第十二話 貴族院裁判、開廷
いよいよ迎えた、裁判当日。
スレア伯爵邸にはアニーが留守番として残り、私はジョンとジェームスを従えて、これから裁判所に赴くところだ。
屋敷の玄関前で、私と姿を消したジェームスが馬車に乗り込んだ。
ジョンは完全に姿を現して、生きている人間と変わらない見た目になり、御者を務める。馬は少し怯えているけれど、慣れてもらうしかない。
「どうか、お気を付けて。私は皆様のいない間に、屋敷の掃除でもしておきます」
アニーが微笑みながら私達を見上げる。
「心配しないで、優秀な参謀も一緒だから。きっと良い報せを持って帰ってくるわ。そうでしょ?」
私がチラリと馬車の中のジェームスに目をやった。
「もちろんですとも、奥様」
街並みを抜け、半刻ほど馬車を走らせると、王城からさほど離れていない場所に白亜の建物が現れた。
この国の貴族院裁判所、本日の舞台だ。
法廷の大扉の左右に立つ、厳めしい顔つきの騎士が私の顔と名を確かめ、扉を開いた。
敢えて背を丸め、弱弱しい風情を漂わせながら入廷した私は、おずおずと指定された傍聴席へと向かう。
私の真後ろには、ジェームスが姿を消したまま付いて来ている。
正面奥の中央には裁判長、その左右に陪席裁判官。三人ともすでに着席済だ。
その手前、向かって右には検事が一人と、高位貴族の陪審員が三人座っている。
左側の弁護士席と被告席には、まだ誰もいなかった。
傍聴席の通路を挟んだ反対側に、私の父と兄、兄嫁からなるフラン子爵家の人間が着席しており、しきりにこちらを気にしていたが、視線を合わせないようにした。
私が着席して十五分ほど経った頃、ハリーが一人で法廷に現れた。
弁護士は付き添っていない。
ほんの一週間ちょっと会わなかっただけなのに、夫は薄汚れた格好で、瞳に生気がなく、頬がこけ、無精ひげだらけで、一瞬誰なのか分からなかった。
陪席裁判官の一人がハリーに声を掛ける。
「弁護士は同行していないのか?」
「弁護士は……いません」
彼は虚ろな目つきで答えた。
ハア……と、一つ溜息を吐いた陪席裁判官は、声を張り上げた。
「それでは只今より、スレア伯爵家における殺人事件の裁判を執り行う」
検事がハリーの罪状を述べる。
「ハリー・スレア伯爵、及びその愛人シェアリアと名乗る女性が、屋敷の使用人三人と、スレア領内の医師を殺害。
マリーゼ夫人には、ハリー被告を受取人とした生命保険を掛けて、殺害を目論み、階段から突き落とすなどした。
……以上、間違いないな?」
ハリーの目に驚きと焦りが入り混じる。
「い、異議あり、です!
私がやったのは、マリーゼに保険を掛けて、自分を受取人にしたことだけです!
使用人が三人も殺されているなんて、たった今、知りました! 本当です!
全て、シェアリアがやったことです!」
検事は表情を変えずに答えた。
「愛人と共謀し、本人に秘密で保険金を掛け、自分を受取人にした。しかもその後、愛人が夫人を階段から突き落としているだろう。それはすなわち夫人を殺害する意思があったからではないのか?」
「そ、それは……」
「しかも被害者の一人、ライナス・ハンター医師の診断書によると、夫人には階段の一件以前にできたと思われる多数の古傷や、貴族とは思えぬ栄養失調状態にあったとの記述がある。虐待があったのは、誰の目にも明らかだ」
「マリーゼに関してはそうですが……他は私の意志じゃありません」
その後、スレア邸の捜索を行った騎士が、証人席に立った。
「スレア伯爵邸の庭園にある、愛人以外立ち入り禁止となっていた温室の床下から、男女三人の死体が発見されました。かつ、その温室で育てられていた植物からは、殺傷性のある毒を含んだものと、幻覚性の毒を持つものの二種類が発見されています」
「そんな……そんなの……本当に知らなくて……」
ハリーは、子供のように泣きじゃくり始めた。
傍聴席で隣に座っていたジェームスが、声に出さずに私に耳打ちしてきた。
(確かに私達三人を殺したのは、シェアリアの独断でしょう。
それに関してあなたがどう証言するかは、お任せします)
陪席裁判官が、再び声を上げた。
「被告人質問を終了します。では、マリーゼ・スレア夫人、証人台へ」
私は無言で証人台の前に立つと、周囲に一礼した。
「私は結婚当時から、スレア家で虐待を受けていました」
まともな食事も与えられず、白い結婚とされてきたこと。
夫、愛人のみならず使用人にまで虐げられたこと。
伯爵家の領地経営に関する事務雑務を押し付けられていたこと。
社交でも常に恥をかかされたこと。
「その上で一つ言えるのは……
夫、ハリーは私に対しては常日頃から暴力を振るっており、明らかに殺す意思がありました。
しかし、三人の使用人の殺害には関与していないと思います。
おそらく、ライナス・ハンター先生に関しても……です。
愛人だったシェアリアの独断だったと思います」
「スレア夫人、そうなのですか?」
「はい、私からの視点では、そうです」
ハリーが泣くのを止め、目を見開き、こちらを振り向く。
「ただ、夫があの愛人をスレア家に引き入れたことで、多くの人が命を落とすきっかけを作りました。
それが許せません。以上です」
私は夫に背を向け、傍聴席に戻った。
席に着くとジェームスが、目尻を赤くして私に頭を下げた。
(奥様、申し訳ありません。決断を任せるようなことをしてしまって……)
(あなたはずっと勤めたスレア家に、思い入れがあったのでしょう?
それに、法廷は真実を明らかにする場よ。わざわざ嘘はつけないもの。
ハリーには、犯した罪相応の罰を受けてもらうわ)
あんなにひねくれた魂なのに、泣きながら使用人の殺人に関する無実を訴えた時に、ヒュッとねじれが消えたのだ。
一応、彼が殺すつもりでいたのは私だけで間違いない。
いっそ、全ての件でシェアリアと共謀してくれていたら、もっと恨みを晴らせたのに……
その後、粛々と裁判は進行し、あとは陪審員と裁判官とで採決を話し合い、判決を言い渡すのみとなった。
「では、一旦、閉廷とす……」
陪席裁判官がそう言いかけたところで、挙手して席から立ち上がった者が、二人いた。
「お待ちください! 皆様方の話し合いの前に、お話ししたいことがあります!」
「待ってください! 私から一つ、話しがあります!」
私と、私の実父、フラン子爵だった。
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