第6章

 「いつからこの症状が?」

 ダメもとで四乃宮家お抱えの医者に来てもらい、改善とまではいかなくても維持させるための相談を願ったが返答は思っていた通りだった。

「未知の症状であり、どうすれば改善するのか悪化するのかもわかりません。」

 知っていた。知っていたことだ。

 彼の病気自体わからないことだらけなのだから。

 体に亀裂が入り、亀裂内部からは中から紅い結晶がのぞかせる。その箇所を触ると、バキッ、と音を立てて崩れ落ちていく。

 すでにこの屋敷に来た時から発症していた。

 彼は、みんなにバレないように常に自分の体をホログラムで包み、誤魔化していた。

 でも、私は違う。

 私は、彼によって魔法に覚醒したときから抽象的なものを具現化する能力を持った。その反動で、【真実の目】も備わってしまった。抽象的なものを扱うからこそ、その真相を見極める力を持ったのだろう。

 だから———。

 この屋敷に彼が初めて来たときには、彼がどういった状況なのかわかってしまった。

 彼は、すでに———。


 だった———。


 体のありとあらゆる部分が損壊していた。

 挙句の果てに、見知らぬ女児のために自らの心臓さえ抜き取る始末。


 コロニーを守るために———。


 世界の危機を救うために———。


 彼は、文字通り命を懸けた———。


 なにより———。


 彼は、私を救ってくれたのだ。


 そんな人を、このまま見殺しにして何もできないまま死なせるのか?

 私は悔しくて惨めで泣くのを堪えることしかできなかった。

 ええ。

 知っている。

 助からないことも。

 でも———。

 そんなときに、不意に背筋に悪寒が走った。

 振り返るのと同時に、声をかけられた。


 「助からないとわかっているのであれば、楽にさせてあげなさい。」


 そこには黒衣の衣装を着た女性が一人立っていた。

 痩せてはいるものの、しなやかで強靭な肉体。

 黒い髪は、まるで日本人形のように『黒』という色の美しさを示している。

 そんな中で、見覚えのあるエメラルド色の瞳が私を見ていた。

 いや、どことなく紅葉に似ているように感じてしまった。

 だが、私の【真実の目】が映し出す事実は意表を突くものだった。

 「あ、あなた。?」

 目の前の女性は、死体であると私の目はとらえていたのだ。

 そして、普通の人間は頭に糸が張っているのに対して、目の前にいる人物は、すでに切れていた。

 「説明の手間が省けてうれしいわ。念のため、自己紹介でもしておきましょうか。私はカナよ。」

 「………死人がここに何の用?」

 いつでも魔法を使えるように臨戦態勢にはいる。

 「あなたは、頭が回る方だと思ったけど? それに死人相手に戦闘してどうするの? あなたの魔法じゃ、今の私をどうすることもできないよ。」

 ………悔しいが事実だ。

 「私が来た目的は、今倒れている彼を連行すること。」

 「っ! そんなこと———。」

 させない、という前にカナの言葉がかぶせられた。


 「このままだと、このコロニー全員が死ぬからだよ。」


 口が塞がらなかった。

 何を言っているのだろうか。

 「あなたも彼が作られたのは知っているわね? 彼が———。」

 その続きは聞きたくなかったものだ。


 「だってことくらい。」


 見て見ぬふりをしていた。

 人間には、限界がある。

 そして、最たる例として魔法の属性は一人一つという前提がある。

 ………私は、彼が【超人だから】と、勝手に決めつけていた。

 「ふーん。思い当たる節くらいは、記憶できているのね。」

 ひどく冷たい言葉の刃は、の心を斬りつけてくる。

 「そう。彼はなの。そして、人間は死ぬときに痙攣しながら苦しんで死んでいく。体が意識とは別にのたうちまわる。それは、彼も同じ。怪物だって死ぬときは体が勝手にのたうちまわるの。。」

 ………。

 彼が話さなかった事柄を、目の前の死人はいともたやすく語っていた。

 ………まるで、彼のことを誰よりも知っているのかのように。

 胸が絞めつけられる。

 呼吸が荒くなる。

 まともに彼女を見ることができなくなる。

 「だから、彼が死ぬ前にこのコロニーからださないといけないの。おわかりかな?」

 突然、やってきてそんなもの信じられるわけない。それに———。

 「………彼が死ぬのなら、ここのコロニーごと死んだ方がいいじゃない。感謝さえせずに投げ出す人に私はなりたくない。この住民と同じように彼を消耗物と見たくない。」

 絞り出す声の力のなさに自分でもびっくりするほどだった。

 「彼を、人間から怪物に堕とすつもり?」

 その冷え切った言葉には容赦がない。

 彼女の前では、私はただの子供が駄々をこねているようなものだ。

 「………。」

 「———それに、あなたは婿養子として彼を選ぶにあたっていくつかの条件を突きつけたように悠一から条件の条件も飲んだはずよ?」

 やめてよ。


「甲斐田 悠一の死期が来たら、ってね。」


 やめてよ。

 それが嫌で存続させ続ける道を探し続けていたのに。

 それを無碍にするのはやめてよ。




 「わかったら———。」

 「退かない。だって、まだ死んでない。それに———。」

 最後まで見捨てたくない。生きることを諦めてほしくない。

 これは完全に、私のエゴだ。

 願望だ。

 「ここで、引いたらこの人の妻でなくなってしまうから!」

 これだけは言える。

 私は、家族を———、この人を見限ったりしない!

 「………。」

 冷たいまなざしがさらに温度を落とし、視線で私を殺すことさえできるくらいに鋭いものとなった。

 ———が、彼女のため息とともにふっと柔らかくなった。

 そして、カナは後ろを向いた。

 「いい家族を持ったわね。」

 その言葉は、私にあてたものではなかった。


 「だろ?」


 短く、それでいてやさしさが溢れる声は私の後ろからこぼれるように紡がれた。

 ああ、どうして、そこまで私の胸をかき乱すのだろう。

 ———愛してる。

 愛しいあなた。

「悠一さん!」

 私の希望の星。

 困っていたら、いつでも助けてくれるお人好し。

 自分を顧みない馬鹿。

 ボロボロの手を優しく握り、私の頬に持ってくる。

 今朝はあったはず温度が全く感じらないほど冷たく、そして柔軟性もなくひたすらボロボロと体から破片がこぼれ続けるだけだった。

 そんな私たちを横目に見ながら彼女は告げた。

 「ここは引いてあげる。でも時間は待たないから気を付けてね。」

 そういって、また忽然と彼女は姿を消した。

 でも最後の横顔だけは見ることができた。

 安堵するような———。

 嬉しさを堪えているような———。

 手に入らないものをみているように———。

 そんな表情に呆然としてしまった。

 ———そんな場合じゃない!

 「悠一さん!」

 「ごめん。………うま、く、話、ができ、ない。」

 「いいの! だから、ゆっくり目を閉じて休んで!」

 ご、めん、と言って彼は再度の眠りについた。

 さっきまでの彼女とはどういった関係だったのかも関係ない。

 今は、一秒でも長く生きてくれれば………。

 もうなんでもいい。彼が生きててくれれば。

 そうして、長い夜は明けていった。



                                 落日編 完

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