第11話 戦乙女

 眼前でマイラ達が嬲り殺されようとしている。

「助けて、誰か私達を助けて!」

 マリーベルは、思わずそう口に出していた。


 ―――承知した。我主よ。

 その時、マリーベルの耳にそんな声が聞こえた。彼女はその声を何年も前にも聞いた事があるような気がした。

 同時にマリーベルの右横に閃光が走り、次の瞬間、その場所に白銀に光り輝く鎧兜を身に着け、槍を手にした女が立っていた。その肌は白く長い髪は金色に輝いている。


 そしてその白銀の女戦士は一瞬も間をおかず、空中を駆けてマンティコアに突撃し、マイラに噛みついて動きを止めていたマンティコアの背に槍を突き立てる。

「ぐをぉ!」

 マンティコアは絶叫し、マイラを放した。

 白銀の女戦士が真正面からマンティコアを攻撃する間に、エイシアはマイラとレミに回復魔法をかける。


 マリーベルはその女戦士がなんであるか、知識として知っていた。

(ヴァルキリー!?)

 それは光を司る上位精霊だ。そして、戦士の加護者と呼ばれる存在でもある。


(そうか、そういうことだったのね)

 マリーベルは、自分を主と呼んだそのヴァルキリーの戦いを見ながら、いくつもの事を理解していた。

 どうして自分は、ある時を境に精霊の声を聞くことが出来なくなったのか。

 自分のマナが異常に少なかったのはなぜか。

 そして、ヘンリーが光の戦士と呼ばれていた原因が何だったのかも。


 戦乙女とも言われるヴァルキリーには、戦士に加護を与えるという能力がある。

 その能力は、戦士の身に宿ってその戦士の技量を底上げし、更に1日に1回だけ、通常より強力で正確な攻撃を行うのを助けるというものだ。その攻撃を繰り出すときには、武器が光り輝くという。

 ヘンリーの光を帯びたここ一番の大技とは、この能力の発現だったのだ。


 つまりマリーベルは、ヴァルキリーを常に顕現させ続け、そしてヘンリーに宿らせ続けていたのだ。

 恐らくヘンリーの為に祈りを捧げるという行為が、その魔法の発動につながっていたのだろう。そんな事をしていれば、マナのほとんどを使い尽くしてしまい、極めてマナが少ないと言われてしまうのも当然だ。


 要するに、マリーベルは精霊魔法が使えなかったのではなく、使い続けていたのだ。

 ヴァルキリーを顕現させ続け、更にその加護の能力を使い続けさせていたからこそ、他の精霊魔法は一切使えなかったのである。


 ヘンリーがヴァルキリーの加護を受けているということに、誰も気が付かなかったのも当然と言える。

 戦闘中ならともかく、四六時中ずっとヴァルキリーの加護を受けさせ続けるなどという、非効率極まりない事を行う者などいるはずがない。そんな事は想像の埒外の行為だ。


 実際マリーベルも自身の能力に正常に気がついていれば、そんな事はしなかった。

 マリーベルとヘンリーの歪んだ関係は、マリーベルの精霊術師としての在り方、マリーベルとヴァルキリーの関係、そしてその魔法の行使さえ歪ませてしまっていたのだ。


 だが、ヘンリーとの決別によりその歪みは是正され、土壇場で正常な魔法の行使を取り戻したのである。


「ぐわぁ!」

 マンティコアがまた苦痛の声を上げた。

 マイラのクレイモアの一撃により、マンティコアの羽が切り裂かれていた。


 マリーベルの、もう一手加われば形勢は逆転するという推測は正しかった。

 今やマンティコアは、自らの傷を治す為に神聖魔法を唱え続けなければならなくなっており、攻撃は蠍の尻尾のみになっている。

 そのことで余裕を得たエイシアはマイラとレミの傷を十分に癒し、更に援護魔法をかけ始めた。


「話が違うではないか!」

 情勢が圧倒的に不利になったマンティコアはそう叫んだ。

 次の瞬間、マイラのクレイモアがマンティコアの首を深く貫き、致命傷を与えた。


 崩れ落ちるマンティコアを前に、マイラは荒い呼吸を繰り返していた。レミは座り込んでしまっている。

 その様子を見れば、いかに苦しい戦いだったかは明らかだ。

 マリーベルはそんなマイラたちの近くに歩みよった。

 そのマリーベルの前にヴァルキリーが跪く。


 マリーベルにエイシアが声をかけた。

「そのヴァルキリーはマリーベルさんが?」

「はい、そのようです。皆さんすみません。私がもっと早くこの力を使いこなせていれば、こんなことにならなかったのに……」


 そんな言葉を述べるマリーベルにマイラが答えた。

「マリーベル、こういう時は遅くなってすみません。じゃあなく、間に合って良かった。と、言うべきだ。

 お前がさぼっていて援護が遅れたというなら謝っても貰わないといけないが、実際には必死で頑張ってくれた上で、あのタイミングだったんだから謝罪は必要ない。

 私達はマリーベルが私達の為にも新たな力を得ようと、努力を続けてくれていたことを知っている。その努力が報われたんだ。喜ぶことはあっても謝ることはない」

「はい、ありがとうございます。良かったです」

「ああ、本当に良かった」


 そこで、マリーベル達の会話が途切れるのを待っていたかのようにヴァルキリーが口を開いた。

「我名はジェンナ。御身と契約を結びし精霊です。今後とも良しなに」

「ありがとう、ジェンナ。また呼ぶから少し休んでいて」

「畏まった」

 そう言って、ヴァルキリーのジェンナは顕現を解いて姿を消した。


 マリーベルはマンティコアの死体に近づき、その姿をよく観察した。

(間違いない。あの時のマンティコアだわ)

 マリーベルはこのマンティコアに見覚えがあったのだ。


 それは、かつてヘンリー達のパーティで冒険をしていた時に遭遇した個体だった。そして交渉によって戦闘を避けた相手でもある。

 その時、マンティコアは交渉可能な相手だからまずは話し合うべきだと提案したのは、他ならぬマリーベルだった。

 そう、マンティコアは交渉可能な相手なのだ。

 そして最後にマンティコアが口にした「話しが違う」という言葉。

 その意味する事は、マリーベルにとって明白だった。

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