星光街アキラ画報 vol.1

第1回 編集会議 20X1/4/27




「お帰り。遅いじゃん けっこう待ったし。さっきから 考えてんだけど やっぱさ 聖心館せいしんかんの周りが いいと思うのよね」



 僕の学習机の前に座った晶がクルリと椅子を回転させながら言う。

 けっこう 真剣に考えてるのか 細い眉が八の字になってる。

 

 今日の晶は 黒いボレロタイプのブレザーに 真っ白の丸襟のブラウス。

 赤い紐タイに これまた黒のジャンパースカートっていう聖心館の制服姿。

 聖心館っていうのは 光岡城の近くにある女子校。

 お嬢様学校ってことで有名なんだけど 晶でも受かるんだから おしとやかじゃなくても 大丈夫らしい……。

 

 髪型も先週から けっこう高いところで2つ括りにしている。

 なんでも 新入生歓迎会で見た聖歌隊の部長さんが 凄く綺麗でマネし始めたらしい。

 いつものことだけど すぐ影響されるんだから……。

 まー 晶には よく似合ってるとは思う。

 

 僕のベッドの上に 黒革の通学鞄もある。

 家にも帰らず 学校帰りにいきなり僕の部屋へ上がり込んだらしい。

 

 僕と晶は 従兄妹同士。

 母親同士が姉妹で 家も隣。

 

 同い年で同学年だから ホントに兄妹みたいにして育ってきた。

 親戚だし お互いの家の合鍵の隠し場所も知ってる。

 ウチは ポーチにある3つ目の植木鉢の下。

 隣は 郵便受けの天井にセロテープで止めてある。

 

 だからって ウチの住人が誰もいないのに 勝手に人の部屋に上がり込むのは ダメだと思う……っていうか犯罪行為。

 まー もう慣れっこだけれども。

 

 

 そうそう。

 自己紹介が遅れた。


 僕の名前は 加賀谷かがや 光汰こうた

 4月7日生まれだから もう13歳になった。

 晶が 中学受験するっていうんで 僕も5年生の時から 付き合いで塾通いして 受験して この春から 広河原の修学社しゅうがくしゃっていう男子校に通うことになった中学1年生だ。

 一応 聖心館より偏差値高い学校だから 晶にその事をネタにバカにされたりっていう 面倒な事態は避けられて ホッとしているところ。


 晶は 1月の11日生まれだから 同い年って言っても 小さいときは 僕の方が色々出来て 褒めてもらえることも多かった。

 晶は その事を根に持っていて ことある毎に 僕に突っかかって来ては 僕からマウントを取ろうとしてくる。

 そして 1度取ったマウントは 鬼の首でも獲ったかのように 何度も自分が上って確認してくる面倒臭い性格。


 性格悪い上に 見た目も大したことない。

 まー クラスの女の子達よりは 可愛い気もするけど 正直 毎日 四六時中 顔付き合わせているせいで よくわからない。

 気の強さそのまんまの つり目気味の二重瞼。

 生意気そうな尖った顎。

 

 ウチの母さんは 利発そうな眼っていうんだけど クルクルよく回る瞳。

 悪戯っぽい感じで 大抵 ろくでもないことを考えている。 



「やっぱさ 第1号は 親しみを持ってもらわなきゃダメだと思うの。今回の新聞が記念すべき第1号だし 聖心館内は もちろん地域のお店とかにも置いてもらえるくらいバズらせようと思ったら 身近な話題でさ……ちょっと こー汰 聞いてんの?」


「……聞いてるけど それって 聖心の新聞部の活動だろ? なんで僕が 手伝うことになってんだよ?」


「ハァ? こないだから 何回も説明したでしょーが。ホントに アッタマ悪いわね。マジに 修学社 実力で受かったワケ? 何回も言うけど 今ね 聖心の新聞部の部員は 私1人しかいないの!」


「……いや。その話は 何回も聞いたし その都度 言ってると思うけど まずは 部員 集めが先じゃないの? それに 他校の僕が 手伝うのおかしくない?」


 

