第295話 【第三関門】抵抗は無意味だ



「そんでな、今日の夜やねんけど……とりあえず【Sea'sシーズ】の面々に声掛けて、翠樹苑予約しとってん」


「ぅん! うちも知っとるー」


「せやなーよう覚えとったなークロ偉いでー」


「んふふゥー」



 ほうれん草が練り込まれた幅広の生パスタに、バジルと松の実とチーズをふんだんに効かせたオイルソースが絡まった、見た目からして緑一色な逸品……確か『フェットチーネ・コン・スピナーチ・ジェノベーゼ』とか言ってた気がする。めっちゃ強そう。

 そんな本人いわく『のわっちゃん色』なパスタをお上品に口へ運びながら、うにさんが切り出した『今晩の予定』……そこにくろさんが同調し、仲睦まじい同期生同士のこれまたてぇてぇ絡みが披露される。


 うにさんに撫でられ、目と口を弓なりにして歓喜の表情を露にしているくろさんは、厚切りベーコンとフレッシュトマトが豪快に挟まったBLTサンドをパクついている。霧衣ちゃんうちのこを気に掛けて世話を焼いてくれる、マイペースだが面倒見の良いお姉さんだ。



「……ぼくとしては、できればご一緒したいところなんですけど…………あの、えっと……海月ミヅキさんが……」


「う、うん…………そこんとこは……正直マジでごめんな。……まさかミルがんなっとるとは思わんかったし……」


「あははは……そこはまぁ、仕方ないですよ。誰だって予想できないでしょ」


「いや、でもな……ミルの意見、ちっとも聞かずに決めてもうたやろ。……酷いことしたよな……ほんまごめんな」


「大丈夫です。……おかげで、みなさんに打ち明ける踏ん切りがつきましたし」


「ミル…………堪忍な。うちらが全力で守ったるからな……!」


「うにさん…………!」



 同じパスタ系統の料理を選ぶあたり、やっぱりこの二人は良いコンビなのかもしれない。緑一色のうにさんとは異なり、白いクリームベースに卵黄が絡んだカルボナーラをチョイスしたのは、ひときわ目を引く真っ白な装いの……見た目小柄な美少女の男の子、ミルさん。

 濃厚なクリームパスタに舌鼓をうち、取り戻した同僚との距離感に嬉しそうな顔を見せながらも……その表情にはどこか、悲壮な決意のようなものさえ窺わせる。



 ……ていうか、まって。その海月みづきさんってそんなヤベェひとなの?




「えーっと……じゃ、じゃじゃ、じゃあ、ミルさん今夜は【Sea'sシーズ】の皆さんと会食ってことで! 存分に交遊を深めてきてくださいね!!」


「ちょっ、わかめさん!? 何言ってるんですか逃がしませんよ!?」


「に、逃げるってなんですか人聞きのわるい! わたしは部外者なので当然その場には居られないのは当然あたりまえですし! なのでわたしたちは安全なところで晩ごはんにしますし! あっ、鍵は一本フロントにお預けしておくので、時間を気にせずどうぞごゆっくりどうぞですので!」


「ははは何を言ってるんですかわかめさん。どうせまだお店決まってないんでしょう? だったらぼくたちと一緒に行きましょうよ。なにも同席しろとは言いませんから。ただちょっと手違いで席が隣り合わせになるかもしれませんけど」


「そそっ、そんなそんな! わたくしのような弱小配信者キャスターごときが、皆様と場を同じくしようだなどとおこがましいですし! 会社の飲み会によそ者が入り込むのはさすがにどうかと思いますし!?」


「あっ、べつに事務所関係ない予約やし、大丈夫やよー。八代やしろんも六丈ジョーぇへんし」


「ゥエッ!? エット、アノ……デ、デモデスネ……」



 考えろ。考えるんだ。ほかに何か理由……彼女たち【Sea'sシーズ】の会合に……より厳密にいうと、なんかすげぇやばそうな花笠海月はながさみづきさんとの遭遇を回避するための理由。

 ミルさんを生贄に捧げて難を逃れようとしたのだが……その生贄ミルさんがなかなか往生際がわるく、徐々に外堀が埋められつつある。このままではやばい。



「……ていうかむしろ、うちら最初からのわっちゃん拉致する気でいたしなぁ」


「らち……っ!? でで、でっ、でもでも、そんな! わたしたちも今晩の予定」


「予定が特に無いことはミルからのタレコミで知っとるし……それになぁ? のわっちゃん……コッチにはがあるんやでぇ? ?」


「!!!!」「……あぁー」




 まずい。これはまずい。ちくしょうどうしてこうなった。いったい誰がそんな厄介な権利を賦与しやがったんだ。ぶつぞ。ばか。

 ……そうだ、そうなのだ。今回おれたちが東京へ来る切っ掛けとなったのは、うにさんのに起因するものなのだが……その『お願いを(公序良俗に反しない範囲で)何でも聞く』と言った相手は、うにさんだけではない。


 ミルさんにおれが与えた、……『公序良俗に反しない範囲で、何でもお願いを聞く』という約束は、まだ生きているのだ。




「ふふふ……、わかめさん。ぼくたちの飲み会に、同席してください」


「ででっ、でも……きりえちゃんが……」


「なぁなぁりえちゃん、今日夜ご飯うちと一緒せぇへん?」


「くろ様たちとご一緒、でございますか! 楽しみでございまする!」


「アッ抱き込まれてる!? くろさんいつのまに!? ……でで、でっでっ、でも! モリアキが! うちのマネージャーさんをひとりぼっちにするわけには!!」


「なんかアッチはあっちで盛り上がったみたいで、八代やしろんから『今晩六丈ジョーと烏森さんと飲みに行きたい』とか言うてるで」


「アッほんとだ!! REIN来てる!! しかもこっち『行ってきますね』って断定してる!!」



 な、なんという手際。なんというチームワーク。

 これが国内有数の配信者事務所『にじキャラ』さんの、第Ⅳ期生ユニットの実力だとでもいうのだろうか。


 全ての外堀を埋められ、懸念事項を払拭され、おまけに他でもない自分自身が『(公序良俗に反しない範囲で)何でも聞きます』と言ってしまったを持ち出されては。



 ……あの霧衣きりえちゃんが、玄間くろまくろさんに構ってもらって、あんなに嬉しそうにしているのを見せつけられては。




「…………その……海月みづきさん、からは…………ちゃんと、守ってください……ね?」


「「ヴッ…………!!」」



 不承不承、といったていを隠そうともせず……これ見よがしに唇をとんがらせて拗ねたような表情で。


 内心から沸き上がる『うれしさ』を隠したまま、おれは招待に応じたのだった。



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