第46話 鬼神の後継者 壱
あれから無事に朝を迎え、いつも通り陰陽市でランニングをしていた。
先日の〝黒炎の化身〟との戦いの余波は凄まじかったようで、窓ガラスや店の看板、瓦などが吹き飛ばされてはいる。
それでも普通に皆が生活しているように見えるので、特に問題はなかったのだろうと改めて確認した。
「(昨日なんか凄かったらしいけど……あんまり被害はなさそうだな、よかったよかった)」
昨夜の食卓で誓さんから結さんの無事を聞き、祈からは陰陽市での対応を聞いた。願は祈の付き添いで市民の避難誘導やら何やらで大変だったらしい。その後は叶さんが帰って来たけど、叶さんは普通に家族の安否を確認できて喜んでたっけ。
改めて、良いお母さんだと思ったな。
「(それにしても誓さんは結構驚いてたよなぁ)」
なんでも、祓ったのはかなり強い呪いらしい。
〝黒炎の化身〟なんてちょっとカッコいい名前まで付けられた呪いだってのは、変な記憶を見たから分かってはいたけど――硬いだけでそこまでってのが個人的な感想だった。あれくらいなら、誓さんでも余裕で祓えたはずだ。
……ただ、地上で戦うってなると誓さんも周りを巻き込んじゃうからな。
ここには結構普通の人がお店やってるし、かなりやりにくいかも。
「あ!」
「ん?」
そんなことを考えていたら見知らぬ女性が声を上げた。
明らかにこちらを指しているので走る速度を緩めた。
「あなた、昨日の――一級呪体を祓った子じゃない?」
その言葉を聞いて走るのをやめた。
「そう……だけど、なんで知ってるんっすか?」
「そんなの昨日の内に祓った人が公表されてるからじゃない。スマホ見てないの? かなり大きく記事にしたわよ? 『〝鬼神の後継者〟一級呪体を祓う!』ってね」
「スマホとか……ちょっと分からなくて。記事とかも見てないっすね」
実際、スマホとか家に置きっぱだし。
ああー……絶対持ってて言われたあのブラックカード忘れちゃった。やべっ。
「えぇ……せっかく徹夜して記事を書き上げたのに」
「なんか、ごめんなさい」
「まぁ、いいわ。帰ったらちゃんと見てよ? あっ――そうだ、はいこれ。私の名刺渡しとくね? これからあなたの記事を担当することになったから」
「名刺……」
漆黒の紙に白い達筆な文字で名前と部署が記載されていた。
「陰陽寮本部情報部隊 三等級陰陽師
名前も見た目もかっこいいな、この人。
徹夜しているっていうのも言われなければ気が付かなったほどに、普通に美人だ。
まぁ、確かに少し目がギンギンだけど。
「あと連絡先渡したいんだけど……」
「ああー、渡されたスマホも今はランニング中なんで持ってないっすね」
「……なるほど、そういう感じね。おっけー、それなら後で勝手にこっちで調べて連絡するね」
「わかりました」
「それじゃ私は帰るよ――――流石に眠い」
羅環が手をひらひらと振って帰る後ろ姿を眺めながら「去り際もかっこいいな」と小さく呟いて、仁は反対方向にまた走り出す。
それにしても記事があるのか……どんな情報あんだろ。
早く帰って確かめるか。
羅環の言う記事が気になった仁は走る速度を上げ、第一区のランニングコースをさっさと終わらせる。
癸家に帰って来た仁はシャワーを浴びてソファに座り、記事を探した。
「(記事記事~)」
画面を確認すると、ダウンロードされているアプリに『陰陽寮 速報!』という手で印を結んでいる画像のものがあった。
多分これだろうとアプリを開いてみると、そこには様々な記事がずらりと並んでおり、一番目を引く見出しには羅環が言っていた『〝鬼神の後継者〟一級呪体を祓う!』という記事が掲載されていた。
「これか……」
俺の個人情報。
〝黒炎の化身〟のこれまでの情報。どうして呪いが現世に現れたか、などの考察まで一緒にまとめられている。
