122 佐藤パパさんの組織
俺が1ヶ月ぶりに目覚めたその日は、平成2年2月11日。
この日は南アフリカのケープタウンにある刑務所から、ネルソン・マンデラが釈放された日だった。
説明しよう。
ネルソン・マンデラとは1948年から南アフリカで行われていた人種隔離政策・アパルトヘイトに反対した運動家で、1964年に終身刑を受けた。刑務所で重労働を課せられながらも勉学に励み、南アフリカ大学の通信制課程を終了したマンデラは、アパルトヘイトに反対する人々によって象徴的な存在になり、世界中から釈放の声が出された。釈放されたのちの1994年には南アフリカの大統領に就任したのである。
25年以上も刑務所にいたマンデラに比べると、魔王と対峙して1ヶ月あまり眠っていた俺のなんと幸せなことか。夕方に風太君、そして友梨奈ちゃんが帰宅すると、俺は二人それぞれに抱きしめられ、友梨奈ちゃんはママと同じく涙を流してくれた。
夜にはママから連絡を受けたという佐藤パパさんも早めに帰宅し、ささやかながら俺の目覚め記念パーティーを開催してくれた。ママさんは特別に甘みを抑えたスポンジケーキを俺のために焼いてくれ、俺は犬に転生して初めてケーキの味を堪能した。
そしてパーティが終わった後、佐藤パパさんが俺にこっそり耳打ちした。
「モフ、すまないが今夜、大集会場で臨時の会合が決まった。深夜12時に一緒に行こう。詳しい話はそこで」
俺は真剣な表情をしているパパさんを見てコクリと頷いた。
深夜。
多摩川18地区にある送電塔の下、通称「大集会場」には、以下のメンバーが俺を待ち受けていた。
地元18地区の主、ウシガエルのウシダ師匠。18地区の猫たちを束ねる茶色の大きな縞猫、女帝チャトラン。
お隣17地区のリーダーである大型犬ボルゾイのアレキサンドル。その右腕であるゴールデンレトリバーのタロウ。
そして、俺を筆頭とする勇者パーティの面々。
真っ白いフレンチブルの賢者ソース。17地区に住む黒白のチワワ、戦士くーちゃん。そして共に進化の秘宝探しの旅の途中に合気道を学び、その後も俺の相棒を勤めたアメリカンショートヘアのサバトラ。連絡係のスズメ、チュン太。
さらに、今日も深夜だと言うのに美しい毛並みを揺らしている、シェトランドシープドッグのアフロディーテとそのお供の爺やさん、お隣19地区のギャルに飼われているヨークシャー・テリアのナツキの顔もあった。
また、ここ世田谷付近のメンバーではない動物もいる。
横浜第1地区の副リーダである、ダルメシアンの双子兄弟、ファンキー&ドンキー。横浜第2地区のリーダー猫、ノルウェージャンフォレストキャットのヴァイキング。
俺がポメラニアンに転生した後に知り合った、動物軍の主たるメンバーが勢揃いしていたのだ。
「心配したぞ!」「もう大丈夫なの?」「怪我はもういいのか?」「……おかえり」
みんなから一声ずつかけられ、手をポンと頭に載せられたり、ペロリと舐められたり、匂いを嗅がれたり。動物の仲間同士の暖かい空間がそこにはあった。
だけど、俺はある仲間の姿が見えないことに気づいた。
「……豆之助は、どうした?」
俺と一緒に魔王軍の横浜支部に突入したヨコハマ決死隊弍番隊の隊長、柴犬の豆之助が見当たらない。俺の言葉を聞き、ファンキーとドンキーが顔を伏せた。
「まさか、豆之助が……?」
俺の最後の記憶では、豆之助は魔王の使徒・カールの必殺技「絶叫砲」を食らった後、奴によって操られて、俺と戦って失神したはずだ。命に別状はないはずなのだけど。
「モフ、豆之助は奴らに取り込まれてしまった。今は魔王軍横浜支部の長として、そして魔王軍の新四天王の筆頭として、神奈川全域に恐怖支配を敷いている」
「……マジですか、あの豆之助が?」
答えてくれたのは佐藤パパさんだ。
「ああ。それも含め、あの後の説明をしよう。その前に、私の部下である人間を一人ここに招いてもいいかい?」
場を代表して賢者ソースがコクリと頷くと、あらかじめ控えていたらしい黒いスーツ姿の女性が一人、こちらに歩いてくる。
「紹介しよう。私の部下である相田だ」
「動物軍のみなさま、相田美穂です。動物語はカタコトしか話せませんが、よろしくです」
相田美穂さんは、ショートカットで身長は160センチぐらい。黒いスーツだけど体のラインにピッタリ合わせてある、ちょっとキツめの美人さんだ。
その相田さんはなぜか敬礼で挨拶をしてくれた。それに合わせ、場の動物たちも頭を下げたり、右足を上げたりと思い思いの挨拶をする。
「パパさん、その方ってもしかして?」
「ああ、この際だから私が所属している『組織』のこともみんなに話しておこう。賢者ソース様にはこれまでもお話を通していたけど、今後は私の組織と動物軍との連携が重要になってくるからね」
動物たちを一通り見渡し、パパさんは話を続ける。
「私が所属する組織とは、公安警察だ。私は公安警察の潜入班として、普段は宮内庁に勤めていることになっている」
「そっか、パパさんは公安の警察官だったんだ」
思い返すと、いろんな手配がすぐにできて、魔王軍や
その部下ということは、相田さんも公安警察官なのだろう。
「モフを助けた経緯や、横浜地区の動物たちのことも気になると思うが、それは後ほど説明します。まずは、喫緊の問題から」
一呼吸置くと、パパさんは続けた。
「来週、衆議院議員の総選挙がある。この選挙に
あまりにも意外な展開に、俺の頭が追いついていかない。
選挙だって? 魔王のチカラで、選挙がどうにかなるとでも言うのだろうか。
「このままでは、
なんてこった。俺たちがこれから行うのは、動物軍による『選挙妨害』らしい。
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