330話 ブランザ領の復興 その5

 ライナス川流域の治水は一週間ほどで終わらせることができた。支流の整備や最初の拠点、開拓村の農地造成も進め、ゴールドハウブズ家の者も含め、続々と開拓民が移ってきている。


 ブランザ領は領主交代での混乱もなく、スムーズに統治が始まった。借金、奴隷、荒れた領地、操業が止まった鉱山、足りない内政官と問題は多かったが、皆で手分けして対応している。


 借金はゴールドハウブズ家の資産で八割方処理できそうだった。奴隷は鉱山送りになった者を除いて三〇〇〇人以上と調査で判明し、回収できたのはようやく五〇〇人ほど。販売先は帝国全土から他国にも及び、マイダス男爵の仕事は長引きそうだ。

 鉱山送りになった四四二名の約半数はすでに命を落とし、五つの鉱山のうち三つは閉鎖された。

 二カ所の鉱山は俺が大規模に掘り起こし、露天掘りのような形で比較的安全に採掘できるようになった。

 アンも土魔法を覚えて、毎日領内を飛び回り、忙しく働いている。これは失敗だったかもしれない。ただでさえ治療の手は足りないのに、土魔法でできることは多い。採掘の補助から壁の補修。家作りに井戸掘りに道路建設まで。聖アンジェラ騎士団を引き連れて、戻ってこない日も多かった。次は転移も覚えたいらしいが、これ以上忙しくさせるとアンの体が心配だ。


 一ヶ月ほどでブランザ領の領都は元ブランザ領、元ゴールドハウブズ領を合併した中心部付近に新しく建設された町キョウトに移転し、デランダルさん主導のもと、統治機構の改革が進んだ。最重要なのが税の取り立てである。収入がないと領地の維持などできない。


「徴税のための組織はシンプルに。そして給与は十分に渡すんだ」


 給与を上げても組織が効率化できれば支出はそうは増えない。そして徴税は厳格に、きっちりと記録を取って間違いなく進める。賄賂もなし。ちょろまかしもなし。そのための給与の増額だ。給与だけで満足できれば、不正の余地は減る。

 そもそもが徴税官の給与がどこも安すぎるのだという。だから不正が横行する。税の中抜き。賄賂。数字の誤魔化し。不正の摘発にも手がかかるし、領地の収益も減る。

 取られるほうも最低税率で正確に徴収されるなら、誤魔化そうとも思わない。


 臨時の徴税が必要な時は必ず領主から布告を行う。徴税官に権限が少なければ、これも不正を防ぐことにつながる。徴税官も決まった税を取り立てるだけでいいから楽だし、領民も毎年同じだけ税を収めるならミスもないし、用意も簡単だ。


 普通最低税率では領地の運営は予算不足になりかねないが、ブランザ領は恵まれている。鉱山と交易からの収入があるし、インフラ整備は土魔法で予算不要だ。軍も領内の治安維持ができる程度で、外征があるなら俺たちでやってしまえばいいから、大きな規模は必要ない。


「それでも不正はどうしてもなくならないから、調査のために真偽官を毎年招聘する」


 真偽官を私的に呼ぶのは高額な依頼料を取られるが、不正を未然に防げるとなれば安いものだとデランダルさんは言う。そうして一〇年も経てば、不正を目論むような輩はすっかり居なくなっている。


「領内で何か問題があれば領主に直訴してもらうんだけど、徴税が安定しているだけで、これが驚くほど少なくなるんだ」


 領主の仕事は減る。領民の生活は安定して余裕が出る。領民軍も元は領民たちだ。領地を守ろうという意識は強くなる。盗賊になるような者もおらず、裏社会が形成される余地もない。魔物だけを相手にすればいいから、領内の安全性も向上する。

 軍も似たようなものだ。中抜きや賄賂が横行すれば、兵士の給与や糧食、装備品に影響が出て軍の弱体化を招く。小規模でも待遇や装備がよく、給与もいいなら徴兵からそのまま本職の兵士になろうという者も増え、軍も精鋭化する。


