第115話 【年末騒動】どうしてこんなことに
小さく可愛らしい妖精の少女へと、その存在そのものが変わり果ててしまった『勇者』。
この世界におれたち以外の……おれが知らない知人なんて居るハズの無い彼女が、懐かしげに言葉を告げる相手。
それが意味するものは、たったの一つ。
彼は。『メイルス』とは。現在おれたちと相対している、この得体の知れない脅威は。
かつて世界ひとつを滅亡へと追いやった……『魔王』にほかならない。
「なるほど……『ニコラ』かな? 随分と可愛らしくなったものだ。……すまないね、全く気付かなかったよ」
「気にするなよ。キミとボクの仲じゃないか」
「
「褒めても何も出ないし、容赦もしないよ。…………なんだっけ? 『此処で会ったが百年目』ってやつ?」
再会を喜ぶ……にしては殺意に溢れる声色で、ラニから警戒信号が送られる。
再び攻撃魔法を構築し始める相棒に合わせて、おれも武器と魔法を同時に構える。
「今のキミは……
「別に手荒な真似はしていないとも。両者合意の上の、極めて誠実な取引さ。
「……変わったね、メイルス。キミが
「ちょ、『どちらでもある』って…………それって、まさか」
山本さんと、『魔王』メイルス。
いわく目の前の老紳士は、その
確かに外見的特徴で言えば、純粋な日本人の容姿といえるだろう。見た通りの老紳士であれば、その言動の端々に垣間見える優雅さにも頷ける。つまりそれらは『山本五郎さん』のものであるはずなのだが……であれば、先の攻撃魔法を凌げるはずがない。
比喩や誇張ではなく『殺すつもり』の攻撃魔法だった。ただの日本人であれば、それを五体満足で切り抜けられるはずがないのだ。
あれを凌いだ魔法技術は、確かに紛れもなく異世界出身者の……つまりは『魔王』メイルスのものだろう。
主たる人格を損なうことなく、別人格をも兼ね備えた状態。
おれと白谷さんとの関係とも異なる、『一つの身体を二人で共有している』とでもいうような状態。
俗にいう『憑依』した状態……ということなのだろうか。
見たところ両者の関係は良好そうであり、『憑依』の同調率も高そうなのだが……だからこそタチが悪い。
相手の戦力は未知数だが、かといって絶望的ってわけでは無い。
ほんの僅かとはいえ防御結界を突き崩せたのだ、まるで通用しないわけでもない。そもそも防御結界を真っ向から突き破る必要も無いし、うまく本体に攻撃を叩き込む手段を考えればいい。
それに……おれたちの【防壁】も、さっきまでのような展開にはならないだろう。微かとはいえ魔法が通ったように、少なくとも『魔王』はおれに対する特効効果を持ち合わせているわけでは無いのだから。
「来るよノワ!」
「やだもぉー!」
『魔王』メイルスはおもむろに、携えた
その硬質な音を切っ掛けに周囲一帯の地面がざわめき、赤黒い無数の芽が急速に生育を始める。
数えるのもバカらしくなるような規模の『葉』の群れが、今まさに生み出されようとしているのだ。
まだ生育しきっていないそれらへ向け、手当たり次第に矢を放つ。まだヒトの形に纏まっていないそれらはまるで無防備であり、矢の一発でもぶち込めればその活動を停止させられるのだが……いかんせん数が多すぎる。
おれの連射速度は速い方だと思うのだが、それにしたって生えてくるペースのほうが明らかに速い。この規模の大量発生にはさすがにドン引き、草も生えない。不気味な『苗』は生えてくるけど、ってやかましいわ。
「……ッ! なら纏めて……燃えちまえ! 【
「纏めて……薙ぎ払う!
見るからに植物系素材である『葉』に効果が見込めそうな『炎』を用いた魔法に切り替え、掃討を試みる。どちらかというと苦手な属性だが、四の五のいってる場合じゃない。
おれがどんどん延焼させていく逆がわでは、白谷さんがバカでかい光の剣を振り回して『葉』を纏めて斬り刻んでいく。よく耳にする『まるでバターのように』という比喩がしっくり来る見事な斬れ味、それを縦横無尽に振り回しているのだが……二人ぶんの駆逐速度を合わせても、それでもまだまだ処理速度が足りない。
既に『葉』として生育しきった個体はじりじりと増え続け、ゆっくりとした足取りながら的確に包囲を狭めてくる。
「【
「術者を止めれば……っ!
