第446話 【晴天霹靂】奈落へ



 その報せは……八月も下旬のある日の晩に、突如として舞い込んできた。



 そのときおれは、おべんきょうを経て新たなレパートリーを身に付けた霧衣きりえちゃんのお料理シーンを、カメラ片手にガン見していたところだった。

 おれの好物の『はんばーぐ』を作ってくれるという彼女の申し出に、軽くテンションが振りきれていたおれだったのだが……突如けたたましい着信音を鳴り響かせるスマホに一瞬眉をひそめ、直後その画面に映し出された発信者の名前を認識し、瞬時に気を引き締め直す。



『――――夜分に大変申し訳』


「お疲れ様です春日井室長。ですか」


『ッ、…………三恵みえ南神々見みなみかがみ町、岸川工業団地です』


(ラニごめん、緊急。神々見かがみ行きの【門】おねがい)


「オッケー! 呼ばれて飛び出て……我は紡ぐメイプライグス繋門フラグスディル】!!」



 心配そうにこちらを見つめる霧衣きりえちゃんをなだめ、引き続き晩ごはんの支度を進めておくようにお願いする。

 こうすることでおれのやる気が限界突破するので、副業おしごとのモチベーションと効率が跳ね上がるのだ。


 おれと同じように霧衣きりえちゃんのお料理シーンを観察していたなつめちゃんは、おれのただならぬ気配を感じ取ってか既に臨戦態勢を整えてくれていたが……彼女には申し訳ないが、今日はお留守番をしてもらおうと考えている。

 場所が場所なだけに、おそらく朽羅くちらちゃん(と彼女越しのアラマツリさん)のほうが土地勘もあるだろうし……なによりも。



霧衣きりえちゃん一人ぼっちだと、ちょっと不安だから……なつめちゃんには霧衣きりえちゃんに着いてて欲しいんだ。……お願いできる?」


「にぅ………………我輩が力不足だから、では……ないのだな? 子兎めに我輩が劣っているわけではないのだな?」


「もちろん。大切な霧衣きりえちゃんを守ってもらいたいんだから……こんなの、おれが心の底から信頼できるなつめちゃんにしか頼めない」


「…………に。承った。…………わかめどのを頼むぞ、朽羅クチラ


「お任せくださいませ。小生の誇りに懸けて」




 実際のところは、霧衣きりえちゃんが襲撃を受ける危険はほぼ無い。護衛として天繰てぐりさんや『カラス』のお三方も居るのだ。

 こういうときのために詰所だって(『おにわ部』が)用意したし、霧衣きりえちゃんの術はもともと防衛向きだ。こと守りに限っていえば、並外れた堅牢さを誇るだろう。


 そこに加えて……いかなるときでも落ち着いているなつめちゃんが着いていてくれれば、霧衣きりえちゃんの不安も大幅に解消されることだろう。

 なつめちゃん(およびなつめにゃん)のもたらす癒し効果は、それはもう半端無い。おれが保証する。




 というわけで、オウチのことは心配いらない。おれたちは副業おしごとに専念する。

 おれとラニと朽羅くちらちゃん……この三人のみでの出撃は初めてだが、いよいよ手が足りなくなったらラニに応援を呼び寄せてもらえばいい。


 神々見かがみ境内に開かれた【門】から飛び出て、おれは即座に【隠蔽】と【浮遊】を展開。静謐で重厚で荘厳な雰囲気を纏う森を飛び出し、南の方角へとかっ飛んでいく。



「お待たせしました春日井室長。現在神々見かがみ神宮内宮です。詳細お願いします」


『は!? ……っ、失礼しました。現状報告を読み上げます。『一七四五17時45分頃、岸川工業団地内『神々見かがみバイオマテリアル(株)』にて大規模爆発事故が発生。怪我人の有無は不明。火災および周囲への延焼あり。現地消防に通達、消防・救急車輌急行中。なお現場付近にて』……以上です』


「わかりました。……こちらでも黒煙を確認しました」


『えっ!? ……あぁ、なるほど。空からですか』


「ですです。コッチの火災は我々で消しますんで……『空飛ぶエルフ』の目撃情報とか出回っちゃったら、そのときはちゃんとそちらでをお願いしますよ?」


『お任せ下さい。……お気をつけて』


「ありがとうございます」




 初めての空中散歩によって泣きそうな感情を迸らせている朽羅くちらちゃん(※幸いまだしていない)の、小柄で華奢ながらちゃんと『おんなのこ』してる肢体と荒い吐息を堪能しながら、おれは遠く黒煙を上げる山の一角へと全速力で空をかける。

 境内に出たのにヨミさまに挨拶もせず飛び出てきちゃったけど……緊急事態だから仕方がない。たぶん朽羅くちらちゃんを介してだろうし、終わってから改めて頭下げにいけばいい。

 ……まぁ、そのために朽羅くちらちゃんを連れてきたわけだけども。


 夜空を駆けるおれたちはぐんぐんと黒煙の発生源に近づいていき、やがてチラチラと赤い炎が見られるようになってくる。幸いというべきだろうか、事故の現場は山中に拓かれた工業団地のようであり、住宅地や市街地からはそれなりに離れている。