「他より低い税率。安全な領地。領民は領主を信頼して仕事に励み、商人も安心して商売に勤しむ」


 道路を整備し、軍の移動や商人の行き来も楽にする。治水を進め、開拓を奨励する。飢える心配がなければ人口は勝手に増えていく。食料生産は増え、商業は活性化し、税収は伸びる。

 税率は低いのに最初の段階の改善で税収はなぜか上がる。賄賂や中抜きがどれほど多かったか。基本税率が低いから、時々の臨時徴税があっても不満なく応じてくれる。


「もちろん最初からこんなに上手くはいかない。信頼できる徴税官など滅多にいないし、領民も最初は領主を信頼しない。そして徴税官を使う側が賄賂の要求や税の中抜きをすれば元も子もなくなる」


 そして上側が整備できても村側にも問題は発生する。村長、つまり代官の不正だ。これも結局は代官への報酬が少なくて、足りない分は自分で稼げなんて言い出すから不正の温床になるのであって、きちんとした報酬体系を用意すれば自ずと不正は減っていく。

 代官の給与は基本給プラス歩合だ。村の税収が多ければ不正をしなくとも取り分が増えることになる。

 

「徴税の手順や税率、報酬額をきちんとした文書にして各村、そして村中にも周知をする。そしてやっぱり真偽官に調査を依頼する」


 町の運営はまた別のやり方になるのだが、基本は同じだ。管理者の給与を増やし、不正の余地を減らしていく。


 方針が決まれば次は、正確な徴税をするために領内の村をひとつひとつ調べていく。大変な事業だ。デランダルさんも最初は自分の家の領地でだけ試した。

 そこで不正が見つかったからといって村の有力者が代官をしていた場合、代えの用意も難しい。内政に交渉、村の管理や正確な数値の記録ができるような人材はそう多くはない。しかもクビにした村の有力者は当然抵抗する。有力者だから追放も難しいし、だいたいそういう者は縁故のネットワークがある。領主の分家だったりすると手も出せない。


「村長の交代はだいたい失敗するんだよね。それに能力のある者は村長よりもっと他のことで使いたいし、それなら過去の不正は不問にして徐々に意識を変えさせるしかない。息子が有能そうなら代替わりさせてもいい」


 変革には時間がかかる。焦って事を進めても反発が大きくなる。小さい領地で試して税収が改善した結果を数値で見せ、徐々にやる範囲を拡げていった。


「そして上の者が範を示すことが重要だ。税収の流れを徴税官はもちろん、必要なら各村の代官とも共有する」


 多数の者が数字を確認できれば、徴税官も代官も不正は難しいし、領主ですら数字を誤魔化せない。それを領地の隅々まで徹底するのは大変だしどの者にも厳しい施策であるが、やってみれば税収が増えるのを一目瞭然に確認することができる。


「でもこれはうちの領地では上手く行かなかった」


 自らの収入を詳らかにすることをデランダルさんの上の者、カプラン伯爵が嫌がって税収の流れを一部しかオープンにしなかった。だから誤魔化す余地が残って、不正はいつまで経ってもなくならなかった。


「真偽官を毎年呼ぶのにも反対していたし、今頃はどうなっているかな?」


 それを調べるつもりも、戻るつもりももうないらしい。


「上から下まで、運営方法の変更を理解できるまで、丁寧に何度も何度も説明する必要があるし、運営が思わしくない、税収が悪い村は相談に乗ってやったり問題があれば解決に奔走する。どうしようもない無能や悪党を排除すると恨まれるし、うるさく言うから上からも下からも煙たがられる」


 それを領主の甥に過ぎない、成人もしていないデランダルさんが、口八丁手八丁でやってのけた。いま思うと奇跡みたいなものだとデランダルさんは自嘲する。実際に暗殺されかけて、最後は逃げ出すことになったのだ。そしてビエルスで剣術修行をして今に至る。


