第197話 【日曜某日】新たなる野望



「ねぇノワ……ほんとに今晩配信しなくていいの? 日曜だよ?」


「いいのいいの。明日も祝日……おやすみだから、そっちでいいかなって。……それに日曜は他の配信者キャスターさんもいっぱい配信してるからね」


「いっぱい……? 番組、が……いっぱいあるのでございますか?」


「あー……競合? ってやつ? 『のわめでぃあ』はまだよわよわだからね……」


「ングゥ! ま、まぁそうなんだけど。……それに、おれも『見るがわ』に回りたかったり」




 昨晩の自爆とおれの無駄死に(幸いおれ以外には気づかれていない)から一夜明け、優雅な日曜日の朝。例によってきりえちゃん謹製の和朝食をおいしくいただいたおれたちは、今日の予定について話し合っていたところだ。


 実際のところ……週末の土曜と日曜の夜は自宅でくつろいでいる人が多く、テレビはもちろんわれわれ配信者キャスターにとってもゴールデンタイムである。視聴者数もコメント数も……ともすると送られるスパチャの数も見込めるため、いろいろと『稼ぎたい』のであれば狙い目の時間帯ではあるのだが……しかしそうはいっても、同じことを考える配信者キャスターは当然のこと多いだろう。

 そんな激戦地に、ぽっと出の個人ソロがのこのこ出ていったところで……時間帯がかぶってしまった大御所の大先輩方に視聴者を取られ、悲しい結果になるであろうことは疑いない。


 まぁ、ライブ配信を行うにあたって特に費用が生じるわけではないので、厳密には『損をする』ことは無いのだが……普段おれの配信を見てくれている視聴者さんとて、他に追ってる配信者キャスターさんも居るだろう。

 ゴールデンタイムを荒らして、あんまり視聴者さんを困らせたくないし。


 昨日いただいたスパチャのお礼ボイスも、こまめに進めておきたい。既に予想の三倍近い件数頂いてしまっているのだ、あまり貯めすぎると後が大変だろう。

 それに今日の夜は……ちょっと個人的に『見たい』配信がいくつかあるのだ。



「まず『うにさん』と『ミルさん』のFPS配信が二十一時からあって……それが何時までかはわかんないけど、二十二時からもう一人、べつの配信者キャスターさんの配信があって、そっちも見てみたいし」


「あー、見るがわってそういうことか。……そういえば金曜日のときも、ウニちゃんとかミルちゃん来てくれてたみたいだね」


「若芽様が共演する予定のお二方でございますね。……わたくしもお話、同席した方が良かったでしょうか」


「次の機会あったら、そのときはキリちゃんもアピールしとこう。ボクとおなじ『のわめでぃあ』の一員だし」


「そうだね。がんばってプロデュースしてこう。……まぁ、そういうわけで。おれの配信とこ来てもらってばっかりだと悪いし、おれも先輩方の演出とか参考にしたいし」


「ノワはえらいねぇ……いいこいいこ」


「勤勉でございまする……」


「んっ。……えへへー」



 ラニが新たに身に付けた【義肢プロティーサ】の手のひらで、おれの頭をぐしぐしと撫でてくれる。彼女の優しい魔力で形作られた手のひらはとても温かく、気分が落ち着く。……なにげに癒し効果が高そうだ。




 ……っとまぁ、それはともかく。

 そいうわけで今夜は特に配信予定を組んでいないため、日中をその準備や練習に費やす必要もない。じゃあいったい今日のお昼は何をするのか……というとですね。




 ―――ぴーんぽーん。



「おぉ、すっげ……見事に時間通りじゃん」


「さすがテグリちゃん! そこに痺れ憧れ」


「本当いつ学習してるの!?」



 わいのわいの言いながら広い玄関ホールへと場所を移し、縦に二つ並ぶロックを解除して扉を開ける。ピッキング対策のダブルロックなのかもしれないが、正直こんなところを狙う物取りなんて居るのだろうか。

 ロックひとつでも良いかもなぁ、などと考えながら、よっこらしょと扉を押し開ける。開かれた扉の向こう、色濃い山の自然を背景に佇んでいたのは、物々しい天狗の半面で鼻から上を覆ったメイド服の女の子。