 しかしながら……やはりというか案の定というべきか、周囲の大気中の魔力濃度が一気に上がっていくのを感じる。

 おれにとっては多少やりやすくなるけども……それは決して、メリットばかりではない。



「ノワも気づいた? あれはどうやら……ただの爆発じゃない」


「たぶん、レウケポプラの魔力を使った……大気中に溶け出た魔力に、直接『爆発する』ことを強制したもの。その目的はおそらく……」


「そうだね。魔力の広域拡散……レウケポプラの栽培によって貯めに貯めた高濃度の魔力を、魔力そのものの爆発に乗せて広く広く拡げるための」


「…………本当にもう! やりたい放題だなぁもう!!」




 春日井さん情報によれば、『神々見かがみバイオマテリアル(株)』はレウケポプラの栽培プラントであるという。

 扱うものは主として、植物であるはずのレウケポプラと水。……であればなおさら、爆発事故なんて起こり得ない。空調や発電機器の不備だとしても、建屋が吹き飛ぶなんて在り得ない。


 なによりも……この魔力の匂い。

 恐らくは魔力そのものを一部炸裂させて指向性を附与し、空間中の魔力を波に乗せて遠くへと拡散させる。……そのための、人為的な爆発。


 であれば、容疑者はおのずと絞られてくる。




 一気に高度を下げ、炎上を続ける工場建屋……おそらくは全天候型レウケポプラ培養施設だったものへと肉薄し、【探知】魔法を行使して生命反応を探し出す。

 さっきの春日井室長からの報告では、『怪我人の数は不明』と言っていた。当然『居ない』とは言っていないし、日頃から人の詰めている施設でこの規模の災害が起きて『居ない』はずがない。




『ボクはコッチ捜してくる』


「頼んだ。おれは火消す」


「ひぇっ……ひぇぇ…………」



 自身と朽羅くちらちゃんに【炎耐性・大】と【情報隠蔽】を掛けながら、手当たり次第に【流水】を叩き込んで炎の勢いを殺していく。

 一方で全身鎧を身に纏った勇者ラニは、おれたちと一時別れて逃げ遅れたひとの救助に向かう。


 工場従業員のほとんどは屋外に避難していたが、屋上や上層フロアには幾らかの生命反応が感知できる。崩れ掛けた壁をぶち破りながら退路を切り開き、勇者ラニはてきぱきと彼ら彼女らを救出していく。



 やがて、おれがあらかた消火を完了させた頃、上層フロアの救助活動に向かっていた勇者ラニが戻ってきた。再度【探知】を行い確認してみたが……どうやら逃げ遅れたひとは、全員屋外に避難できたようだ。

 真っ黒の瓦礫だらけとなった工場跡地には……他にもうは見られない。





「……朽羅くちらちゃん大丈夫? ……お願いできる?」


「んぐぅ……っ、…………問題、ございませぬ」


「…………ごめん、辛いもの見せた」


「……ご主人殿が謝る必要など、とんと御座いませぬ。小生は誇り高き神々見カガミの御遣いなれば……何時いつ如何いかなるときでも、己が為すべきことを為すまでに御座います……ッ!」




 可愛らしい顔を蒼白に染め、恐怖と後悔と悲嘆の感情に苛まれながらも。


 しかしそれでも並々ならぬ決意を湛え、自らの足で踏ん張り姿勢を整え……彼女は望まれた役割を全うする。




「――――通りませ、通りませ。我が身しるべに……うつしませ」



 彼女の目と耳は、周囲の情報を『主』へと送り。

 彼女と魂で繋がった、彼女が全幅の信頼を寄せる『主』は……彼女の身体を介し、その超常たる術を行使する。




「――――いざないませ。【隔世カクリヨ・遷式】」




 遠く離れた『主』と、おそらくは全く同じタイミング・同じ声色で、彼女の唇が祝詞を紡ぐ。


 遠く離れた『主』の手による、超大規模な【隔世カクリヨ】の術が……この災害からの生存者を弾き出し、おれたちとのみを別位相へと引きずり込む。




(……すごいね、クチラちゃん。いや、アラマツリさんか? ……どっちもか)


(あとでちゃんとお礼いわないとね。どっちも)




 白亜の全身鎧に身を包んだ勇者ラニと、存在隠蔽魔法の付与されたローブを纏う正体不明の魔法使いおれ

 左手には弓を握り、腰には短杖を吊り……相棒は剣盾を携え、二人とも最初からる気満々の臨戦態勢だ。


 もう許さない。逃がすわけにはいかない。絶対にここで止めなきゃならない。

 あの子のような幼げな少女に手荒な真似をするのは、正直いって気が引けるが……今更そんな悠長なことは言っていられない。



 今回の惨状は。この悲劇は。この犠牲は。

 これまで何だかんだと理由を付けて、あの子に強く出られなかったおれたちの……そんな優柔不断さが引き起こした結果でもあるのだから。



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