235話 ウィルの求婚

「まあ良かろう。一本だ」




 そう言うとウィルは崩れ落ちた。うん、いま攻撃を食らったのは俺のほうなんだけどね? 立ち上がれと言いたいところだが、限界だったのだろう。 


 最後は俺が受けきったと思ったところに、強引に押し切られての一撃。俺より背の高いウィルが上背を上手く活かしての攻撃だったのと、戦闘時間が三時間を超え、俺の足腰がすでにヘロヘロだったためだ。


 剣闘士ルールなら確実に続行を言い渡される程度の弱い一撃だったが……倒れたいのは俺のほうである。なんで三時間もかかるんだよ!




「ギリギリ合格ってところだな。時間がかかりすぎだ。ヒラギスに行く前にはもう、何本に一本かは取れてただろ?」




 一時間がすぎる頃には早く終わってくれと祈っていた。ガチでやったとはいえ、奥義は封印。回復魔法も俺が一撃貰ったら終わりだから使うこともない。気絶や致命傷を与えて完勝してしまってはウィルが追放になってしまうと、かなり気を使って戦ったのだ。




「マサル様、かなり強くなってますよ」




 サティが言う。肉体強化系スキルはすでに戻してあるんだが、思ったより効果があったのか。




「そ、そうっすよ。全然勝てそうにないからほんとどうしようって……」




「いや、悪かったよ。フランチェスカのことはそんな気はまったくなかったからな?」




「わざと煽ってるってのはわかってたんですけど、兄貴が言うと本気にしか見えなかったっす」




 こいつもか。俺がそんなことやる人間じゃないってことくらい……


 いやでもありそうって思うのか? ハーレムの人数は二〇人に迫ろうって数。傍から見れば女癖が悪いなんてもんじゃない。


 でもそもそもがエリーやアンがそんなことを許すわけがないのだ。




「主殿、次はわたしとやろう!」




 シラーちゃんがすでに準備万端の装備で俺へと迫ってきた。


 世界滅亡とか聞かされて、だらだらと仕事をする気にならなかったのだろう。みんなすでに帰ってきてて、のんきに観戦である。




「わたしもやりたいです!」




 サティまで手を挙げる。いやもう三時間ガチでやりあって足腰がガクガクなんだけど?




「今日はウィルを鍛えるためで、俺は調整程度のつもりだったからもうやらんぞ」




「ウィルだけ相手をしてもらってずるい!」




「代われるものなら代わってほしかったっすよ……」




「ウィル、言葉遣い」




「言葉遣いって?」




 心配して回復魔法をかけにきてくれたアンが尋ねてくる。




「ほら、こいつそろそろ実家に戻るだろ? 今の話し方じゃまずいだろうって、言葉遣いを直す練習を今日からしようってことになって」




 てか死にそうになってもこっちが素で出るんだな。矯正が必要だ。




「病み上がりで無茶しちゃダメって言ったでしょう。それが言葉遣いを直す話がなんでこんな修行になってんのよ……」




 告白度胸をつけさせるためです。サティやウィルたちの修行は主に、サティの少し前にソードマスターになったデランダル・カプランという帝国貴族出身の剣士が担当していた。こいつはサティでも負け越すくらい強いし、指導者としても十分な力量があるのだが、速攻でウィルの出自がバレていたのだ。自国の王子である。過度に過酷な修行ができるわけもなく。


 まあ修行は基本的に厳しいし、ほとんど全員がウィルより力量が上な剣士の中で揉まれたのだ。腕は確実に上がってるし、その上メンタルまで鍛えてないからと文句を言うのは贅沢すぎるのだろうが。




「でもこれで明日は大丈夫だな。俺よりフランチェスカを相手にするほうが楽だろ?」




「大丈夫、と言いたいところですが」




 ようやく立ち上がったウィルが真面目くさった感じでまた弱気なことを言い出す。


 


「明日もっかいやるか?」




 ぶんぶんと首を振るウィル。




「マサル殿は男性相手には厳しすぎるのではないですか?」




 まあ確かに。俺より強いサティはともかく、シラーちゃんやミリアム相手にこんな特訓ちょっとやれない。


 だが俺もウィルも冷酷非情な剣術師匠、剣聖がこの場に居たのをついつい失念していたのだ。




「明日もう一回だな」




「ええっ!?」




 そして当然俺も見逃される訳もなく。というか俺がメインターゲットだよ!