更に、昨夜の〝黒炎の化身〟と戦っている動画まで掲載されていた。
「――――動画を見れば分かる圧倒的な力、それでねじ伏せる姿はまさに鬼の如し。もはや誰も彼を甘く見る人間はいないだろう……ねぇ」
急造されたものにしては情報の密度が凄い。
俺が陰陽市に来てからやったことがほとんど全て掲載されている。まさか子熊金との戦いまで情報にあるとは思わなかった。
それに加えて、星蘭との影世界での巡回、癸家との関係、その他様々なことが掲載されいている。
「これ……
遡ればいくらでも情報が掲載されいてる。
当然、仁が陰陽師になる前に起きた出来事だって詳しく掲載されており、過去を振り返れば切りが無いほどだ。
「俺が生まれる前からの情報もあるけど……全体的に結構グロいものが多いな。呪いの攻撃を受けた人間の写真とか普通掲載するか? まぁ、それが陰陽師にとって大きな情報になるから良いのか……」
人の死すらも情報に変える。
現代ならではの遺言とも言える、写真と死体の状態。
これが記録として記事として残るというのは陰陽師としては素晴らしいことなのかもしれないが、朝から最悪の気分になることは間違いない。
ここまでくると、俺の個人情報なんてどうでもよく思えてきた。
「あ、これ昨日の〝青龍〟のおっちゃんとの戦いだ。気分転換にこっち見よ……青龍の儀式で三人重症、未だに意識戻らず。今回も【青龍の加護】を受ける者はおらず、代わりに模擬戦を行った――あー、あの槍の術か。そう言えば避けれてないやついたわ」
どうやら三等級から二人、二等級から一人。かなりの重症を負ったらしい。
未だに紫医院で見てもらっているようだ。
「……なんつーか、これが普通ってのもおかしな感じだよな。今でもあんまり慣れててないってのによ」
生傷が絶えない日常というのは知っていた。
それは自分自身が味わっていたからだ。
しかし、この記事を流し読んだだけでもかなりの死人がでている。
怪我をするのは理解できるが、こんな簡単に人が死ぬとなると理解したくないという気持ちがどこかにある。
「むしろ、こうやって家族誰一人欠けずに生活しているのが珍しいのか……」
誓が言って口酸っぱく言っていた普通じゃないというのは、こういうのも含まれるんだろう。
「おはようございます」
「おっ、おはよう!」
癸家の陰陽師で一番戦闘能力が低い存在――癸祈。
「あれ? それって情報部隊から配信されてる記事じゃないですか、誰かに教えて貰ったんだですか?」
「ああ、朝のランニング中にな。はいこれ、その人から貰った名刺」
誓さんも、かなり有名だし。願もそうだ。
祈の話しは聞いたことはないけど……子熊の件もあったし、一番最初に狙われることになるのは祈なんだろう。
だから、俺にあんなに口酸っぱく言ってたんだ。
『普通じゃない』
確かにそうだと思う。普通、相手の家族の命狙うか? 非道にもほどがあんだろ。
しかも俺と違って師範のような後ろ盾がない分、誓さんはもっと警戒しなければならない。それを理解しているから願も祈に対してかなり過保護気味なんだろう。
いつもの日常では絶対に見ることのないこの記事の異常性と特異性を目の当たりにして、ようやく腑に落ちた気がする。
「……あ、羅環さんですね」
「有名な人?」
「陰陽市ではかなり有名な方ですよ。彼女は隠密性に長けていて、どこからでも情報を持ち帰ってきますし。昔は暴露系で記事を盛り上げていたんですけど、今は確かな情報を記事にすることで信頼を勝ち取っています」
「暴露系から真面目系になったのか……なんか改心することでもあったのか?」
「それは分かりませんけど……彼女の記事は陰陽市でもかなり評判が良いですよ。もし仁くんが掲載された日が来れば、陰陽市で仁くんのことを知らない人がいなくなるかもしれません」
「あ――そのことなんだけど……これ」
「え!? 仁くんが掲載されてる」