 一分の隙も無い正論。

 この正論で 僕は 僕の青春を勝ち取るんだ。

 ここでの議論に 僕のこれからの青春が掛かっていると言っても過言では無い。

 小5の時 賞をもらったせいで 晶は新聞作りに ハマった。

 こないだの 卒業文集にも『将来の夢は新聞記者』って堂々と書いてた。

 

 小5の冬 春 そして6年の夏……。

 ひたすら パソコンに向かう日々。

 あのあと 5年生後半 そして6年生の間 ずっと僕は晶の新聞作りの手伝いを強要されてきた。

 

 でも この春 違う中学校に進学したんだ。

 今こそ 新聞作りから 足を洗うチャンスなんだ。

 中学受験も終わった今 僕は囲碁·将棋部に入って 家では ゆっくりとゲーム。

 そんな穏やかな日々を過ごしたい。

 

 僕のささやかな願いを込めた正論。

 だけど 正論は暴論の前には無力。

 それが 中学校に上がって まず学ぶことになった人生の真理。



「それができりゃ こー汰なんかに頼んだりしないわよ!」



 頼んでるハズなのに〈なんか〉呼ばわり。



「こー汰だって 私が部員集めとか苦手なの知ってるでしょ!無茶 言わないでよねっ!」



 怒り口調で 開き直られる。

 そう。晶は 年上には 愛想よくできるし 年下にも それなりに優しくしたりできるけど 同い年相手には 変に意地張ったり 見栄張ったりして 上手くいかないのが デフォルト。

 イジメられるまでは いかないけど 煙たがられて 孤立しがち。



「だいたい 小5の時 新聞作りしたらって言ったの こー汰じゃん!男なら 責任取りなさいよッ!?」


「だって あれは あきちゃんが 何にも思いつかないって言うから 例えばで言っただけだろ。責任って言うけど 5年も6年も だいぶ手伝ったし もういいだろっ」


「今年1年でいいから 手伝ってよッ!来年になれば 新入部員も入るハズだし」


「そんなこと言って ずっと手伝わされてるじゃん。晶ちゃん 自分のことは自分でしなよ!」



 晶の口がへの字に曲がり 目がウルウルしだす。

 幼いころから 何度も見てきた半泣きモードだ。

 この表情見ると 条件反射で 助けたくなるけど ここは心を鬼に。

 僕の青春が掛かってるんだ。 


 

「こー汰 ヒドイッ!ママに言いつけてやるッ!」



 えっ!?

 そこまで 退行するの?

 もう中1じゃん。

 ママに言いつけるって……。



「こないだ こー汰が ママの下着見てニヤケてたことも言いつけてやるんだからッ!」


「なっ なに 言ってんだよっ!?そっ そんなことしてないしっ」



 た たしかに この前 日比野家に行ったとき 部屋干ししてあった若菜さんのブラ見て焦ったのは事実だけどニヤケたりはしてない……絶対。



「こー汰。赤い顔して……アンタ まだ ウチのママのこと好きなの?」



 ちょっと引いたような顔して晶が聞いてくる。

 


「ちっ 違うよッ!そんなの 子どもん時のハナシだろッ。やめろよなっ」



 若菜さんは 僕の叔母さんで 晶のママ。

 忙しい僕の母さんに代わって 小さい僕の面倒をずっと見てくれてた。

 晶とそっくりの外見だけど 性格は 本当に優しくて女神様みたいな人。

 ……そして 僕の初恋の人だ。

 ちゃんとした初恋じゃないけど 保育園くらいの時は 大きくなったら結婚するって公言してた。

 要するに幼児期の黒歴史なんだけど 僕にとって悲惨なことに晶は まだ覚えている。

 僕の動揺を見て取った晶は 情け容赦なく 弱点への追撃を敢行してくる。


 

 ……そして そして 僕の穏やかな青春の夢は 中学校入学 1ヶ月経たずして潰えたのだった。

 

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