの再会を願ってくれたと聞いたとき、私は神に感謝したよ。君は幸せになるべき人だ。夫を信じ、自分を信じ、この愛を貫きなさい」
「ありがとうございます」
キャンディは涙で上手く言葉にできなかった。
「そしてホープス。素晴らしい父と母のもとで成長できる幸運を持った幼子よ。お前の父は人の心を守れる強い男だ。そしてお前の母はお前のためなら命をも賭すことができる強い女だ。この幸運を神に感謝し、良く生きていきなさい」
「はい、ありがとうございます」
教会の鐘が鳴り響き、退場する三人にライスシャワーが降り注ぐ。
出口まで歩みを進めた花嫁によって、その手に持ったブーケが手渡された。
受け取ったのはエマだ。
エマのドレスはキャンディのものと同じ生地で作られたベルタイプドレスだった。
マーメイドラインのキャンディと対のようなそのドレスは、国王から贈られたものだ。
にこやかに微笑むエマの横には、緊張しながらも我が妻となる女性をうっとりと見ているオーエン。
キャンディとスミスとホープスは、その場で二人の結婚の誓いを見守っている。
最前部にはレッドとリリアンヌが並び、二人の歩みに目を細めていた。
ふと気付いたキャンディが、スミスの袖を引く。
「ねえ、見て? レッドが泣いてる」
「あ……本当だ」
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
二組の男女がこの日夫婦となり、教会のドアを開けた。
教会の外には、この国の近衛兵と帝国の近衛兵が正装で並び、剣を捧げ持っている。
昨日は帝国との調印式がおこなわれ、無事に鉱山譲渡と和平協力関係が結ばれた。
明後日には帝国へと旅立つキャンディとスミスとホープス。
様々な困難を乗り越え、ゆっくりと愛を育んできた二人が、女帝と皇配として成し得た数々の功績は、広く語り継がれていくことになる。
ホープスが二十五歳になった時、女帝はその地位を引いた。
二人の子である第二王子は、父親の祖国であるメルダの皇太子として将来を嘱望されている。
二人の退位と共に引退したレッドとリリアンヌは、フォード領に帰っていった。
そして二人は南の離宮に移り住み、教会を建てて孤児院を作った。
その孤児院で子供らに勉強を教えているのはエステルだ。
彼女はその生涯を言語学に捧げ、今では王妃となっているマーガレットとも強い絆で繋がり、祖国の幼児教育にも貢献している。
そしてキャンディとスミスは、結婚した時のまま穏やかな日々を過ごし、その離宮から全ての子供たちに愛を発信し続けるのだった。
あと1話です。
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