「マサルもやる気があって実に結構。まずはシラーの相手からだ。ミリアムも準備しろ」




 だから早く終わらせたかったんだ……


 夜に予定してたアンとエリーのお仕置き? 限界まで絞られて、そんな余力があるはずもなく。でも疲労困憊な俺を、二人がかりで甘々にお世話してくれたからまあいいか……








「このような便利な魔法が使えるなら、教えてくれても良かったのではないか?」




 呼び出されたフランチェスカは朝一番にやってきた。そして転移魔法でいつでも王国に送れると言うとこんな返答である。




「ビエルスどころか帝国も行ったことがなかったから最初の移動は必要だったし、それに教えれば使いたくなるだろ?」




「まあそうだな」




「上のほうから命令されてはそうそう断れない」




 フランチェスカは公爵両親がビエルスに修行に出すのをだいぶ渋っていた。転移が使えるとわかればこれ幸いと使用を要請しただろう。フランチェスカにだけ教えて使うという手もあったが、フランチェスカとは会ったばかり。そこまで信用はできなかった。


 まあどっちにしろビエルスには普通に移動するしかなかったんだけど。




「そうかもしれない」




「そのうち王様や公爵様だけじゃなくその周辺にも便利に使われだす。新任の子爵ごときが簡単に断れると思うか?」




 移動できる場所に制限はあるが、魔力は豊富だし転移自体はそれほど手間でもないのだ。




「きっとつまらん用事で何度も何度も呼び出されるぞ?」




 フランチェスカは俺の予測に軽く頷いた。




「だけど今ならある程度は突っぱねることもできる」




 ヒラギスでの戦果があるし、エルフの後ろ盾も強力だ。師匠を連れて行ってもいいな。剣聖はかつてガレイ王の招聘すら、頑として拒んだ。剣聖に言うことを聞かせられるのは世界中で俺くらいのものだろう。


 


「まああんまり扱いが酷くなるようなら、ヒラギスからも王族待遇でどうかって誘われてるしな」




 もし王国での居心地が悪くなるなら真剣に考えないといけないかもしれない。




「それは困る!」




「そもそもマサルはもはやエルフの王族に準じる者。なんなら正式に養子に入ってもらっても良いのじゃ。軽く扱ってもらってはエルフの沽券にも関わることぞ?」




「まあ転移のことに関してはエリーとリリアに相談してくれ。悪いようにはしない」




 フランチェスカは俺の言葉にほっとしたように頷く。希少な転移術師、それも世界最高クラスの使い手を確保したとあれば、剣聖の弟子となったことと併せて、フランチェスカの王国での立場は相当に強化されることだろう。それは兄弟弟子で仲のいい俺たちにも利益がある。




「あとな、俺がエルフの守護者ってことは絶対口外しないでくれ」




「魔族から暗殺者を送られたからの。ただ幸いなことに、奴らはマサルをエルフだと思いこんでおる。守護者は誰がなんと言おうとエルフ。マサルとは何の関係もない」




「なるほど、了解した」




 王国への送迎は俺も手伝うつもりだったが、俺が転移魔法を使えることも含めて目立たないほうが良さそうだ。俺マサルの存在が地味なら、派手な守護者と結びつける者は少ないはずだ。


 とりあえず俺が守護者の格好でヒラギス復興のほうに回ればエリーに余裕が出るから転移は任せて、俺は土木工事専門でやることになるだろうか。


 それすら危ないから止めたほうがいいという話もあるのだが、俺が完全に暇になると、師匠が黙っていない。修行漬け確定である。




「それで王国にはいつ戻る?」




「お前たちはまだ当分ヒラギスに居るんだろう?」




「今回の戦いの褒賞とか叙勲のための式典が一カ月後くらいにあるから、それまでだな」




「では私もそれくらいに戻ろう。一度戻ると次はいつ出てこれるかわからんからな」




 それでやってるのが連日の魔物狩りか。フランチェスカは王国から送り込まれた部隊を完全に掌握してほぼ私物化して、常に最前線で引っ張り回し、今またいつでも帰れる状態なのに、まだ戻りたくないからと付き合わせる。かわいそうに。


 


「そういえばあいつ、ジョージ・パイロンはどうしてるんだ?」




 俺とエルフに喧嘩を売った懲罰として前線の部隊に送られたと思ったら、行き先は奇しくもヒラギスである。今現在一番ヤバい戦場であるからそこはたまたまなんだろう。




「長い戦場暮らしでいい感じに仕上がってるぞ。すぐ外にいるからここに呼ぶか?」




 仕上がってるってなんだよ。だけどまあちゃんとしてるようならいいか。俺やティリカに下々と交じって兵隊をしてるところなんて見られたくないだろうし。




「いやいい。これからまた狩りか?」




 フランチェスカの装備はいつもの実戦用指揮官装備だ。




「むろんだ。エルフの偵察部隊がずいぶんと精力的に動いてくれているから、こちらも応えないとな」




 それはあれだな。別にヒラギスやフランチェスカのためじゃなく、ダークエルフの件で偵察が活発になってるんだな。それでせっかくだし、現地で魔物の排除に動いている部隊に情報を提供しているのだろう。




