第2章

 数時間前。

 「なんなの? 緊急出社しろって!」

 知里は、寝起きを邪魔されるのが一番嫌いなのだ。

 「緊急の案件とのことで、我々が招集されたみたいですな。」

 北条さんは、冷静に今回の件を分析していた。

 「仕事明けの身にしてみれば、辛いものですね。」

 石永君は、他コロニーの遠征から帰ってきたばかりで辛そうだ。

 しかし、俺は一抹の不安を抱えていた。

 言い知れない、恐怖感を覚えていた。

 また、気になることが一つあった。

 「隊長の姿が見えない。」

 肝心要の隊長が姿を現さないのだ。

 「自分から招集するときは、絶対に時間を遵守していたはず………。」

 「確かに。すでに約束の時間を過ぎてますな。」

 「なんかあったんじゃない? 娘の機嫌が悪いとか。妻が離してくれない、とか。」

 それでも何かおかしい。

 こんな時間に招集をかける人でもない。

 一体………。

 そのとき、扉を開く者が現れた。

 「やっと来………、あんた何しに来たの、?」

 現れた人物に全員が敵意をむき出しにした。

 「最高司令をつけろ。俺はお前らみたいな成り上がりじゃない、御用家の家系なのだからな!」

 「親の七光りでしょ? あんたみたいな木偶に用はないの。」

 「我らは、隊長を待っているのです。用がなければお引き取りください。」

 知里と北条さんの容赦のない口ぶりに一瞬ひるんだみたいだが、剣崎は続ける。

 「口に気をつけろ。そしてあいつは来ない。なぜなら今回招集したのは、俺だからだ。」

 その言葉に一同、空気がピリつく。

 その空気の重さに、剣崎が後ずさる。

 「お前が? 【特務隊 零】は防衛局側の命令には従わない。隊長から下される命令のみ、我々は動く。それを知っての招集か?」

 「見くびるなよ。それくらいわかる。だがな、あるでは命令を下せるんだよ。」

 「は? こいつ何言って———。」


 「甲斐田悠一が死んだ場合とかな。」


 その言葉に、脳の沸点を越えてしまった。

 俺は、机を蹴り上げて剣崎の胸倉を掴んだ。そのまま壁際まで押し付けて首を腕で押し付けた。

 「間違ってもそんなことを言うんじゃない。」

 俺の剣幕に剣崎は、ひるんで縮こまってしまった。

 「嘘じゃない! 本当に今、死にかけてる。だから指揮命令権は俺にあるんだ!」

 惨めに泣きながら俺の腕を剝がそうとする小物に嫌気がさした。

 腕のホールドを解き、持ってきた荷物を掴んだ。

 「お前の命令には従えるかよ。帰る。」

 みんなが俺の意思に賛同するように帰ろうとした時だった。


 「その人が言ったことは本当のことよ。」


 振り返ると、隊長の席にいつの間にか女性が座っていた。

 黒衣の衣装を着た女性が一人席に座っていたのだ。

 痩せてはいながら、強靭な肉体を持っていることがわかる。

 黒い髪は、夜空のような黒で美しさを示している。

 そんな中で、見覚えのあるエメラルド色の瞳が私を見ていた。

 また、どことなく紅葉さんにも似ているように感じてしまった。

 「ここまで信頼がないなんて、あなた本当に御用家なのかしら。」

 「くっ。」

 彼女の皮肉に剣崎は返す言葉を失った。

 だが、それどころではなかった。


 一体いつの間にここにいたんだ?


 「独特な気配を持っているのに———。」

 「認識できなかった?」

 知里と北条さんが、驚愕している中で俺は別なことにも気が付いてしまった。

 「お前………、【地獄】から帰ってきたか? 生きてないだろ?」

 「さすが。………月下健吾って言ったっけ? ご褒美にいいこと教えてあげる。」

 そういって、彼女は、残酷なことを言ってのけた。


 「甲斐田悠一の処刑は君がやることになる。」


 言われている意味を脳が理解できなかった。

 俺が?

 何を———。

 「それに今の君くらいしか役目を全うできないし、他の人たちにはの相手をしてもらわなきゃいけないから。」

 「何か俺が罪を犯したのか?」

 よりにもよって、あいつをこの俺が———。

 「この世界に生きている人間で罪のない人間はいない。これは摂理だよ。だから、その考え方はよくないよ。」

 摂理? そんな言葉だけで語らないでくれ。

 「———本当にあの子は、みんなに愛されているね。うれしいやら悲しいやら複雑な気分だよ、私は。」

 一瞬だけ見せたその顔は、微笑んでいるようにも見えた。同時に、泣きそうになっているのを押し殺しているようにも見えた。

 「誰なんだよ、あんたは?」

 甲斐田悠一を知りすぎているこの女は?

 「私? うーん………。」

 そういって、腕を組み少し考えてから語られた。


 「私は、カナ。甲斐田悠一の師匠みたいなものさ。」





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