第30話
ジークフリート様は女性にとおっても人気があるの。
眉目秀麗にして高身長、話しぶりは知性的で、ユーモアにも富んでる。表向きはフェミニストだから、夢見がちなご令嬢は目が合うだけで、うっとりしちゃうわけ。
縁談もたびたび舞い込んできた。
けど、ジーク様は『結婚はカレードウルフ共和国を立てなおしてから』と突っぱね、日夜ご政務に尽力していらっしゃるのよ。まあ、素敵……!
そんな共和国のスーパーエリートが、今朝はベッドの上で悩乱してた。
「な……なんてことだ」
両手で頭を抱え、この世の終わりだと嘆き悲しむ。
「オディールに『OK』をもらっておいて、先に寝てしまうとは~っ!」
そーいうこと。
本当にお背中を流してあげるつもりだったのよ、私も。……だけど、ジーク様がお休みになってたんだもの。無理やり起こしちゃ、メイド失格でしょ。
「早く朝ご飯をお召しあがりください」
「それどころじゃないよ!」
ジーク様は四つん這いのポーズで地団駄を踏む。
「そうさ、僕は罪人だ。デスゲームに乗じて口説けば、難攻不落の君も落とせるんじゃないかと……期待した! 浅はかな男なんだよ、僕は……でもね?」
「でも、なんです?」
「男は求めてしまう生き物なのさ。主よ……どうか、僕にもう一度チャンスを!」
くだらない願い事で神様を困らせないで欲しいわ。
何かで埋めあわせしないと、根に持たれちゃいそうね……はあ。
ご主人様を宥めつつ、私はてきぱきと支度を済ませる。メイドのお仕事も板についてきたわね、これだけは殺し屋の頃から格段にレベルアップしてた。
三十分後にはメインホールに全員が集合する。
時計の針は朝の八時を指してるけど、窓の外で暗黒の夜が明けることはなかった。
クロウが不謹慎な冗談を呟く。
「人数が減ってはいないか? フッ」
私とジーク様、クロウと船員たち、マキューシオとロベルト……。
シモンズ夫妻とカチュア婦人、侍女も全員揃ってるわね。
ジーク様が颯爽と歩み出て、白い歯を光らせた。
「いたずらに不安を煽るものではないよ、クローディス。レディーもいるんだからね」
初心なメイドたちは頬を赤らめる。
「ご主人様、タバサ様にもご挨拶なさいませんと」
そう勧めながら、私はジーク様の足を思いきり踏んでやった。
「てっ? ……酷いじゃないか、オディール」
「いかがなさいましたか?」
色男の顔立ちも歪む。
とりあえず、私とジーク様は充分に体力を回復できたわ。でも、ほかのプレイヤーはさすがに眠れなかったようで、昨夜の疲れを引きずってる。
クロウも妹のことが心配でたまらないはずよ。
「一晩、考えてみたんだが……」
やっぱりね。その割に顔色はさほど悪くなかった。
「デスゲームが終わったとして、エックスが人質を解放するとしよう。本当にテレーズが助かるのなら……ひとつの可能性が出てくる。わかるな? ジークフリート」
「……確かに」
ジーク様も声を小さくして、相槌を打つ。
「この『地獄』とやらを脱出する方法が、あるってことさ」
あくまで仮定の話よ。エックスの言葉通りに解放されるとすれば、観客(人質)は死なずに帰れるってこと。エックス自身もこんなところで自滅したくはないでしょうから、アンティノラ号で現世の海ないし陸に戻ることは、できるんだわ。
「彼の居場所がわかればね」
「シリウスが捜してくれてるわよ、きっと」
言い換えれば、エックスはいつでも私たちを捨てて逃げちゃえるわけ。
しばらくは従順なふりに徹して、デスゲームに参加するほうがよさそうね。
「やつらには気を許すなよ? じゃあな」
クロウは踵を返し、部下の律儀な挨拶に応じる。
少し離れたところでは、マキューシオとロベルトが何やら相談してた。生き残るため、じゃない……勝つためのミーティングでしょうね、多分。
メインホールの照明が落ち、スクリーンにエックスの奇抜な仮面が浮かびあがる。
『おはようございます、みなさま! 昨夜はよくお眠りで?』
「そのせいで僕は……まあいい。とっとと本戦を始めようじゃないか」
重厚な鐘の音が鳴り響いた。
『では、これより一回戦の幕開けです!』
エックスの周りでバニーガールたちが紙吹雪を散らす。
後ろの牢屋にはテレーズを始め、子どもたちが閉じ込められていた。酷く怯え、エックスに仮面越しに睨まれただけで、びくっと竦む。
『おっと、この子たちには一切、危害を加えておりませんとも。ただ、僕は嫌われてしまったようでして……お恥ずかしい次第でございます』
向こうからもこっちが見えてるんだとしたら……昨夜の惨劇を、全部?
それ以前にこうやって監禁してるだけで、『危害』じゃないの。
スクリーンの中からエックスが私たちを一瞥した。
『と……本戦に入る前にひとつ、確認しておかなくてはなりませんね。フフフ』
彼の右手がぱちんと音を鳴らすとともに、カチュア女史の陣営が異変に見舞われる。
「ひっ? あぐ……うぅう!」
「ど、どうひて? やめ……くっ、息が……!」
侍女らのうち四人が首に縄を掛けられ、吊りあげられそうになったの。かろうじて爪先立ち、必死の形相で気道を確保する。
もともとカチュアの専属らしいメイドのキトリだけは、責め苦を免れた。
「や……やめて! エックスさん、なぜこんなことを?」
ロープなんて、どこから……? エックスの『手品』は私にも理解が及ばない。
エックスは陽気な仮面で笑みをひた隠す。
『ルールを思い出してください。主人と使用人は一心同体……ですが、そちらの主人どもは彼女らを見捨てて、逃げてしまったではありませんか。もっとも……おかげで、あんなボートに乗らずに済んだわけですが』
スクリーンの映像が真っ黒な海に切り替わった。
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