 ていうかウィル、なんか喋れよ……


 当分こっちに居るなら急がなくていいとか考えてそうだ。そもそもフランチェスカが来るのが早すぎた。俺たちも朝食後すぐに修行を始める準備をしていたのだが、始める前に来てしまったのだ。




「いま師匠が居て、今日は修行を見てもらうんだけど、フランチェスカもどうだ? たまには部隊も休ませてやったほうがいいだろ?」




 このまま話が終わってはフランチェスカが帰ってしまう。いつ何時、どんなトラブルが起こるかわからないのが俺の近辺だ。告白のチャンスは逃させない。




「お師匠様が直接!? もちろん私も参加するぞ!」




 フランチェスカの担当はホーネットさんで、師匠はほとんど俺とミリアムに付いてたから、フランチェスカも直接修行を見てもらうことは滅多になかったらしい。




「そうそう、ウィルがフランチェスカに話があるそうだぞ?」




 突然だが、昨日は散々話し合ったのだ。もしここで怖気づくようならもう知らん。そう思いながら、後ろのウィルに場所を譲る。


 いきなりで驚いたようだが、それでも覚悟を決めたようだ。ウィルの表情が真剣そのものになった。




「俺……私は近々、家に戻るつもりです。フランチェスカ殿」




 そういうとすいっと片膝をついた。




「その時は一緒に来てほしい。貴方を両親に紹介したい」




 そう言ってフランチェスカに手を差し伸べた。よくやった! だがフランチェスカは突然の告白にさすがに戸惑っているようだ。




「ウィル……ウィルフレッド殿。ご好意は嬉しいが私は王国を愛している。離れるつもりはない」




 それはむろん織り込み済みである。フランチェスカは王国で仕事があるし、将来の将軍と目されている。対してウィルは無職だし、婿養子でも全然構わないのだ。




「もちろんわかっています。私の望みは貴方と生涯を共にし、並び立ち、戦いたい。それだけです。そのためならば、すべてを捨て去りましょう」




 そして腰の剣を抜いて捧げ持った。




「フランチェスカ。ただの剣士、ウィルとして、この身とこの剣を貴方に捧げることを、どうかお許しください」




 うん。なかなかカッコよく決まったぞ。


 しばしの静寂が流れる。フランチェスカは難しい表情で考え込んでいる。いや、しかしこれ、勝算あったの? 好意は一度は伝えたそうだが、いきなりの重い告白。大変な状況下とはいえ、もっと手順を踏んでやらせるべきだったかもしれん。




「……二つ条件がある」




 だがようやくフランチェスカがそう話しだした。




「勝負して私に勝て。捧げるに足る強き剣であることを証明してみせよ」




 それならなんとかなる。以前はフランチェスカが上回っていたが、ヒラギスでレベルがだいぶ上ったし、スキルも取れてる。勝機は十分にある。


 しかしこれは……現時点ではフランチェスカのほうが圧倒的に勝率が高い。体の良い断る口実か?




「そしてもう一つ。私をお前たちの仲間にしろ」




「それは……」




 ウィルが俺のほうを振り返る。




「それがどういうことかわかっているのか?」


 


 こいつは俺のこと完全に勇者だと思っているはず。




「わかっている。必要ならば私こそがすべてを捨てよう」




 こいつも勇者の仲間になりたいガールだったか。




「いいぞ。ウィルが勝てば……」




 あれ? そうするとフランはわざと負けるほうがいいのか? フランチェスカが勝てばウィルも振られて仲間にもなれない。しかしウィルが負けて振られては仲間にするのは、ウィルにとって残酷だ。


 仲間にしたところでフランチェスカには加護はつかないだろうし、だったらウィルが優先。


 これ、もう勝負なんかなしで、ウィルとくっつけて仲間になっちゃえばいいんじゃね? そう思ったのだが……




「もうすぐ帝国で剣闘士大会がある。それで決着をつけよ」




 この場には冷酷非情な剣術師匠がいるのである。




「そして勝った方に、奥義を授けよう」




 師匠もまた煽るようなことを。これでフランチェスカは一切手が抜けなくなった。俺とサティが奥義を会得して、自分がまだなのをずいぶんと気にしているのだ。でもフランチェスカが勝ってしまうと俺たちの仲間にはなれないし、ウィルは振られる。本当に誰が得する話なんだ?