 改めておれたちと契約を交わしてくれた大天狗の少女、狩野カノ天繰テグリさんだ。



「こんにちはテグリさん、無理いってすみません。……、ありがとうございます」


「……いえ。手前は何も。ただ麓で待っていただけですので」


「でもでもノワがお買い物できたのって、実際テグリちゃんのおかげだよ。地元の建材屋さんとの付き合いなんて、ボクらじゃ絶対に辿り着けなかっただろうし」


「……手前の趣味が御屋形様の役に立ったのであれば……恐縮です」



 軽く言葉を交わした限りでは、ともすると不機嫌とも思えるかもしれない口調だが……これは決して気分を害しているわけではなく彼女の『平常運転』だということを、おれたちは知っている。


 鶴来つるぎのリョウエイさんの部下にして、おれたちが入居するまで物件の保守管理を完璧に勤め上げ、長きにわたる交流によって近所の集落『滝音谷温泉街』の方々と強いコネクションを持つに至り……そしてつい先日、おれたちと改めて『住居内保全の一部委託』『指揮下での敷地内環境整備への協力』『宅配便等配達物受け取り代行』『入居者不在時の警備全般』などなど……めっちゃ大雑把に括ると『お手伝いさん』としての契約を交わしてくれたテグリさん。

 彼女はとても物静かで、クールで、非常に器用であり……また同時に面倒見の良い、見た目にそぐわぬ年長者なのだ。


 そうこうしている間に、玄関から続く長い階段を降りきった。超有能アシスタントであるラニのお陰でついつい忘れそうになるが、本来であればこのおうちに出入りするには……この長い階段を使わなければならないのだ。

 とまあ、それは良いとして。今度ラニちゃんはべつの形で労ってあげるとして。



「……Φ48.6ミリ単管パイプ各種と、同ジョイント・クランプ各種。……こちらが基礎用のセメントと、そちらのトラックが骨材となる砂利やガラ。基礎補強用の鉄筋メッシュはこちらと……屋根用の下地合板と角材はそちらに纏めてあります。屋根材はスレート……クァッドを必要数、安く工面して頂きました」


「…………やっぱ壮観だなぁ。この量を運べって言われたら途方に暮れるやつ」


「うーわ。すごいね……こんなに大きな木の板は見たこと無い」



 近所の建材屋さんに取り寄せてもらい、ここまでトラックで運んでもらった建材の山。砂利のたぐいに至っては、なんと荷台に積んだダンプトラックごと置かれている。

 おれの新居の玄関アプローチである階段の麓、私有地とはいえ道路のアスファルト上に敷き詰められた各種材料は……総重量でいうと、間違いなくtトンの規模だろう。

 木材や鉄筋など雨風に晒されるとよろしくない重量物もあり、そうなるとなるべく早く片付けなきゃいけないのだが……というかこの規模だと、ふつうはフォークリフトとかユニックとかが無きゃ詰むレベルなのだが。


 だが、おれたちには必要無い。




「じゃあこれ、全部でいいの?」


「うん。できれば種類別にまとめてほしいんだけど……」


「おっけーだよ。新しく【部屋】つくって、わかりやすく整理格納しとく」


「ありがとう~ラニちゃん最高~」


「わはは、よきにはからえ。……じゃあま、お仕事しますか。我は紡ぐメイプライグス……【蔵守ラーガホルター】」


「うっわ……すっげ」


「…………初めて目にしますが、これは……凄まじいですね」



 小さな身体で自慢ドヤ顔を見せる相棒の働きもあって……中型トラック規模の建材の山、ならびにダンプトラックの荷台に積まれた砂利の小山は……ものの数瞬で綺麗さっぱり姿を消した。

 その手際の良さと、かさや重量を一切気にしない反則級チートクラスの格納術には……百戦錬磨の技術者であるテグリさんでさえも、驚きを隠せないようすだった。





 さてさて。賢明な視聴者諸君にはもうおわかりだろう。


 今回テグリさんが取り寄せてくれた、こちらの建材。いったいなんのために集めてくれたのか。……つまるところおれは、我々は。



 先日晴れて新居裏手まで開通させた、敷地内私道(転圧した砂利道)の傍らに……健全な男の夢、遊び心溢れるガレージを作ろうと画策しているのだ。




 そう……ガレージは男の夢なのだ!!!




 おとこの!!!!!!(念押し)


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