第四十五話 謎の少年の影

私達は宿場町から首都に向かった先のアパートメント街に向かった。

四~五階建てで、薄茶色の煉瓦造りの建物が、道に沿って建ち並んでいる。

路地を行き交う住民は、中産階級といった身なりの者が多い。

その一角にある、まだ新しめの建物の二階に、彼の自宅はあった。

ジェームスには馬車で待ってもらい、ロビンと一緒に訪問する。


「ただいま、母さん。具合はどう?」


ロビンは家に帰ると、一人で真っ先に母親の寝室に向かった。

敷地面積は全体に狭く、寝室からの声は丸聞こえだ。


「お帰りなさい、ロビン。今は……まあまあね。

誰かお客さんが来たの?」


「うん、その……」


口ごもるロビンに、私は玄関先から声をかけた。


「失礼します、私はマリーゼ・フランメルと申します。

旅行中なのですが、誤ってロビン君に怪我を負わせてしまいまして。

彼を病院に連れて行こうとしたら、お母様も具合が悪いと伺ったので、よろしければ一緒に病院にお連れしたいのですが」


「……え?」


ロビンの母親は、返事に困っているようだ。

確かに、初対面の人間が急に家に来て、病院に連れて行くと言いだしたら、怪しまれてもおかしくない。

ロビンがそれを否定するように声を被せた。


「お母さん、この人はイイ人だよ。だって、僕、本当は……」


「あの、もし良かったら、病状だけでもお聞かせ願えませんか?

病院がダメなら、何か薬だけでも買ってきますわ」


私からも重ねて言うと、彼女からは申し訳なさそうな返事が返ってきた。


「ごめんなさい、私、病院に行っても治るような気がしませんの。

しばらく休めば、そのうち動けるようになると思いますので……」


「ちょっと待ってください。今そちらに伺いますわ」




***



私が寝室に行くと、ロビンのお母さんは生気の薄れた顔で、ベッドに横たわっていた。


「ちょっと額に触れますが、よろしいかしら?」


「あ、はい」


戸惑いながら目を閉じた彼女の額に、そっと手を載せた。確かに熱がある。でも、何か違和感があった。

身体が病気と闘って、発熱していると言うよりも、何かに体温を奪われ続けてるような感じ。


彼女の内にある、魂の姿を見つめると、あちこちに傷があって、そこから力を失っているように見える。

私は額に載せた掌から、ゆっくりと霊力を送った。少しずつ、彼女の魂の傷を塞いでいく。


「お母さん!」


ロビンが心配そうに呼び掛けた直後、彼女が目を開いた。さっきまでとは違い、表情がかなり和らいでいる。


「何だか、すごく楽になったわ……」


「あの、お母様。失礼ですが、あなたはかなり霊感が強い方ではありませんか?

あなたは病気ではなく、霊障に当てられた状態でした。

霊感の強い人が、悪い霊や悪心の強い人物の近くにいると、強い霊波動で気持ちが悪くなってしまうことがあります。

何か心当たりはありませんか?」


「そういえば……一週間くらい前、ロビンと一緒に首都まで買い出しに行ったんです。

でも人混みでこの子とはぐれてしまって。

そしたらちょっと離れた場所に、息子と同じような背格好の、茶髪でそばかすの子が見えたんです。

てっきり息子だと思って傍まで行ったら別人だったんですが、そこから急に気分が悪くなって……」


彼女が言うには、間違えた相手は息子より線が細く、中性っぽい感じだったという。


……まさか、シェアリア?

霊じゃなく生きているのに、他人に霊障を与えるほどの悪い気を発する人間なんて、滅多にいない。

だけど、いくら何でも男装までするだろうか……

いや、もしシェアリアじゃなかったとしても、そこまで波動が悪い人を放置しても大丈夫だろうか……


私は彼女から、少年の特徴を覚えている限り聞き出して、メモをした。


「ありがとうございます。

……あの、それで、もしご迷惑でなかったら、消毒薬と包帯はありますか?」


「え?」


「あの、病院に行くほどじゃないのですが、やはりロビン君の怪我も手当したいので……」


親子は顔を見合わせて、きょとんとしたものの、自分で薬箱を取ってきてくれたロビン。

彼をベッドの脇の椅子に座らせると、二の腕の擦り傷を消毒して、丁寧に包帯を巻いた。


「それじゃ、もしも何かありましたら、こちらに連絡を下さいね」


彼らにマリーゼ邸主としての自分の名刺を渡す。

名刺は以前、アールが使うのを見て真似して作ってみた物だが、連絡手段を教えるのに重宝している。


繰り返しお礼を言う親子に別れを告げると、私は笑顔でその場を後にした。




***




馬車に戻った私は、早速、ジェームスにさっきの出来事を説明する。


「悪い波長を放つ人物ですか……」


「シェアリアかどうかは分からないけど、放っておくとロクなことにならない気がするのよね」


「でしたらまずは首都まで行って、長期の宿を確保しましょう。

そして探偵を雇うのです。人探しに長けた者に任せた方が効率がいいはず。

私は一応帝国出身ですが、マリーゼ様は土地勘がありません。

今用意できるシェアリアの資料と、その少年の特徴を伝えて、双方調査してもらいます」


「探偵と言われても、心当たりが……」


「お任せ下さい。

出発前に、帝国で名の知れた私立探偵の住所氏名と評判を、リストアップしておきました。

どちらにせよ現地で必要になると思いましたからね」


「助かるわ! 今回はジェームスと一緒に来て良かった!」


彼の冷静さ、周到さは本当にありがたい。

神様にお祈りするみたいに、胸の前で両手を組んで彼にお礼を言うが、ジェームスは顔色を変えずにさらりと返す。


「煽てても何も出ませんよ。

この旅ではかなり散財しそうですから、帰宅したらしっかり働いていただきますからね?」


「は、はーい……」




とりあえず、首都に行ってからの方針は決まった。

『私立探偵』ね……

前世を含めても、初めて会う人種だわ。

いい仕事をしてくれる人に当たるといいんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る