 んー、まあウィルが負けてもなんやかや理由をつけて俺たちの仲間にして、ウィルに再度チャンスを与えてもいいか。フランチェスカが仲間になること自体は別に悪いことじゃないと思うし。




「剣闘士大会があるんですか? わたしも出たいです!」




 サティはやめてさしあげろ。当たったら二人とも負けてしまう。それじゃあさすがに格好がつかなさすぎる。




「貴方の愛を勝ち取るため。決して負けません」




 立ち上がり剣を収めたウィルが力強く宣言をする。




「ふふっ、楽しみにしているぞ」




 なにか通じ合ったのか、しっかりと見つめ合う二人。脈はあるのか。まあ修行中も普通に相手をしていたようだし、何かしらの好意はあったのだろう。


 もう面倒くさいからお前らもうくっついちゃえよ……


 だがいい感じになった空気を師匠が容赦なくぶち壊す。




「とりあえず修行を始めるか。ウィル、マサル。昨日のをもう一回だ」




 やっぱりやるのか……ウィルが一本取れるまで、延々と相手をする。それが終わったらミリアム、シラーともやって、最後にサティ。これは俺のほうが弱いから、俺が一本取れるまでである。それで今日はフランチェスカもこれに加わるのか?




 当然ながら昨日の疲れは全然抜けてない。師匠が監視しているのだ。手も抜けない。


 俺とウィルは悲壮な思いでしばし見つめ合い、昨日のアレをもう一度やるべく覚悟を決めて、庭の中央へと向かうのだった。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 






「ティリカ殿……」




 ジョージにとって今の境遇をもたらすことになった元婚約者の姿を、エルフと同じ格好のローブで隠そうとも見まごうはずもなかった。




「ジョージ・パイロン。元気にしてた?」




 今の姿は一般兵と同じ、何の飾り気もなく不格好で使い古された鎧姿。風呂になどろくに入れないから臭うし、長い戦場生活で疲弊し、顔は見る影もなくやつれて見えることだろう。




「ええ、とても元気です」




 だがジョージはそう答えた。ここ数日はちゃんと屋根のある場所で眠れたし、食事も十分な量をゆっくりと取ることができた。まだ連日魔物狩りには駆り出されるが、戦争自体は終わった。その魔物狩りも後衛で補助に回るジョージにはほとんど危険もなく、長きに亘った戦場のストレスから解放され、実際いつになく調子がいいのだ。




「それは良かった」




「ティリカ殿もお元気そうで」




 戦場では何度か見かけたが、久しぶりに近くで見る元婚約者の姿は、かつてとまったく変わりなく見えた。フランチェスカ様によるとヒラギスでは緒戦から常に、最前線に立って戦っていたはずなのに。




「フランチェスカは剣聖に、剣術の修行を見てもらうことになったのを伝えに来た。だから今日はリシュラ王国軍はお休み」




 伝えられた朗報にジョージの仲間たちから喜びの声があがる。




「我々の帰還はいつ頃になるのでしょうか?」




 部隊長がそう尋ねた。今日はエルフの転移で王国に送ってもらうためのスケジュールの確認。そう聞いていた。帰路の苦労もなく、一瞬で王国に戻れると聞いて皆大層喜んだものだ。




「一カ月後くらいになると思う」




「そう、ですか。今日は休暇にすると部下に伝えてきても?」




「うん」




 ティリカ殿の返答に部隊長がさっそく部下を伝令に走らせる。だがジョージたちはフランチェスカ様の護衛も兼ねている。一緒になって休むわけにもいかない。




「見学する?」




 貴方たちは休まないのかと問われ、そう答えた部隊長にティリカ殿が提案してきた。




「よろしいので?」




 すでに修行は始まっているようで、敷地の外にまで剣戟の音が伝わってきていた。




「見られて困るようなものじゃない」




 エルフが厳重に守る門を抜けると、庭ではエルフが鈴なりになって観戦していた。




「少しどいてもらう?」




「いえ、ここに土魔法で観戦台を作っても?」




 土魔法は使いこなせれば非常に便利な魔法だ。戦場でもとても重宝されたし、それで命が助かったこともある。ジョージが家に頼って暮らしていた頃にはまったく気づかなかった視点だ。




