丘の上の愚者

 二人の男達が丘の上に佇み、海に浮かぶボートを眺めている。

「いい機会だ。私はお前と言う人間をはかりかねていた。それを今確かめさせてもらう」

 歳の頃は五十代半ばといったところか、その男は若い男にそう言った。

「一体どういう意味でしょうか?」若い男にはその言葉の意味が伝わらなかったようだ。

「端的に言えば、お前は頭がいいのか馬鹿なのか分からんと言うことだ」年配の男は苛立ったように吐き捨てる。

 その言葉に若い男は口をつぐむ。

「いいか!」年配の男はボートを指さし続ける。

「あそこにボートが見えるだろう? お前はあれを見て何を考える?」

「何かと思ったらそんな事でしたか」若い男はホッとしたようだ。

「いいから答えろ!」

「はい、今我々が立っているこの丘は海抜20メートルです。俯角、つまりここからボートを見下す角度は、そうですね60度といったところでしょう」若い男は、しれっと答える。

「他には?」年配の男は苛々をさらに募らせる。

「三平方の定理です。丘の高さを1とするなら、ボートまでの距離は√3、人並みに奢れや(1.7320508)ですね」

「何が言いたい?」年配の男は我慢の限界といった様子だ。

「つまりあのボートは岸から約35メートル離れています」若い男は得意げに答えた。


「馬鹿野郎! 俺たちのボートが流されたんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る