「とにかく焦らないことだよ。相手も人間なんだ。納得しないと動かないし無理なことは無理だし、無駄や失敗だらけでも諦めない、見捨てないことだね」


 そして前言を翻すようだが効率化を進めすぎても上手く行かないのだという。


「今なら理由がわかるよ。普段遊んでいる者がいるくらいじゃないと、何か起こった時に対応しきれないんだ」


 緊急時のために人員には冗長性を持たせる必要があるし、普段から限界まで働いているとトラブルへの対応も鈍くなるし、人へ親切心も疲れていると目減りする。そしてこの世界のトラブルは生死がかかった、致命的なことになりがちだ。


「緩すぎてもいけない。厳しすぎてもダメだ。急いでもだめ。のんびりするのも良くない。統治者には絶妙なバランス感覚が求められる。僕はそう思っているんだ」


 そんな経験者であるデランダルさんの薫陶と働きもあり、統治機構、徴税組織の構築はかなりの速度で、情け容赦なく進んだ。

 実行前の説明がなんだったんだと思うくらい領民や代官の納得など待たなかったし、新しい統治に関して説明はしたが、特に丁寧にも説明しなかった。兵士を連れて制度の変更を断固として命じていく。


「いやー、領主の代行権と武力の後ろ盾があれば早い早い。二年もいらなかったね!」


 人材もクライアンスが帝都から連れてきた官吏たちはとても有能だった。彼らには詳細な文書があれば説明は一度で良かったし、元の代官や村長も、兵士を連れた帝都からきたクライアンス殿下の部下の官吏に逆らおうなんて考える者は皆無で、変革は速やかに進んでいった。

 官吏の人数はさすがにすべての村に行き渡るほどではなかったから、エリアマネージャーみたいな感じで、一人で複数の村を管理してもらっている。これなら元の代官や村長はそのままで、制度の変更を実行できる。新しい徴税官をその下で、一年か二年かけて育成をする。


 代官の過去の不正は基本不問にした。ただしかなり溜め込んでいた者や、村の運営が悪辣だった者を数名、見せしめに処分をした。領地でもっとも有力者だったゴールドハウブズ家とその縁者はもういないから、抵抗する力を持った者はいなかった。

 これだけの強権が振るえれば、あの時どんなに楽だったか。そうデランダルさんがため息を吐いた。


 兵力の裏付けと新領主の強権があったにせよ、反発は驚くほど少なかった。奴隷の返還とアンの領内の巡回もだが、最初にやった税の減額と食料援助の効果がかなり大きかったのだろうと思う。俺の働きは……どうだろう。勇者の名声も何かの足しになっていたのかもしれない。

 これだけの武力と権力。人と金と物。そして正しいビジョンがあれば、加護の力がなくとも、時間はかかっただろうがデランダルさんはなんとかしてしまっただろう。デランダルさんの助けを得られたことは幸運だった。


「ついでに教育機関と農業試験場の設立も頼めますかね?」


 俺のほうは相変わらず千年計画で忙しく、できれば人に投げてしまいたいのだ。


「いやー、うーん……」


「これも領地運営の一貫でしょ? 全部やれたと確認できたら二年を待たずに解放してあげてもいいわよ?」


 いまの時点で離脱してもいいくらいなのだが、来年の実際の徴税することろから管理まで一度は差配してもらう必要がある。


「ふむ。時には新しいことにも挑戦しないといけないかもね」


 エルフショップとレストランは軌道に乗り、日々莫大な収益を上げている。ついでにヤマノス村でやっていたタコ焼き屋も誘致して、屋台で営業も簡単ということで帝都中に店を出してどこも大盛況である。ちなみにタコは調達が難しいので、中の具は肉で名前もまん丸焼きだ。

 

 エルフの里の研究所周辺はかなり様変わりしている。ドワーフが精力的に働き、俺の出すアイデアを手当たり次第、気軽に試している。試してダメだったというのも多いが、無駄をしてなお進行速度はエルフと人間で運営していた時の比でなく進んでいた。