 いい位置に陣取れたし、エルフは息を殺すように見ていたので、後ろのここにまで息遣いまでが聞こえてくるようだった。


 マサル・ヤマノスの相手は恐ろしいほどの手練だった。体格もいいし、動きもマサルを圧倒していて、マサルは受けに回っているように見えた。


 だが倒れたのは相手のほう。


 そしてすぐに回復魔法が入って、倒れたほうが再びマサルに立ち向かっていく。


 マサルのほうはどうやら受けに回って、隙を見て攻撃を加えているようだ。




「動きが単調になっているぞ」




 再び倒れた相手にマサルからの容赦のない指摘が入る。ジョージの部隊は実戦部隊だけあって誰もが目が利く。それが――




「どこが単調だった?」


「いや、さっぱりわからん」


「それよりまだやるのかよ……」




 三度目のダウンに至ってついに相手が立てなくなった。正確には立ち上がったものの膝をついてしまった。


 交代を告げられた相手は相当に悔しげに次の相手に場所を譲った。




「マサルから一本を取れるまで終われないルール」




 ティリカ殿の説明が入る。またしてもマサルを圧倒しているように見える相手のほうが格下なのか。




「だが相手のほうが動きがいいし、マサル殿の動きはずいぶんと精彩を欠いているようですが」




 もう体力が尽きかけているように見える。




「全員を相手にするし、昨日もやったから体力を温存した戦い方なんだと思う」




 連日……これが剣聖の修行。過酷というほかない。


 二人目との激しい戦い。一人目とは違い、パワーで叩きつける戦い方で、時折マサルは力で押され、崩されそうになる。それでも崩れずに反撃し相手を退け続ける。


 半刻余り、相手はマサルを打ち崩すことができなかった。長時間の戦いで双方すでにボロボロである。相手のダウンは一度。軽い一撃はどちらも何度か入れているが、どれも有効打とはなっていなかった。


 そして初めて入ったマサルへの一撃。力のある相手の重い一撃を体に受けて、それでも倒れず、自ら回復魔法をかけて、次の相手に向き合った。




「おお、フランチェスカ様だぞ!」


「さすがのマサル殿も消耗しすぎて分が悪いんじゃないか?」




 だがマサルの目からは力は失われていない。


 フランチェスカ様が動いた。素早い、あらゆる物を切り裂くような鋭い剣。だがそれをもすべてマサルは捌いてみせた。


 何度も何度も。さすがにこれはフランチェスカ様の勝利で終わるだろうと思われたが、突然様相が変わった。じりじりとフランチェスカ様が後退する。




「なんだ?」




「たぶんマサルが我慢できなくて奥義を使おうとしてるんだと思う」




 奥義。ここまで奥の手を隠して戦っていたのか。




 戦うマサルから視線を外し、ティリカ殿をじっと見つめる。


 自分はマサルの足元にも及ばない。特別だ、優秀だと思っていた自分の力も、戦場においては翻弄される一兵士に過ぎないことが実感できた。


 だが戦場を制圧し、どれほどの劣勢であろうと撥ね返す圧倒的な力もまた、確かに存在する。エルフたちやティリカ殿が居なければ、生き残ることもできなかったはずだ。


 ティリカ殿にどちらが相応しいか。そんなことはティリカ殿は考えるまでもなかった。即答で断られたのも当然のことだった。




「わたしはマサルを支えなければならないから」




 目の合ったティリカ殿の言葉にジョージは苦笑しつつ首を振る。




「未練はまったくありませんよ」




 召喚魔法でドラゴンや陸王亀すら使いこなすティリカ殿が、支えなければならないと言うマサル。絶大な魔法力を持ち、圧倒的な剣術を身に付けた……




(ああ、そうか。戦場でまったく見ないと思ったら、エルフの守護者ガーディアンオブエルフ。あれがマサルだったのか)




 そう考えると色々と腑に落ちる。


 光魔法の使い手。どんな困難な敵にでも立ち向かう勇者。


 


「私は貴方がたに、ずいぶんと迷惑をかけた」




 二度も勇者の前に立ちふさがって、よくぞ前線部隊に回される程度の罰で済んだものだ。喧嘩を売ったのはマサル相手だったにも関わらず、なぜかエルフが激高したというのも今ならジョージにも頷けた。


 その罰にしても今にして思えば温情をかけられたとしか言いようがない。最初はジョージもひどく恨んだものだが、ただ兵士にされただけなのだ。性根を鍛えなおそうと、更生の機会を与えてくれた。




「マサルに謝っていく?」




「いまさら合わす顔もないでしょう」




 いまだ罰は終わっていない。




「ですが私がもう少し、ましな人間になれたら。その時は……」




 改めて謝罪をして、もし許されるなら勇者を支える一人に。そう思うのは傲慢だろうか。

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