最悪の予感が脳裏をよぎり始め、ラニは苦し紛れに攻撃を仕掛けるが……先程から余裕の表情を崩さない『魔王』はやはり、防御結界を構築して
やっぱりか、と舌打ちを隠しきれない白谷さん。奇しくもおれも同様……というか、この状況は舌打ちどころじゃ済まされない。
よくもまあこんなに次から次へと、無尽蔵に呼び出し続けられるものだ。……さすがにずるいぞ。いくらなんでも反則じゃないか。
「……予想以上だよ。早々に
「それはどうも! じゃあそろそろ勘弁してくれませんか!」
「済まないね。ご期待に沿いたいところだが……この世界で『魔力持ち』は珍しくてね。貴重な
「っ、……っ!?」
「この世界で、まさかエルフ種……それもとびきりの魔力の持ち主と邂逅できようとは。計画の障害を排除出来る上に、
「ひっ、」「
愛らしい顔を憤怒の形相で染めた白谷さんが、弾丸のように空を翔る。
自身に向けられた敵の視線に思わず身をすくませたおれは、その瞬間緩んだ攻め手を掻い潜るように押し寄せる『葉』を押し返しながら……そこからの目まぐるしい流れを眺めることしか出来なかった。
空間が揺らぎ【蔵】の扉が開き……白く煌めく鋼の直剣が、彼女の傍らに姿を現す。
今の白谷さんの身長、その軽く十倍はありそうな全長……もはや握ることすら叶わなくなった剣の切っ先を『魔王』に向け、槍投げのように直剣が射出される。
このタイミングで持ち出したということは、よほど
しかし……そこで大人しく攻撃を喰らってくれるほど、『魔王』は素直じゃなかったらしい。
粉々に砕かれた防御結界の残滓が炸裂し、ラニの小さな身体を容赦なく揺さぶる。姿勢制御を失ったほんの一瞬を狙い澄まし……何もない空中から突如、赤黒い
「っ、ラニ!!」
間違いなく捕縛のための一手だろう。ラニの小さな身体にわざわざ
最悪の結末を予見し、悲鳴じみた声を飛ばすことしか出来ないおれの見つめる先。
「【
「ほお?」
ラニの姿が霞み、一瞬で掻き消えるのと同時。
空間を跳躍し『魔王』のすぐ背後に現れたラニは、更に二本の短槍を取り出しそれぞれ振りかぶり……無防備を晒す『魔王』へと、一気に叩き込む。
敵の防御結界を砕き、迎撃を掻い潜り、至近距離に潜り込んでからの……捨て身じみた一手だったが。
「……っ、……ッぐ、クソっ!」
「ラニ!? ……っ、ぐ……!?」
「上々のようだね。原住民と侮っていたが……なかなかどうして
『魔王』の背後を取ったラニが、突如として力無く地に落ちる。
何が起こったのかと混乱するおれの身にも突如
ラニが得意とするような空間魔法の一種だろうか。はたまた配下を呼び寄せる『魔王』ならではの魔法なのだろうか。
タネは結局わからなかったが……確かなことは、さっき駅ビルの五階で撃ち漏らした『保持者』の一人が――おれたちへの特効効果を備えてしまった、天敵と言うべき相手が――『魔王』メイルスを守るように控えていることと……
そいつの展開した何らかの力場によって……おれたちの魔法と抵抗が、ほとんど封じられてしまったということだ。
「エルフだけでなく……妖精も確保できようとは。私はなかなか運が良い、これで
「ノワに、手ェ出すな! ……ぐ、クソッ! 離せェ!!」
「ラニ! ラニぃっ!!」
力なく地にへたり込んだラニを、赤黒い
大切な相棒への狼藉を阻止しようにも……おれの身体とて今や自由は残されていない。ついに抑えきれなかった『葉』に両手両足を戒められ、魔法も使えない今となっては……ただのひ弱な十歳児でしかない。
あいつのいう『研究』がどういうことを指すのか、詳しいことは解らないが……おれはこんなんでも、創作に携わるものの端くれだ。悲しいことに、なんとなくだが
そして恐らく……その予想はあながち、間違いとは言えないのだろう。
冗談じゃない。この身体が汚され辱しめられることもだが、そんなこと以上に……おれの大切な相棒までもが穢されようとしているだなんて、そんなのは全くもって冗談じゃない。
自分の生まれ育った世界を滅ぼされる絶望を味わってなお、見ず知らずの世界なんかのためにその身を捧げようとした……そんな優しく温かく崇高な心の持ち主の結末が。
小さく儚い少女の最期が、
守らないと。あの子を。おれの大切な存在を。……ひとりぼっちの、小さな『勇者』を。
助けないと。助けないと。おれが助けられないなら、どうか誰か。誰でもいい、助けて。お願いだ、誰か助けて。お願いします。助けて。助けて。………あの子を、助けて!
もはや万策尽き、絶望的な状況に追い込まれ、神様に祈ることしかできなかったおれの身体が。
四肢を空中に
……………………………
…………え?
……………………は?
「え、あれ……? 何これ?」
おれを抑えつける周囲の『葉』ごと、一瞬水底に沈められたような錯覚。
まるで狐につままれたような感覚からふと我に返ると、周囲はやはり神宮東門駅のロータリー。当然、海の底なんかであるはずがない。
ただ、それでも……おれの記憶しているさっきまでの状況と異なっている点としては。
おれを組み敷いていたハズの『葉』の群れと、ラニを拘束していた
「…………何者だね? 無粋な」
「
駅前ロータリーに立ち並ぶ街灯のひとつ、ひどく危なっかしいその上に……しかし全く危なげなく佇む、小柄で可愛らしいその姿。
「
ほっぺたの柔らかそうな可愛らしいその顔に、歯を剥き出し嬉々とした笑みを浮かべ。
彼女(?)の身の丈を軽く何回りも上回る……五メートルはありそうな両刃の直剣を、いとも軽々と振りかざし。
「『
荒れ狂う
おれのよく知るその姿が……しかしおれの記憶とは全く異なる表情・異なる口調で、堂々たる名乗りを上げた。
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いざ舞え、踊れ、『祭』である
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