 蓄電池の試作品ができた。航空機を飛ばすにはパワーが足りないが、二人乗りのゴルフカートみたいな車を動かすことができた。平地でも歩くより早い程度だし、五分もしたら電池が切れてしまうが、とてつもなく大きな進歩だ。ちゃんとタイヤも合成ゴムだ。


 火力発電もドワーフの手により安定したので、電力で動く工作機械がいくつも稼働している。旋盤とフライス盤をドワーフたちは殊の外気に入ったようだ。試作品から部品を作り、さらに高性能にすべく日々改良を加えている。

 火力発電の排気に関してだがドワーフがあっさりと浄化システムを作ってくれた。排気を一旦溜めて浄化魔法をかけてから排出。これだけである。鉱山の排水も同じ感じでやっているらしい。


 イオンが浄化を調べてくれたのだが、結局原理は不明のままだった。やはり術者のイメージと能力でかなり効果が変わり、ちょっとした砂粒程度なら消してしまえ、そして消えたものはどこへ行ったかもわからない。密封容器からも消え、重さも軽くなっていた。

 どこか異次元にでも行ってしまったか、それとも原子以下に分解されて散ってしまったか。恐らく後者だろうと推測してみたが、当面は謎のままだろう。

 高解像度の顕微鏡とカメラがまずは必要だ。顕微鏡の性能改善はすでに取り組んでいたから、カメラの研究を神国でやってもらうこととなった。


 帝都ではエンジン製作を始めることとなった。しかしガソリンエンジンは複雑だ。シリンダー内で気化したガソリンと空気を混合して点火プラグで着火。爆発力を回転に変える。俺の説明にドワーフが言う。


「蒸気タービンで動かしたほうが早いんでないですかい?」


 蒸気タービンはすでにあるから、小型化できれば可能といえば可能だが……


「そういう乗り物もある。蒸気機関車っていうんだけどな」


 船も蒸気タービンで動かすことが多いが、航空機を動かすならどうしてもガソリンエンジンの開発が必要となる。いやでも車も蒸気タービンでいけるのか? 乗用車には向かないだろうが、大型のトラックや農業用のトラクター。あるいは戦車だ。


「だけどガソリンエンジンのほうが効率がいいし小型化ができるんだ。蒸気タービンみたいに間に水を挟まないからな」


 水も魔法で出せば航空機でもいけるのか? しかしエルフの里は電動でどうにかしようとしているところだ。後発で効率の悪い方法を試しても仕方がない。


「その理屈はわかりますがね?」


「ガソリンエンジンには可能性がある」


 神国からやってきたこの頑固そうなドワーフにはエンジン開発をしてもらう必要がある。こいつは工作に関してはマジもんの天才だ。


「難しいからって諦めるのか? エルフや神国のドワーフと同じものは作りたくないんだろ? 航空機の実用化で先を越されるぞ? 」


 エルフの里では、魔法の補助で飛ばすことはできても完全無魔法での飛行にはまだ成功していない。


「では人と資材をもっと回してもらう必要がありますな」


「もちろんだ。こいつは最優先プロジェクトに指定するから、好きなだけ人も資材も使っていい」


「そいつあいい! やってやりましょう!」


 火力発電所をブランザ領に作って、それから石油の生産能力も上げる必要がある。

 小麦を小麦粉にする機械もいま作ってもらっている。石臼でやっているのを機械で代用すればいいくらいに思っていたのだが、外皮を取って分別する工程の自動化がやっかいで手間取っている。

 紡績工場に紙用パルプの加工。旋盤やフライス盤で木材の加工も簡単になったから、家具や建材の製造現場に持ち込めば、生産能力は飛躍的に伸びるだろう。ゴムはできたが安定生産にはほど遠いし、ナイロンやプラスチックの合成もこれからだ。

 電気通信に半導体の研究。それからロケット。やりたいことはたくさんある。


 合間にヒラギスでの叙任式があり、ウィルたちが帝都とヒラギスで盛大な結婚式を行い、正式に結婚をした。


 そしてビエルスでは剣聖継承の儀が執り行われることとなった。

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