第10話 図書室にて、遭遇

 思わぬ出会いに驚いて硬直している僕をよそに、リリアは僕の向かいの席に腰かけた。一度僕の目を見た後、彼女は深々と頭を下げた。


「入学式の時に迷っていた私を案内してくださって、本当に助かりました」

「そんな、あれくらいどうってことないですよ」

「もっと早くお礼を言いたかったのですが、お名前も分かりませんでしたから……」


 こうして再度会うと思っていなかったので敢えて名乗らなかったのだが、リリアに手間をかけさせることになってしまった。


「あの時ハルト君に出会えていなかったら、あの場所から永久に出られなくなっていたかもしれません」

「それは流石に……いや、わかるかも」

「ですよね! あのような豪華な施設に入ったのは初めての体験でした」

「あはは……広すぎて僕もちょっと心配になりました」

 

(この人と話していると、緊張はするけど変な気遣いをしないというか……何でだろう)


 プリ庭主人公、リリアはかなり前向きで行動力が強い娘だ。彼女が取りうる選択肢は、基本的にやるかやらないかがハッキリしている。僕としては、あの会場を知っている人間なら誰にでも出来ることであり、自分が案内役になったのはただの偶然だと思っている。けれど、リリアはそれじゃ気が済まないようだった。


「図書室には、よく来られるのですか?」

「今日が初めてです。なんですけど……」

「?」


 僕が図書室に来てからというもの、他の生徒から注目を一手に引き受けてしまっている。リリアは気づいていないようだけど、このまま居続けるのも悪い気がしている。

 

「僕は、ここに来ないほうがいいかも……」

「リリアさん」

 

 僕の話を遮ってリリアに近づいてきたのは、ヒーローキャラであるクリードとノエルだった。唐突にプリ庭のヒーロー三人のうち二人が揃って出てきた事が予想外すぎて、思わず口が塞がる。

 

「あぁ、クリードさん。ノエルさんも」

「うん。図書室に何か用があったのかな?」


 今話しているクリードは大人びた口調とやや開いた胸元に肩まで伸ばしたちょっと癖のある茶髪など、セクシーさが特徴のリリアの先輩キャラだ。制服を大胆に着崩したり、ピアスを開けていたりと校則違反だらけだが、リリアなどの女性に対しては礼儀正しく接している。


「……もしかして、彼と話をしていたんですか?」

 

 対して鋭い目つきで僕を見ているノエルは、制服のボタンをきっちり閉める真面目さとツンケンした言葉遣いが特徴の後輩キャラである。学園の風紀に五月蠅くいつもクリードに注意を促すが、全然聞き入れて貰えないストレスのせいか、ストレートの銀髪をよくクシャクシャと乱している。


(はぁー、やっぱり容姿が良すぎて眩しく見える……)

 

 ちなみに全員王族なのでオーラが凄い。初めてシリウスと対面した時も思ったが、やっぱりどこか自分はまだゲーム外の住人という感覚が抜けきっていない。何せ目の前にいる彼らが同じ人間であるとどうしても思えない。ハルトの容姿も負けてはいないのだが、自分では中身が伴っていないと感じて腰が引けてしまう。

 

「そうですけど……あの、お二人とも?」

「……」

「……」

(ああ、そうか。リリアが僕といる所を見たから、駆けつけてきたのか)


 クリードは穏やかな表情を崩さないまま警戒の目を、ノエルは明らかに敵視するような目を僕に向けてくる。この二人は僕の事を知っているようだ。このままでは面倒な事になってしまう。他人に迷惑をかけないように生きてきた僕にとっては、一番避けるべき状況だ。


「……僕はこれで失礼します、それでは」

「あ……」

 

 鞄を持って立ち去る僕を見たリリアが小さく声を出すが、リリアと僕の間にクリードとノエルが壁になる位置取りで立ち塞がった。二人の僕に対する威嚇は、彼女を心配している事が見てとれた。リリアを気にかけての行動であり、ハルトの事を知っている者ならあの対応が当然なのだ。


 彼女の物語に、僕の出番は無い。彼らの背中にそう告げられたみたいだった。


(その通りだ。僕はただの脇役で、彼女にとって邪魔でしかないってことは……よく知ってる)


 入学式のお礼は既に貰っている。きっと、まともに話すのは今のが最後となるだろう。悔しさは無いけれど、この世界に来て初めて普通に話しが出来る人だったから……寂しくなった。

 

 この図書室に来ることは、もう無いだろう。他の勉強部屋を探すことに気持ちを切り替えて図書室を後にするのだった。

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