4-5 異世界の戦争の記録

業火に焼かれ、熱風が吹きすさぶ森の入口で、2つの軍勢が睨みあっていた。

王国の兵士や騎士らは、500とも推定されている動死体ゾンビの数を前に、無言のまま、じっと耐えて様子を窺っている。

彼らの頬に汗が流れるのは、この炎の熱さのせいか、それとも敵に圧倒されているのか。



コントラに聞く!」



兵士らが固唾を呑む中、一人が声を上げる。

炎が燃え盛り風が猛る中、そして動死体の圧倒的な数を前に、しかし物怖じせずによく通る声を張り上げたのは、サーモ伯爵である。


彼は馬を操り兵士らの前へと出る。


金属でできた鎧を纏い槍や剣を携える兵士や騎士らと比べ、サーモ伯爵の武装は特徴的であった。

まず目を引くのは、双頭犬ヘルハウンドの毛皮をそのまま使った外套だ。獰猛な表情を浮かべた2つの頭を両肩に乗せ、捩じれ角の生えた兜を被った本人の頭を並べれば、まるで三つ頭の怪物のようにも見えてしまう。

上半身は裸であり、服の上からでは単なる肥満にしか見えなかったその身体は、幾重もの傷痕をつけ膨れ上がった筋肉そのものである。

彼は腰にいくつもの投げ斧、背中には2つの手斧と大きな槍矛斧ハルバードを背負っているが、しかしそれだけの武器を抱えているのに動きに鈍さが感じられない。


その格好はなるほど、彼は山賊の頭領であり……国王陛下に貴族として召し上げられるほどの武勲をたてた英傑であることを雄弁に物語っていた。


「我らの敵に聞く!

 民草の敵に聞く!

 王国の敵に聞く!

 

 世界の敵コントラムンディに聞く!」



声を張り上げるサーモ伯爵に感化されたのか、あるいは敬意を表したのか。

灰色の男が動死体の群れの中から姿を表す。


咄嗟に弓を構える兵士ら騎士らを、しかしサーモ伯爵は制する。

今回は王家直属の兵士らはもちろんのこと、様々な貴族らからも兵を徴集している。この王国軍の指揮官として任命されたのは、他でもないサーモ伯爵なのだ。

こと用兵に至っては彼の右に出るものはなく、それ故に貴族としては遥かに高位であるオーキツネン公爵も、この王国軍という括りの中においてはサーモ伯爵の指示に従う義務がある。


末端の兵士の迂闊な行動を諌め、サーモ伯爵は灰色の男コントラを見やる。

あまり手入れをしていないボサボサの灰色の髪、肌は病的とまではいかないものの白く、身につけているのは巡礼者を思わせるような擦り切れた灰色の法衣ローブ


兵士たちの前に立ったサーモ伯爵のように、動死体の軍勢の前に立ったコントラは、笑顔すら浮かべサーモ伯爵の言葉を待つ。



「貴様は賊である!

 王家に仇なし!

 王国に仇なし!

 人々に仇なすものである!


 賊に戦の規則を持ち出すつもりも、礼儀も尽くすつもりもない!


 口上合戦も要らぬ!


 ただ一つ!

 これは戦場でこれから戦い合うものへの問い掛けではなく!

 いかなる礼儀作法に則るものではない!

 

 ただ一つ!


 リュミエール王国の将ではなく!

 伯爵位をもつ貴族ではなく!

 

 サーモ・バーゾクという一人の人間として詰問する!」

「なんです?」



サーモ伯爵の一方的な殺害予告に、しかしコントラは気にするふうでもなく首を傾げる。

サーモ伯爵の怒号と迫力に押され、若干恐怖すら抱いていた兵士らからすれば、コントラはあまりに異質に見えた。



「何で、こんなことをするんだい?」



サーモ伯爵の問いかけも、また先程までの威勢のないものであった。

それは、言葉のとおり公人としての立場ではなく、あくまでも個人としてコントラに訊ねたからかもしれない。

まるで、気心知れた相手に何かを問いかけるような、あるいは、なにか悪さをした幼い子供に、しかし父親が怒りを見せずその理由をたずねるような、そんな問いかけだった。


コントラはきょとん、とした表情を浮かべ……そして少し首をひねって考えた素振りを見せたあと、口を開く。



応える。



「楽しいからです」



対える。



「コレをしたらどうなるのか?

 アレをしたら何が起きるのか?

 ソレをしたら何が変わるのか?


 類推することはできます。

 想像することはできます。

 妄想することはできます。


 でも、それはあくまで仮説です。実際にやってみないとわからない。


 人を殺せば悪逆非道に身を落とす悪のシナリオルートを進むことになる?

 野を焼き山を焼き村を滅ぼせば地獄へ落ちるバッドエンド

 死者の軍勢を作り続ければいずれ王国お仕置き用エネミーと戦うことになる?


 そうなると思います?」



答える。

 


やってみないとルート調査してみないとわからない、そうでしょう?」

「それで、無辜の人たちを殺したのかい?」




問いかける。

答える。



目の前で生きている人NPC達のことをそんなに深く考えていますか?

 強いか弱いか、役に立つかたたないかでしょう?

 倒すべき相手の生い立ちだとかしっかり考えているんですか?

 例えば山賊雑魚敵が出てきて、それがどういう経緯でどうしてそういう立場になったのかとか、あるいは普段どういう生活をして家族がどれだけいるか、なんて考えますか?」



答える。



「僕は考えません。

 なぜなら、僕は遊び人プレイヤー。この世界ゲーム人々NPC玩具にするゲームを楽しく遊ぶものだからです」




兵士たちは。

唖然としていた。

あるいは、理解することができなかった。

もはや、同じ人間であると思うことすらできなかった。

サーモ伯爵ですら、困惑を隠せない様子であった。


唯一、王国の兵士に交じり隊列を組む義勇兵の1人だけが。

アルベールという名前の男だけは、コントラをただ、見据えている。



「さあ、最終決戦だ、行くぞー」


コントラはにっと笑って手を指揮者のように振るう。

微動だにしていなかった動死体ゾンビの軍勢が……一斉に駆け出し始めた。



「行進だ……世界異世界果て終わりまで!」



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最終命令グレイホスト

“神に会う覚悟はできている。神が、私と会う準備が出来ているのかどうかは知らないが――”

屍霊術ネクロマンシー軍勢強化シャドウホスト系の到達魔術。

操作している動死体ゾンビの身体能力をさらに向上させる。

ただし、以後は術者の支配コントロールからは完全に離れ、術者本人と他の動死体ゾンビ以外に無差別に襲い掛かるようになる。

この効果は死者改造エンバーミング系の魔術で取得した動死体ゾンビには適用されない。

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