第6話 必要ですか?
それから暫らくの間、表面的には平穏だった。
あの日以後、マリーベルはヘンリーから貰ったペンダントを身につけるようにしている。
一応それが礼儀だと思ったからだ。
そんなある日、ヘンリー達のパーティは次の仕事を受注した。
そしてヘンリーはマリーベルに向かって告げた。
「おい、どうしても連れて行って欲しいと言うなら、今度はお前も連れて行ってやってもいいぞ」
少しだけ考えてマリーベルは答えた。
「無理にお願いしてまで、連れて行ってもらおうとは思いません」
「何だと!」
ヘンリーが語気を強める。
だが、マリーベルは自分の意見をはっきりと告げた。
「どうしても連れて行って欲しいとは思いません。
私が同行することが必要ですか? 必要だと言ってくれるなら、もちろん同行します。パーティのメンバーなんですから。
ですが、必要ないなら、無理について行くつもりはありません。あなたの邪魔をするつもりもありませんから。
どちらなんですか、教えてください」
「て、てめえ、甘くしてやれば調子に乗りやがって」
その言葉を受け、マリーベルはいっそう心が冷えるのを感じた。
彼女は、ヘンリーにも自分を好いている気持ちがまだ少しは残っていて、自分にプレゼントを渡したのはその現れなのかも知れないと、心のどこかで期待してしまっていたことに気が付いた。
だが、そのほのかな期待はやはり裏切られた。
彼の行為は「甘くしてやった」ことだったのだ。つまり、打算ということだ。
「答えを教えてください」
そして、その冷えた心のままもう一度問いを発した。
「てめえなんかが必要なわけがねえだろうが。つけ上がるな!」
答えは予想通りのものだった。
「分かりました。それでは私は同行しません。失礼します」
マリーベルはそう言ってその場を去った。
彼女は気持ちを切り替えて、今日はまた薬草採取の仕事をしようと思った。
そして同時に、自分の感覚を確かめてみたいとも思っていた。
彼女はここ何日かの間で、かつて持っていた自然の声を聞く能力が戻って来ているように感じていたのである。
残されたヘンリーとその仲間達の間には、剣呑な空気が流れていた。
パーティの斥候役で軽戦士でもあるケントがまず口を開いた。
「なあ、ヘンリーさんよ。必要だから一緒に来てくれって嬢ちゃんに頼んだ方がいいんじゃあねぇか?」
彼はヘンリーよりも20歳以上も年上の中年男だったが、戦闘能力では既にヘンリーの方が上であることを認めて、彼をリーダーとして立てていた。
だが今の口調には不満の色が濃くあらわれている。
「私もケントさんに賛成ね」
精霊術師兼戦士のアニスも同意する。彼女はヘンリーやマリーベルと同年代の女性で、別にマリーベルの事を嫌ってはいなかった。
ただ、マリーベルとヘンリーの関係に口を挟むつもりがなかっただけだ。
ドワーフの戦士であるガズンは黙って頷いて賛意を示した。
彼はめったに口を開かない。
「総合的な依頼の成功率を高めようと思えば、同行してもらうべきですよ」
魔術師の青年であるグラックスもそう言った。
「うちのパーティは近接戦闘能力を持つメンバーは比較的揃っているので、戦闘中に彼女を守るくらいそれほどの負担ではありません。
それでも不安なら、私が“限定ゴーレム作成”の呪文でストーンサーヴァントを作って、更に前衛を増やしてもいいですしね。
前回の冒険で彼女が居てくれた方が有利だと実感できたと思っていたのですがね」
そして、そんな解説を入れた。
更に「今更謝れないなら、私が代わりに話して来ましょうか?」と告げる。
「うるせえ! 余計なことをするんじゃあねえ。今回はあいつなしで行く。これは決定だ」
ヘンリーはそう怒鳴った。
「まあ、それでも成功する確率の方が高いと思うので、どうしてもと言うなら従いますよ」
グラックスがそう応じたが、彼を含めて他のメンバーも皆不満気だった。
そんな不安材料を抱えたままで行われたヘンリー達の冒険は、散々な結果に終わった。
依頼を達成できなかったばかりか、メンバーの大半が怪我を負った。特にドワーフのガズンは重傷で、魔法を用いて傷を治してもなお暫らく仕事を受けることは出来そうにない。
そんな事になってしまった理由として、マリーベルの不在は間違いなく影響していた。
森で道に迷って疲弊してしまったし、魔物の正体が分からないまま戦うという事態にも陥ってしまった。
野伏や賢者として高い技量を持っているマリーベルがいれば、避けることが出来た可能性は高い。
しかし、それに加えて、ヘンリーの戦いが精彩を欠いたことも大きかった。
彼にはいつものような剣の冴えが見られなかった。そこまで劇的な差ではなかったが、明らかにいつもより動きが鈍かったし、ここぞという時の一撃も繰り出せていない。
そんなヘンリーに対してパーティメンバーは冷たい目を向けた。
彼らの反対を押し切ってマリーベル抜きで出発する決断をしたのは、ヘンリーだったからだ。
今も、そのメンバー達はヘンリーとは別のテーブル席に着いて話しをしていた。
「ガズン、心配ね」
アニスがそう口にした。
グラックスがそれに答える。
「命に別状はないので、時が経てば確実に回復しますよ。彼の生命力は豊富ですし、ああ見えて彼はまだまだ若いですからね。
それよりも私は資金面が心配ですよ。今回の失敗の被害は大きい」
アニスは仲間が重傷を負った時に金の話しなどを、と思ったが、直ぐに思い直して不満を口にするのを止めた。
回復薬その他の消耗品のあるなしが、生きるか死ぬかに直結する冒険者稼業において、金が足りなくなるということは、生死を分ける問題なのだ。
「どこぞの誰かさんは、どうやったか知らねえが、個人的に見つけた魔道具とやらの売却益のお陰で、余裕綽々かも知れないがな」
ケントがことさら大きな声でそう言った。
ヘンリーに対する嫌味だ。
他のメンバーも非難がましい目でヘンリーを見ている。
(くそッ! ふざけたことを抜かしやがって)
ヘンリーはそう思ったが口にすることは出来ず、屈辱に身を震わせた。
彼をよりいっそう不快にさせていたのは、マリーベルの事だった。
ヘンリーが調べたところ、彼女はヘンリーたちが居ない間に女ばかり3人組みの冒険者と組んで、ひとつの冒険を成功させていたのだという。
その彼女は、ヘンリーたちを出迎えなかった。
無理もないことだ。
今回ヘンリーたちは、途中で失敗が明らかになって引き返した為に、予定より早く帰還している。毎日ずっと冒険者の店で待ち続けてでもいない限り、マリーベルがヘンリーを出迎えることなど出来ない。
にもかかわらず、ヘンリーは理不尽な怒りを燃やしていた。
(俺に歯向かったらどうなるか思い知らせてやる)
ヘンリーはどす黒い怨念を抱きながら、そんな事を思っていた。
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