「本人曰く、徹夜して記事を書き上げたらしいぞ。あとこれから俺のことを取材することになったんだと」
「へぇ、良いことじゃないですか。もう後は、昨日みたいに実力を示すだけになったってわけでですね。得意でしょ? そういうのは」
髪を結い上げキッチンに向かっていく祈。
そこで冷水を飲んだ後、朝食の用意に取り掛かり始めた。
「まぁ、そっちの方が簡単ではあるな。しっかし、良いのか? まだここに来てから三日目だけどなんか学生らしくなくね? 言ったって俺らは陰陽師の卵なんだろ、勉強とか一切してねぇぞ」
「仁くんは勉強なんてしなくてもいいでしょう? 特級だし、鬼だから他の陰陽師とは立場が違うんだから。それに自分磨きで他人に聞くことだって、多分ないもん。強いて言えばお父様に【玄武の加護】に関して聞くくらいでしょう?」
「……そうだけど、テストとかねぇの?」
「実技テストはあるけど、特級クラスはないよ。実質戦力として見られてるからね」
特級クラスは陰陽師の卵――つまり学生として見れられていない。
陰陽寮を卒業した、三等級以上の陰陽師と同等の扱いをされるため、仁が考えているような学生らしいことは一切ない。
あるとすれば、昨日行われた四傑の参観日に参加することくらいなものだ。
基本的には午前中に鍛錬を行い、午後には京都〝影世界〟を巡回。影の世界に溜まった〝呪い〟を掃除する。それが特級クラスの生活だ。
「なんだよそれ。俺は何すりゃいいんだ?」
「さぁ? やりたいことをやれば良いんだよ」
「……やりたいことねぇ――――」
やりたいこと。
そう頭の中で考えても、答えは一つ。
それは――モテること。
きっかけは……なんだったか憶えてない。
とにかく強くなればモテると考えて師範の下で鍛錬し続けていたが、おかしなことに一向にモテる気配はない。むしろ鍛錬し始めてからは同級生のほとんどに怖がれて離れられてしまった。
その理由は祈が前に言っていたように、呪力が自分の体に吸収され始めたことによる弊害だろう。
一般人は呪力を無意識な恐怖として考える、例えるなら真夜中の真っ暗な先の見えない長いトンネルの真ん中に置き去りにされた時のような冷たさを感じる恐怖をばら撒きながら教室にいたのだから、それは人が離れていくという話だ。
「ま、とりあえず今は陰陽師に慣れることからだな。右も左も前も後ろも全く分からん状態だし、俺のやりたいことは勝手に付いてくるだろうからな。まずは――友達を作ることからだな」
「ふふ、そうですね。今のところお姉ちゃんと私、あとは星蘭様くらいなものだからね。まぁ、すぐに寄ってくると思うけど」
祈が、カチッとコンロを起動し火を点ける。
これから朝食を作り始めるようだ。
「(……まだ、六時を過ぎたくらいか。俺もまだ鍛錬続けるかな)」
柔らかいソファから立ち上がり、祈に声をかけて玄関へ向かうと扉の向こう側に人の気配を感じた。
「たのもーー!!」
その人物はチャイムを鳴らすことなく玄関を開け声を上げる。いきなり入ってきたため靴を履こうとしている仁とばっちり目が合った。
「よっ、会いたかったぜ。鏑木仁。ようやく呪力が元に戻ってよ、元気になったからお前に会いに来たぜ」
陰陽衣を着た二人組の女性。一人は全く知らない人物だが、もう片方は知っている。スラッとした手足の長い等身のモデル体型、日に焼けた小麦色の肌、トレードマークのように長い髪を一本に束ねたポニーテール。
「……
子熊の声が家に響いたからか、キッチンにいた祈も、まだ部屋にいた願も玄関の方へ顔を出す。
「おい、これからオレのことは金と呼べ! オレは仁と呼ぶ!」
そして、と一つ間を置いてから子熊は仁の肩を掴んだ。
「オレと
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