第五十一話 隠した牙をむく者
アールとディアスが揉めた日から数日後、ディアスから調査報告があった。
再び商談室に集合した、私とジェームス、そしてディアス。
「マイケルが見習いとして働く小さな商会が彼を採用したのは、ラバン商会の会頭・ジュリエナさんの推薦状があったからだそうです」
「ジュリエナさんが?」
かつてシェアリアをメイドとして雇っていた、あのジュリエナさんだ。
「ですが私がラバン商会に確認をとったところ、マイケルという少年に推薦状を発行した事実はありませんでした。
ただ、推薦状のサインは確かにジュリエナさんの文字そっくりで、小さな商会はずっと格上の商会の推薦状を疑わなかったようです」
そういえばシェアリアは、ジュリエナさんのメイクから立ち居振る舞いまで、徹底的にコピーしていた。
もしかしたら、筆跡も真似できるのではないか。
同じ事を思ったらしきジェームスが言う。
「そのサインは偽造かもしれませんね」
「私もそれを疑っています。
それで、ここに来る直前、ルサール伯爵家に直接向かいました。
『マイケルという少年には疑惑がある』と伝えようとしたんです。
しかし、護衛に門前払いを食らってしまいまして……その護衛がこんなことを言ったんです。
『今日は大事な客人を呼ぶから、屋敷には関係者以外立ち入りさせるなと命じられている』
とね。おそらく今日、二人の孫候補を呼び寄せるのではないかと」
「そんな! 今すぐ伯爵邸に行かなくちゃ!」
私はテーブルに両手をついて、立ち上がった。
「お待ちください、マリーゼ嬢。
ルサール伯爵邸は帝国ではかなり力のある貴族です。
我々のような低位貴族では、おそらく相手にされません。
とりあえず、彼らが無視できない助っ人を呼んであります。
一緒に行きましょう。
……おい、アール」
ディアスがドアに向かって声を掛けると、ノックなしに扉が開いた。
「話は済んだか。行くぞ」
ドアから首だけ覗かせたアールは、ぶっきらぼうに一言だけ言うと、ホテルの玄関を目指して歩いて行った。
すぐ後を追うディアス。
「せっかくの次期筆頭公爵の肩書きだ、有効活用できる時は使わせてもらうぞ」
「ふん」
よく分からないけど多分、呪いさえなければ、彼らの仲は案外悪くはないのかもしれない。
そんな気がする。
ジェームスに留守番を任せると、私も二人の後について行った。
***
ルサール伯爵邸の豪華な客間の中央に、一人掛けのソファが二つ並べられている。
それぞれ、茶髪茶目で鼻の頭にそばかすが浮いた、十三、四歳の少年が座らされていた。
その正面に、五十絡みの恰幅の良い、いかにも貴族然とした男が、三人掛けのソファの真ん中に一人腰掛けている。
「向かって左のキミが、マイケル・スミス。
右のキミが、ロビン・ローズだね?」
「はい」
「そ、そうです」
同時に答えるマイケルとロビン。
「君達、父親の名前は、知っているかね?」
「僕は小さい頃に、孤児院に預けられたので、両親のことは知りません」
「僕は……お母さんがお父さんの事を、全然教えてくれなくて……
母方の、親戚の叔母さんは……お母さんは遊ばれて捨てられたって、言ってました……」
「君達は、もう働いていると聞いたが、どんな仕事をしているんだね?」
「僕は繊維を扱う小さな商会で働いています。
まだ店の掃除とか、商品の整理しかしていませんけど、いずれは商売を覚えて、いつか自分のお店を持ちたいです」
「その、僕は、新聞配達をしてて……朝と、夕方に新聞を配って……お昼は、その、家で、お母さんの看病をしてます」
ルサール伯爵は二人の少年を交互に見比べ、やがて一人に目線を止めた。
「そうか……分かった。
ロビン、わしの孫はお前だね。
顔も似てるが、緊張した時の、とつとつとした喋り方が息子にそっくりだ」
「え……」
戸惑った様子のロビンの横で、マイケルが笑顔になった。
「ロビン! 良かったね、お祖父様と会えて」
隣から手を差し出して、ロビンの手を取り、握手をするマイケル。
「あ、ありがとう……?」
ほんの一瞬走った手のひらの痛み。
戸惑うロビンに、伯爵が声を掛けた。
「なんだね、二人は知り合いなのか?」
「ええ、僕達、親友なんです」
マイケルが代わりに答える。
(どうしたんだろう……なんだか、気分が……)
「ロビン!? どうしたのロビン!
伯爵様! ロビン、調子が悪いみたいです。
いつも仕事とお母さんの看病で大変だから、疲れてると思うんです。
少し休ませてあげてください。
いつもみたいに少し寝たら治ると思うんです。
僕が付き添います」
ソファにぐったり沈んだロビンの傍で、泣きそうな顔で訴えるマイケル。
伯爵はその迫力に気押されるように、使用人に指示を出した。
「誰か、ロビンを客間のベッドまで運んでやってくれ。マイケルも一緒に」
(えっ……? 疲れてるって、何? いつもみたいにって……?)
不安に駆られるロビン。だがもう声が出せなかった。
午後の日差しが入る、上品な客室。
優雅な寝台に寝かされ、上等な柔らかいリネンに包まれたロビンは、無言のまま恐怖に駆られていた。
傍に立つマイケルの笑顔は、昨日までの笑顔と質が違う。
マイケルはドアの鍵を内側から掛けると、楽しそうにベッドの隣まで歩いてきた。
「おめでとう、ロビン・ローズ。この家の跡取りは君で間違いないよ。
君に出会えて、本当に良かった。
こんなに若くて、これから裕福になる君に。
……大丈夫。さっきの薬は一時的に身体が麻痺するだけだから。
決して健康を害したりしないよ?
だってこの先、その身体を使うのは僕だからね。
礼を言うよ、ありがとう、ロビン」
冷酷で、野望に満ちた、歪んだ微笑みを浮かべたマイケルが、ロビンの身体の上に覆い被さろうとした、その時。
ドアノブがガチャガチャ回され、バンバン扉を叩く音が響いた。
そして、白い影がドアの板をすり抜けて、風のように舞いながら、部屋の中央まで飛んで来た。
「待ちなさい、シェアリア!
ロビンをあなたの良いようにはさせない!
このマリーゼ・フランメルがお相手するわ!」
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