第5話警察署の相談係

事は一旦収束したように思えていた。

俺だってそう思っていたし南翠もそう感じていたことだろう。

しかし…。

「この間、記者の人が私のもとに来て謝罪の言葉を録音したんだけど…その録音データもらった?」

ある日の夜のことだった。

南翠からチャットが届き俺は返事をすることになる。

「もらったよ。メンバー限定で謝罪してもらったことを話したし。ファンの皆も納得してくれたよ。それがどうしたの?」

「いや…じゃあもう慎吾のファンの仕業じゃないのかな…」

「ん?まだ何か身の回りで起こっているの?」

「そうなの。未だに監視は続いているみたいだし…引っ越したばかりなのに住所を特定されているみたいで…ポストに奇妙な物を入れられたりして…怖い思いしているの…」

「奇妙なもの?」

「うん…嫌がらせの類だと思うんだけど…気味の悪いものがいくつも入れられてて…文字に起こすのも悍ましいから言わないけど…」

「そっか。全部ちゃんと捨ててる?間違っても家の中に入れたりしていない?」

「うん。ポストを開けてそれが入っていたらマンションのゴミ箱にすぐに捨てるようにしている」

「そう。警察に相談しに行った?」

「行ったんだけど…またあなたですか…みたいな態度で話もろくに聞いてもらえなくて…」

「え?そんな事あるの?だって証拠となりえるものがあるのに?写真撮ったりしなかったの?」

「もちろん撮ったよ。それを見せても…子供のイタズラかなにかでしょ。みたいな感じで終わったんだよね…」

「それは酷いね。何でまともに取り合ってもらえないんだろうね。不思議で仕方ないなぁ…」

「わからない。どうしたら良いかな…」

「俺も一緒に行ってあげようか?友人って体で」

「良いの!?慎吾にあれだけ酷いことしたのに…」

「良いよ。俺も同じ様に酷いことしたと思うし…」

「そんなことは…ファンが勝手に怒っただけでしょ?」

「そうかもだけど…一応の責任は感じているし」

「じゃあ…一緒に行ってくれる?」

「良いよ。いつ行こうか?」

「今日は?すぐにでも行きたい…」

「分かった。支度するから目的地で落ち合おう。住所送っておいて」

「うん。すぐに送るね」

そこで連絡のやり取りを終えると俺は支度を整えてスマホに送られてきた住所を確認すると車に乗り込んで目的地の警察署に向かうのであった。



警察署の駐車場に車を停めると正面玄関で待っていた南翠と合流した。

「久しぶり。画面では観ていたけど…大人っぽくなったね」

「そう?南も同じ様に大人っぽくなったじゃん」

「まぁね。早速一緒に来てくれる?」

「うん。何が出来るか…分からないけれど」

そうして俺と南翠は揃って警察署の相談係に話をしに行く。

相談所に入ると美しく人懐っこそうな女性警察官が対応してくれる。

「こんばんは。再び相談ですね。今度は恋人もご一緒ですか?」

「恋人じゃないです。友人なんですが…一緒に来てもらおうと思って」

「南さん。あのですね。あなたが心配されている事は全て犯罪行為で引っ張れる案件じゃないんですよ。殆どがイタズラの範囲を越えないんです。それをいくら相談されましても…警察だって何も出来ません。それはこの間、話したときにも言いましたよね?」

「聞きましたけど…でもこれは犯罪じゃないんですか?」

南翠は写真をスマホの画面に表示させて女性警察官に見せる。

「だから。これだってイタズラですよ。これぐらいのことはよくある話ですから。いちいち気にしていたら身が持たないですよ。気にしないのが一番です」

「でも…」

「とりあえず友人の方と二人で話をさせてもらってもいいですか?南さんが第三者の目線ではどの様な人物なのか知りたいですし」

「構いませんけど…」

「じゃあ南さんは一度退室してもらってもいいですか?」

南翠はそれに了承するように頷くとそのまま相談所を退室していく。

代わりに椅子に腰掛けた俺は女性警察官と対面することになる。

「こんばんは。お名前よろしいですか?」

「深沢慎吾と申します」

「はい。深沢さんから見て南さんはどの様な人物ですか?」

「う〜ん。トラブルに巻き込まれやすい体質だとは思いますよ」

「ですよね。それは彼女の人柄故ですか?それとも勘違いされやすいとか?」

「まぁ性格に少し問題あるので」

「なるほど。では彼女自身が巻き起こした出来事だと思いますか?」

「そうですね。そうは思いますけど…一応被害者でもあると思いますよ」

俺はよく考えて会話をしていたつもりだったのだが対面に座る女性警察官は少しだけ顔色を変えた。

「被害者?本当にそう思うんですか?」

「えっと…?何か気に障りましたか?」

「いえ…少し取り乱しました。気にしないでください」

「そうですか…」

「でもまぁ。警察が動けないのは確かですよ。本格的に事件性を帯びたら動かざるを得ないですが…」

「わかりました。南にも注意して過ごすように伝えておきます」

「そうですね。事件に発展しなければいいですが」

それに頷いて席を立とうとすると眼の前の女性警察官は俺に向けてこんな言葉を残した。

「私も…麒麟ですよ」

その言葉を耳にして俺はバッと後ろを振り返った。

麒麟とは麒麟児のガチ恋勢の総称である。

眼の前の女性警察官は俺の存在に気付いていたのだ。

麒麟の彼女であれば南翠の存在を知っていても可笑しくない。

「えっと…だから相談をろくに受けないんですか?」

「そんなわけ無いですよ。ちゃんとした事件なら取り扱います。でも冷たい態度で接しているのは確かですよ。麒麟児を傷つけたんですから当然です」

「そう…ですか。わかりました。覚えておきます」

「はい。次のメン限配信も楽しみにしていますね。私のことは話さないでもらえると助かります」

「了解です。俺がここに来たことも内緒にしてくれますか?」

「はい。もちろんそれは分かっています」

「良かった。じゃあまた…」

配信で。

そう言おうとした所で目の前の女性警察官は手を前に出して俺の言葉を制した。

「その代わり。今度私とデートしてください。それが条件です」

眼の前の女性警察官はスマホを取り出すと俺に催促する様な視線を送ってくる。

きっと連絡先を交換しろと言っているのだろう。

確かに俺が南翠と一緒に警察署に相談に来たことがファンにバレたら大変なことになりそうだ。

炎上することは確かだ。

それを理解した俺はスマホを取り出して彼女と連絡先を交換する。

「新道みこ と言います。どうぞよろしく」

「はい。ではまた今度」

「勤務が終わりましたら連絡します」

それに頷くと俺は外で待っている南翠を車に乗せて帰路に就く。

「どんな話をしたの?」

「まぁ南の人間性を問われたって感じだよ」

「そう。なんて答えたの?」

「別に。何も問題は無いって話したぐらいだよ」

「そっか。でもなんかあの女性警察官…冷たくない?」

「あんなものだろ。過酷な労働をしている人って冷たく感じるものだし」

「それもそうか。今日は一緒に来てくれてありがとうね」

「これぐらいなら。なんてこと無いよ」

「本当にありがとう」

そうして俺は南翠を家まで送り届けると帰宅する。

翌日の早朝に新道みこから連絡が届き後日デートすることは決定するのであった。

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