第9話

 やがてディナーも出揃い、使用人以外の全員が席に着く。

 もちろん私はジーク様のお傍に控えてた。メイドの食事はまだ先よ。

「ハッハッハ! ジークフリート様、よくご存じで」

「いえいえ……僕などまだまだです」

 軽く談笑しながら、ジーク様は厚切りのステーキを口に運ぶ。

 テーブルマナーは百点満点、今夜も一段と輝いてた。贔屓目もあるかもしれないけど、ジークフリート様は誰よりも気品に溢れていらっしゃるわ。

 これで兄さんと同等のスケベじゃなかったら……。

 そして、私はこの時間が好き。

 兄さんは『主人だけ食べてんの見て、アホらしくないのか?』って言うわ。でも、この時が一番、メイドとしての私を実感できるの。

 ご主人様のお食事を静かに見守ること。

 グラスが空いたら、適度に注いで差しあげること。

 ただ……十八の私にはまだ、背伸びしたって『できないこと』がある。

 侍女に声を掛けられ、相席のカチュア婦人はにこやかに笑った。

「そろそろデザートでございますから、爽やかなブランデーになさいませんか?」

「そうねえ……ふふっ。いただくわ」

 肴に合わせてお酒を選ぶって感覚が、わからないのよ。

 ジーク様はワインがお好きだから、少しは勉強もした。肉料理は赤ワインで、魚料理は白ワインのほうがいいってことは、知ってる。

 だけど、実際に飲んで、味わったわけじゃないから。仮に未成年の私がそんなことをしたら、ジーク様が監督責任を問われる羽目になるでしょ?

 ふとジーク様が手を止めた。

「ちょっと飲みすぎたみたいでね、失礼。オディール、少し出ようか」

「……あ、はい」

 ご主人様と一緒に私もパーティー会場を抜け、アンティノラ号のデッキに出る。

 夜の海は真っ黒で怖かった。でも、私たちの上には満天の星空。夏の暑さも夜はいくらかましで、風はふんだんに潮の香りがする。

 ジーク様は背中で柵にもたれながら、星空を仰いだ。

「ふう……自分のペースで飲めないのはつらいね。僕も強くはないからさ」

「ご主人様が酔い潰れたところなんて、見たことありません」

「君のそれ、ロットバルトと比べて言ってないかい?」

 兄さんは一口でも飲んだら、まるで殺人事件みたいに倒れるものね。

 月光のもとで穏やかな笑みが浮かびあがる。

「でも実にいい気分だ。こんなことを言っては、薄情かもしれないけど……僕はさっきのような会食の席が好きなんだ。君のことが自慢に思えるからね」

 メイドの私はきょとんとした。

「……私を、ですか?」

「ああ。ほかの誰よりも主人を真剣に見守り、ずっと待ち侘びていたように、僕の言いつけを聞いてくれる……君こそ、最高のメイドさ」

 ジーク様と私、ご主人様とメイド。

 それはもう単なる雇用関係じゃなかった。かといって男女の関係とも言いきれない。

「あの城で始めて君に出会った時、口説いて正解だったよ」

「私も口説かれて、正解でした」

 私はご主人様のお傍に控え、真夏の星空を眺める。

 戦争の間はこうして見上げることもなかったわね、お星様なんて……。

「明日はプールで遊ぼうか、一緒に」

「それとこれとは話が別ですよ。ご主人様」

「……つれないなあ」

 流れ星が願いを叶えてくれるのなら、どうか。

 この素敵で世話の焼ける、最高のご主人様と一緒に、いつまでも。


      Love and Abyss 6 ~Death Game Clewes~

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