第82話 【鶴城神域】神前問答・其の三





 「ワカメ殿は何か、望むものはあるかな? 我々が用意出来る範囲で、用立てて欲しい物とか」


 「えっと、えっと……お、お言葉ですが! 白谷さんへの対価だけでとても助かりますので、わたしのことはお気になさらず大丈夫です!!」


 「いやぁそんなこと言わずに。僕もマガラも、身内以外と久し振りに話が出来たからね。その御礼と……マガラの掛けた迷惑料も兼ねて。祭具の一つでも持たせられればと」


 「そそそそそんな!? 畏れ多いですって! おれなんかが!! こんな……おれごときが!!」


 「はっはっは。自分の事を『ごとき』等と……そんな卑下するものじゃ無いよ? 君の秘める素質は中々なかなか……いや、かなり上々だ。かんなぎの役も充分こなせよう」


 「かんなぎ……そんなに……」



 ……おれなんかよりも遥かに格上である鶴城ツルギの、その中でもかなりの有力者であるリョウエイさん。彼がどうしてここまでおれを買ってくれているのかは解らないが……このまま断り続けるのも、逆に失礼に当たるのだろう。

 リョウエイさんに引くつもりがない以上、おれが拒み続けることは意味がない。鶴城つるぎの神様のご機嫌を損ねるのも、得策とは言いがたい。


 祭具が何なのかわからないけど、多分たいへんなものなのだろう。おれはあくまで部外者なので、そんなたいへんなものを受け取るわけにはいかない。

 代わりに当たり障りの無いところで、そんなに迷惑じゃなさそうな要望を……在庫がそれなりにありそうなものをさりげなーくねだって、それでお茶を濁すか。……それがいい。


 ……などと考えていたところ、同様の結論に至ったのだろう。可愛らしい相棒の助言が差し込まれた。



 「ねぇノワ、ボクに任せてもらって良い?」


 「白谷さん? 何か良い考えあるの?」


 「うん。とっておきのね。ツルギさんにもあまり迷惑じゃなく、それでいてボクたちの今後の役に立つ……良い考えが」


 「おおー……すごい。じゃあ任せる」


 「んふふ。ありがとノワ」



 おれ達の作戦会議をニコニコ顔で見守る二人の大人に、ちょっとむず痒いような気恥ずかしさを感じながら、おれは全権を委ねた白谷さんの発言を待つ。

 彼女のいうところの……先方にあんまり迷惑じゃなく、こちらの利にもなるという、その要望とは。おれが全幅の信頼を置く相棒の、とっておきの良い考えとは。



 「それじゃ、ノワの代わりにボクが。……そこの、シロちゃんだったよね」


 「ふゃはい!?」



 おぉ、めっちゃ可愛らしくもちょっとおもしろい悲鳴……ちょっと親近感が沸いた。


 しかしながら……シロちゃん。マガラさんと同様の人員であり、控え目に言って非常に好みな容姿と外見的特徴を備えた……小さくて可愛らしい白髪狗耳ロリ巫女ちゃんだ。

 本音を言うと連れて帰りたいくらいだが、さすがにそれを要望として言えば激怒されるってことくらいは解る。まさか白谷さんもそんなことは言わないだろう。


 であれば、いったい何なのだろう。

 シロちゃんに声を掛けたその理由は。まさか服を脱げというわけでもあるまいに。



 「シロちゃんの着ている、その衣服。『ヒバカマ』っていうやつでしょう? ……ちょっと一着、工面して貰えません?」


 「待ってなに言ってんの白谷さん!?」


 「ほう? まぁ確かに数はまだあるし、その反面廻り方には女子が少ないし……使う者は多く無いんだよね。……あぁ、そっか。結局着替えられて無いものな。解った、良いだろう」


 「待ってなに言ってんのリョウエイさん!?」


 「なるほど……ならば隣の間をお使い下され。介添えに巫女衆を何名か付けましょう」


 「待ってなに言ってんのチカマさん!?」


 「で、では私は……取り急ぎ装束を取って参ります。ワカメ様の御要望とあらば」


 「待ってなに言ってんのシロちゃん!?」




 シロちゃんはリョウエイさんに何事か確認すると、恭しく一礼してそそくさと退室していってしまった。思ってもみなかった素早さに結局制止は間に合わず、そうしている間にもチカマさんは人を呼んでしまったらしい。宮司さんなのにスマホ使うとかずるい(ずるくない)。


 あっという間に物凄い速度で外堀全てを埋め立てられたおれは……純度百パーセント好意の笑顔を向けてくる悪気ゼロパーセントな白谷さんに、しかし後できっちりお灸を据えてあげようと決意した。ラニ子が悪いんだよ。



 そう決意を新たにすることでしか、心の平静を保つことができなかった。



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