第135話 【近隣探索】束の間の団欒




 軽く調べてみたところ……誉滝ほまれたきの源流である川のほかも、あと何本かの小川が同じように纏められ、ここから少し離れた別の川へと注がれているようだった。

 高速道路を造成するときに、水の流れを制御し易くするために手が加えられたのだろうか。もしくは何か別の理由があったのかもしれないが……事実として誉滝ほまれたきの水源(のうちの一つ)である流れは地中の導水管へと導かれ、あさっての方向へと繋ぎ変えられてしまっていた。


 おれの血液を水の流れに落とし、その魔力反応が辿った経路を入念にトレースしたのだ。この探知の正確さにはかなりの自信がある。

 地下を通されていたとて、この流れの行く先を見失うことはない。




「えっと、つまりは……高速がある以上はどうしようもない、ってことっすか?」


「いや、高速下の導水管は割と近い……つっても百メートルくらいあったかな? とにかく、そんなに遠くまでは続いてなかった。だからその出口から、うまいこと水を元の流れまで持ってくれば……」




 なんちゃってトレッキングの終着点にて、消えた川の流れを追っていたおれたちは……モリアキをほったらかしにしてからそれなりの時間が経っていたこともあり、とりあえず急いでお屋敷へと帰還した。

 帰路は目的地がはっきりと判っているので、のんびり地表を這う必要はない。念のために姿を隠す対策を講じた上で『ばひゅーん』と飛んで帰ってきたので、往路とは異なりほんの数分で戻ってくることが出来た。


 そして……さすがに空を飛ぶまでは出来ない霧衣きりえちゃんは、今度こそおれが抱っこして一緒に【浮遊シュイルベ】する形となった。

 きりえちゃんはやわらかくてあったかくていいにおいがした。やったぜ。




「えーっと……つまり地面掘って、水路みたいなのを引っ張る……と?」


「うん。もしくは……地下の地質をちょっと弄って、難透水層と帯水層を良い感じに配置して、地下水路を作るとか」


「ォエ!? そんなん出来るんすか!?」


「確証は無いけど……『地面を操る』系の魔法の知識はあるし……もしかするかも、みたいな」



 お屋敷へと戻ったおれたちは、例によってラニに【座標指針マーカー】を設置してもらい、テグリさんにはメアドメールアドレスを教えてもらい……最後までクールな佇まいを崩さなかった彼女にお礼を告げ、一旦お屋敷物件を後にした。

 ……たぶん、また来ることになるような気がするけど……まずはリョウエイさんやチカマさんに、色々と確認しておかなければならない。


 という経緯で一旦帰路についたのだが、考えてみればお昼ご飯もまだだったのだ。……白玉ぜんざいはご馳走になったけど。

 そんなことなど知るよしもないモリアキに『高速乗る前に腹ごしらえしません?』という提案を受け、ちゃんとした食事もいただきたかったので全員が同意を示し、彼の運転する車に揺られて滝音谷温泉街へと繰り出し……なかなか良さそうな和食処『あまごや』さんを見つけ、こうしてお邪魔している形である。



 緑髪と白髪の幼女二人を連れた、三十代の一般成人男性……見ようによっては割と事案なのだが、意外なほどあっさりと受け入れられたことに少なからず驚く。……落水荘の小井戸支配人といい、やっぱ観光産業に従事している人は受け流す力が高いのだろうか。

 そんなこんなで注文したお料理が届くまでの間、おれはこの『滝音谷温泉』と『誉滝』について、モリアキと原状認識の共有を図っていた。


 このまま引っ越し入居すれば……全くおれたちに原因が無い事象によって、大なり小なりヘイトを集めてしまうだろうことも含めて。



「ほいで結局どうすんすか? ……まさかその滝を再生させようとか」


「悩んでるんだよなあ正直。……やめた方がいいと思う?」


「ウーーンなんとも。ただやっぱめっちゃ不自然だと思いますよ? 数十年単位で止まってた流れがいきなり蘇るなんて」


「だよなぁ……正直いって、おれにそこまでする義理も無いっちゃ無いんだけどな。ラニがいれば引っ越しもひっそりとできるだろうし、完全にオウチに籠ってれば温泉街の人たちと会う機会も無いだろうし。誰か来ても居留守使えば良いし、そもそも敷地入り口から閉ざしちゃえば……っと」



 お料理を持ったおばちゃんの接近を察知し、おれは思わず口を閉じる。よそ者であるおれたちがこんな話をしているなんて、だれがどう考えても不審だろう。

 おれたちはただの観光客。知人であるテグリさんを訪ねて、ちょっと遅い年始休暇を堪能しに来ただけの、ただの美少女と神絵師なのだ。


 難しいことはオウチに帰ってから、あるいはリョウエイさんに相談しながらでも考えれば良い。

 とりあえずはこの見るからに美味しそうな地鶏の親子丼を、あつあつのうちに美味しく頂かなければならないのだ。



「全員揃ったっすね? ほいじゃあ……いただきます」


「「いただきます」」(まーす)




 地鶏と朝産み卵の親子丼。お味噌汁と香の物とデザートに果物がついて、普通盛り一人前千三百円。運ばれてきたのは普通盛りが二食と、大盛りが一食だ。

 丼のボリュームも具の盛り加減も、なかなか勢いがあって悪くない。モリアキの大盛りに至っては……一.五倍くらいありそう。これでプラス二百円ならお得な気がする。……まぁおれには食えないけど。

 千三百円という価格も、観光地価格ということも鑑みるなら妥当な範囲だろう。付け合わせで付加価値を高めようという姿勢も好印象だし、なにより実際にめっちゃおいしい。

 しかしながら……お店の名前にもなってる『あまご』は、もっと温かくならないと入らないんだって。ざんねん。


 おれはお味噌汁の蓋に丼の具をちょいと移して、こっそりと身体の影に。

 ラニが爪楊枝を駆使して鶏肉にかぶりつく様子を堪能しながら、霧衣きりえちゃんが目を輝かせつつもお上品に召し上がっていくのを満喫しながら……おれはおいしいお昼ごはんを、五感で存分に味わったのだった。




「いやぁー……写真に撮りたいっすわ、この光景」


「撮ってもいいけど一回三万円ね」


っか!!」


「美少女が三人で三万円ポッキリやぞ? めっちゃお得やろ」


「先輩それめっちゃいかがわしく聞こえてるって解ってます?」


「!! …………うっわ、変態」


「割と理不尽なんすけど!?」




 気心知れた相手と、いつも通りの他愛の無いやりとり。そんな和気あいあいとした、少し遅めのお昼のひとときは……残念ながらそう長くは続かなかった。


 この後おれのスマホへと届けられた、チカマさんからの音声着信により……おれはへと、連れ戻されることとなる。




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